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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
第1章 灼熱の世界大戦
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第22話 ウォッゼ島沖海戦③

 ロバート・アルゲンティ少将は戦艦ミカサのCICで戦況を見守っていた。艦橋で戦闘指揮を執っている艦長のジャック・マクルーア大佐から報告が入る。


「司令、我が艦が攻撃していた敵6番艦は大火災、戦闘不能と判断します。攻撃目標を敵5番艦に変更します」

「了解した。我が艦の損害はどうだ。大分被弾したようだが」

「第3砲塔が被弾し火災が発生したため、弾薬庫に注水しました。後部甲板に被弾、火災が発生しましたが鎮火の見込みです。また、艦橋直下の直撃弾で左舷高角砲が全損しました。しかし、戦闘行動に支障ありません。第1、第2主砲で戦闘を継続します」


 マクルーア艦長からの報告を受け、アルゲンティは頷いてレシーバーを通信士官に返して情報ボードを見た。


 帝国艦隊の戦艦のうち、旗艦フェンリルは2隻の軽巡と撃ち合って大破し、戦闘不能となって戦線離脱。2番艦と3番艦はアマテラス、イチキシマの40センチ砲弾を浴びて大爆発を起こして爆沈。残った4番艦はイチキシマ、5番艦はミカサとヒユウガ、7番艦はシキシマ、8番艦は第8巡洋艦戦隊の重巡と撃ち合っている。


 一方、味方もアマテラスは中破相当の被害を受け2つの缶室を破壊されたほか、手前に落ちた敵弾が魚雷のように水面下を突き進み、水線下を抉って爆発したことで激しい浸水に見舞われ戦闘行動不能となった。3番艦イセは敵艦との撃ち合いに負けて大火災を起こして沈没寸前。艦長は総員退去を命じている。ヒユウガも主砲塔の半数を爆砕されて気息奄々の状態だが、残った砲で反撃している。また、第8巡洋艦戦隊も軽巡アリステアが大破、重巡4隻中2隻が撃沈させられた。


 主砲斉射の振動がCICに伝わって来る。心なしか砲声と振動が小さい。第3砲塔が破壊されて主砲火力が3分の2に減じたためだ。しかし、ミカサは戦闘力を失っていない。


「砲戦はパンチ力とスタミナの勝負だ。撃ち負けるな。こっちがスタミナ切れになる前に奴を沈めて魚のマンションに変えてやれ!」


 アルゲンティはマクルーアに激励の言葉を送った。第6斉射弾が目標を捉え、艦橋から命中弾1の報告が届く。ミカサが第7斉射弾を放った直後、今度は「敵艦発砲!」の報告が入った。


「敵も中々粘る…」

「だが、手数はこちらの方が上です」


 アルゲンティの呟きに作戦参謀のデビッド・アッテンボロー中佐が答えた。レーダーマンから第7斉射弾弾着の報告後、艦橋の真下付近から凄まじい衝撃が襲い掛かり、室内照明やレーダースコープが激しく明滅し、怒号と悲鳴が飛び交い、アルゲンティも転倒しそうになったが、辛うじて踏み堪えた。


「左舷中央甲板に1発命中! 高角砲及び対空機銃全滅、火災拡大。しかし、戦闘行動に支障なし!」

「よし。火災の消火に努めよ」


 被害が致命的でない事に安堵したアルゲンティはアッテンボローと顔を合わせて頷いた。更に艦橋から報告が入る。


「第7斉射弾2発命中、敵艦大火災。さらに1発が艦橋に命中しました。ヒユウガの射弾と思われます」

「ヒユウガか!」


 ミカサ級の前弩級戦艦として建造されたイセ級は35.6センチ連装砲5基10門を持つ戦艦であるが艦齢25年を超える老齢戦艦である。装甲もミカサ級や最新鋭のアマテラス級に比べると薄い。ヒユウガは敵戦艦との撃ち合いで主砲3基を叩き潰され、各所を火災に覆われながらも残った砲で反撃していたのだ。


