第20話 ウォッゼ島沖海戦①
ウォッゼ島はネアス環礁から東に122海里(約226km)離れた場所にある、火山の噴火によって形成されたひょうたん形をした島で周囲24km、東側に標高327mのウォッゼ山、西側に爆発噴火口に水が溜まった池を持つ特徴的な形状をした島である。
このウォッゼ島の近傍に小沢中将の率いる艦隊が遊弋していた。艦隊は小沢中将直卒の第1戦隊(戦艦アマテラス(旗艦)、イチキシマ、イセ、ヒユウガ)、アルゲンティ少将の第2戦隊(戦艦ミカサ、シキシマ)の6隻の戦艦を主力とし、ジョセフ・ラドフォード少将を司令官とする第8巡洋艦隊(重巡洋艦ワタツミ(旗艦)、タカオ、マヤ、チョウカイ。大型軽巡ヘレナ、アリステア)、第11水雷戦隊(旗艦軽巡リュシテア、駆逐艦8隻)、第12水雷戦隊(旗艦軽巡イーリス、駆逐艦8隻)で編成されている。また、艦隊防空を担う軽空母ユニコーンがあるが、砲撃戦に巻き込まないよう、約40km後方に下がらせていた。
小沢は艦隊を第8巡洋艦隊の軽巡2隻を前衛に置き、第1戦隊、第2戦隊、重巡部隊と続く単縦陣を組み、右翼に第11水雷戦隊、左翼に第12水雷戦隊を配置した3列の複縦陣としてバルドー艦隊を待ち受けていた。
「前衛のヘレナからレーダーが敵艦隊を捉えたと連絡がありました」
「我が艦の対水上レーダーも敵艦隊をキャッチしました! 大型艦8、小型艦17。2列の複縦陣を接近中。距離約45km、速力約24ノット」
「艦隊後方より飛行機接近。数およそ30、味方機です」
「全砲熕兵器に問題無し!」
アマテラスのCIC(Combat Information Center、戦闘情報室)に次々と通信室やレーダー管制から接近する帝国艦隊の情報が上げられる。司令官小沢一昭中将は落ち着いて情報ボードに記載された情報やスクリーンに映し出される映像を見ていた。敵艦隊との距離は45,000m。距離20,000mで砲戦を開始するとして後25,