「敵5番艦沈黙!」

「よくやった! 艦長へ通達。攻撃目標を敵7番艦に変更!」

「了解、主砲を敵7番艦に指向。斉射で行きます」


 頷いたアルゲンティにアッテンボローが声をかけた。


「司令官、ラドフォード少将の重巡部隊が苦戦しています。敵7番艦はシキシマとの砲撃戦でかなり損傷しています。7番艦はミカサが引き受け、シキシマの目標を8番艦に変更した方がよろしいかと思います」

「わかった。シキシマの大石君に命令電を送ってくれ」

「ハッ!」


「敵の突撃艦隊はどうなっている!?」

「第11、第12水雷戦隊と交戦中!」


 アルゲンティは最新の情報に更新されたボードを見た。アマテラスとヒユウガ、アリステアは戦線離脱し、イセは沈みかかっている。残る敵戦艦は3隻。味方は戦艦3隻と重巡2隻、軽巡1隻。双方大きく傷ついているが、ここが踏ん張りどころだ。まもなく、敵艦を射界に捉えた主砲が斉射を放った振動がCICに伝わって来た。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 第8巡洋艦戦隊旗艦ワタツミの艦橋で司令官のジョセフ・ラドフォード少将は仁王立ちして戦況を見守っていた。敵戦艦の砲撃でチョウカイとマヤは爆沈し、前方を進むタカオも直撃弾は受けてはいないものの、艦の周辺に至近弾の水柱が林立し、魔導弾の爆発による激浪で木の葉のように揉まれている。

 敵の戦艦部隊編成は1番艦から3番艦までフェンリル級大型戦艦、4番艦から7番艦までワーグ級高速戦艦で編成されているが、最後尾の8番艦は未知の大型戦艦だ。フェンリル級以上の火力と防御力があるように感じられる。それが証拠に帝国全ての巡航艦に対抗できるワタツミ級の2隻があっという間に撃沈させらてしまった。さらに1隻が危険な状態になっている。


 ラドフォードは双眼鏡で敵戦艦を見た。巨大な4連装魔導砲を前後に2基。さらに、背負い式に3連装魔導砲を装備しており、総計14門の主砲火力を持つ怪物だ。だが負ける訳にはいかない。ワタツミ級もまた王国を守る盾なのだ。


 ワタツミ級重巡洋艦はハイブラジル海軍工廠(HNA)で建造された、基準排水量18,500トン、満載排水量23,125トン。武装は55口径20.3センチ連装砲を5基10門、8連装短SAM発射機2基、65口径10センチ単装速射砲6基、35ミリ4連装対空機関砲4基、450ミリ誘導魚雷3連装発射筒を両舷に2基ずつ装備する重武装艦である。主兵装である20.3センチ砲は装填時間6秒、最大射程35,000mの性能を持つ。


「敵艦隊との距離15,000メートル!」


 CICのレーダーマンから敵艦隊との距離が報告される。艦長の九条忠義大佐は敵8番艦を鋭く見据えた。距離が縮まったことで敵艦からの被弾確率が上がったが、こちらの全兵装の射程にも入ったということだ。それならやりようもある。九条はCICを呼び出して大音声だいおんじょうで命令を伝えた。


「砲術、主砲及び高角砲連続斉射。続けて短SAM全弾発射」

「砲術より艦長。短SAMですか? 敵機はおりませんが?」

「敵機ではない。敵艦に向かって撃て!」

「て、敵艦にですか!?」

「そうだ。短SAMはレーダー誘導ミサイルだ。レーダー反射波があれば航空機だろうが、艦艇だろうが追尾可能だ。力の勝る相手には、こちらも持てる全ての火力をもって戦うしかない。急げ!」

「了解しました。短SAM発射します!」


 九条艦長は頷くと続けて水雷長を呼び出した。ラドフォードは口を出さない。戦闘が始まれば艦長が指揮を取るのだ。


「水雷長、左魚雷戦用意!」

「左魚雷戦、宜候」


 敵戦艦の周囲にはワタツミとタカオの砲弾が数秒おきに着弾して水柱を上げ、海中を騒音でかき回しているため、音響追尾魚雷は敵艦を探知できない可能性が高い。それでも、艦長が魚雷を使う判断をしたのは、柔らかい下腹を抉って戦闘力を失わせるしか奴に勝つ手段が無いと踏んだのだろうとラドフォードは思った。


(さすが前戦争を戦っただけある。肝が据わった指揮ぶりだ)


 大音声で命令を下していた九条がラドフォードの視線に気づき、振り向いて小さく頷いた。ラドフォードも頷き返すと敵戦艦に視線を移した。その視界に短SAMが炎の尾を引いて飛んで行くのが入った。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「魚雷戦用意!」

「了解。旋回手、発射管角度15度に調整」

「1番、2番発射管角度15度、宜候!」


 水雷長ジョン・ウッズ大尉は掌水雷長ハンター・スコット中尉に魚雷戦準備を命令し、スコットは旋回手に発射角を指示した。左舷側2基の3連装魚雷発射管に旋回手が取り付き、旋回ハンドルを回すと同時に水雷員が魚雷を起動させる。発射に向けた彼らの頭上を短SAMが赤い炎の尾を引きながら飛び、敵戦艦の艦橋付近に次々と着弾して爆発、火炎を上げ、破片を飛び散らした。


「おおっ、すげえッ!」

「対空ミサイルを敵艦に撃ち込むなんざ、うちの艦長オヤジもやるなぁ」

「だが、効果は絶大だ!」

「お前ら、無駄口を叩くな。操作に集中しろ!」


 水雷科員が腕を振り上げて歓声を上げ、スコット掌水雷長が怒鳴って注意する。そのスコットがウッズに向かって準備が出来た事を報告した。


「水雷長、1番、2番発射管準備完了。いつでも行けます!」

「よし、魚雷発射」

「魚雷発射!!」


 2基の3連装発射管から450ミリMK77音響誘導魚雷が圧搾空気に押し出されて海中に踊り込んだ。


「命中まで9分40秒!」


 計測員がストップウォッチで命中までの時間を報告する。スコットがヘルメットの端をクイッと指で上げながらウッズに話しかけた。


「魚雷を発射したはいいものの、上手く敵艦を捉えられますかね」

「さてな。あの砲弾の爆発の中では難しいかもしれん。1発でも命中してくれれば御の字だが…」

「あっ、見てください!?」


 水雷科員が敵戦艦を指差して叫んだ。ウッズがその方向を見ると、敵戦艦の後部甲板から多数の飛翔体が炎の尾を引いて飛び上がったところだった。それが何か気付いたウッズは大声で叫んだ。


「ミ、ミサイルだ! 全員退避、退避ーッ!」

「お前達、艦内に戻れ。急ぐんだ!」


 スコットが水雷科員を艦内に誘導する。魚雷発射管の周囲で戦況を見守っていた兵達が一斉に駆け出して、艦内に戻る扉を潜り抜けて行く。敵のミサイルは急行列車のような飛翔音を立て、放物線軌道を描いて急速に近づいてきた。

 ウッズとスコットが呆然と見上げてると、左舷側2基の4連装35mm対空機関砲が仰角を上げ、ミサイル目掛けて火を噴いた。1門当たり毎分550発、8門計4,400発の35mm砲弾がミサイル目掛けて殺到する。


 降り注ぐ炎の矢と吹き上げる曳光弾が交錯した瞬間、連続して爆発が起こり、爆炎が広がった。しかし、爆炎の中から機関砲弾の直撃を免れた数発のミサイルが飛び出してきた。そのミサイル目掛けて機関砲弾が飛び、3発を撃墜したが、残ったミサイルはワタツミ目掛けて突っ込んで来た。


「くるぞ、伏せろ!」


 ウッズが大声で叫んだ。艦内に退避できなかった兵達がその場に伏せたり、遮蔽物を見つけてその陰に飛び込む。ウッズとスコットも魚雷発射管に隠れるように伏せた。直後、激しい爆発音に続いて爆風と衝撃がウッズ達を襲い、破壊された瓦礫が火を纏いながら飛んできた。


「す、水雷長、大丈夫ですか?」

「うう…っ。くそ、腕をやられた。お前は大丈夫か…」

「はい。発射管に鉄板が引っ掛かり、その下に隠れるようになったので…。待っててください。今助けます」


 スコットはウッズを抱えて起こすと肩を貸して立たせた。ウッズは痛む右腕を押さえながら周囲を見回す。ミサイルの直撃を受けたワタツミの後部甲板は酷い状況になっていた。短SAMキャニスターは原型を留めない程破壊され、後部予備指揮所は全壊、2基の主砲も叩き潰されて砲身が大きくへしゃげてあらぬ方向を向いている。また、甲板にも大穴が開いて炎が噴き出していて、ダメコンチームが消火のため放水を始めていた。そこかしこに死体が転がり、負傷者が呻き声を上げている。


「他の奴等はどうした?」

「何人かは艦内に戻ったのを見ましたが、どうなったか…」

「そうか…」


 とにかくその場から離れようと歩き出した時、ウッズは小さな呻き声が聞こえた気がしてスコットを止めた。生存者がいるのかと、2人が聞き耳を立てるとすぐ側の積み重なった瓦礫の下から聞こえてきた。


「いました。ここです!」

「瓦礫をどけろ!」


 2人は痛む体をおして瓦礫に手を掛けて退け始めた。重い鉄骨に苦戦し、手から出血ながら作業を続けていると、足を潰され軍服を血で真っ赤に染めた兵士が現れた。スコットは兵士の顔を見て、計測員のケイン・ファスナー二等水兵であることに気付いた。


「ケイン、しっかりしろ。死ぬんじゃねぇ!」

「スコット、こっちに引っ張れ」


 ウッズはスコットに声を掛けてケインを瓦礫から引きずり出し、真っ赤に染まった軍服をめくった。ケインの腹がは大きく裂けて内臓と血が吹き出している。スコットが上着を脱ぎ、内臓と一緒に腹の傷口に突っ込んだ。


「救護班、来てくれ!」

「す…すい…らい…ちょう…ごふっ」

「いい、喋るな!」

「しっかりしろケイン! お前、故郷に母親1人残して来たんだろうが! かあちゃん残して死ぬんじゃねぇ。意識をしっかり持て!」


 敵戦艦はミサイルに続き副砲と思われる中口径魔導砲でワタツミを攻撃し始めた。ワタツミは前部3基6門の主砲で反撃しているが、ダメージを引きずっており、攻撃密度は敵の方が多く、至近弾の衝撃が艦を揺らし、水しぶきが降り注ぐ。

 ずぶ濡れになりながら救護員が駆け込んできて、ケインの側に屈み込み、腕にモルヒネを射った後、腹の傷を見て「ウッ」と唸って動きを止めた。そして、ウッドとスコットの顔を見上げて首を振った。ケインはウッドの顔を見上げながら、ゆっくりと右腕を動かして自分の顔の前まで持ってくる。その手にはストップウォッチが握られていた。


「ケイン、動くな」


 スコットは諦めたような小さな声で言った。救護員はウッドの腕の治療に取り掛かっている。


「す…すいらい…ちょう…」

「…なんだ」

「ぎょ、らい…命中まで、よ、よんじゅう…秒…げふっ」

「わかった」


 魚雷の命中までの時間を告げてケイン二等水兵は事切れた。最後まで自分の任務を果たして。

 ウッドは双眼鏡を敵戦艦に向けた。ワタツミが発射した20.3センチ砲弾の水柱に加えて40センチ級の水柱が吹きあがっている。恐らくシキシマが砲撃に参加したのだろう。その様子にウッドは顔を曇らせる。


(あの喧騒の中では、魚雷のアクティブソナーが使い物になるかどうか…。くそ、1発でもいいから命中してくれ。死んだケインのためにも!)


 しかし、魚雷到達時間になっても命中の水柱が上がらない。


「だめか…」


 さらに1分が経過して双眼鏡を下したウッドが力なく呟いた時、スコットが大声で叫んだ。


「水雷長、敵戦艦の艦尾に魚雷命中1…いや、2!」


 ウッドが再び双眼鏡を覗くと敵戦艦の艦尾に高々と2本の水柱が吹き上がっているのが見えた。衝撃が大きかったのだろう、敵戦艦は艦尾を浮かせてつんのめったようになり、砲撃も止まった。ウッドは思わず怪我をした右腕でガッツポーズを取り、痛みで顔を顰めたが、直ぐに笑みを浮かべた。


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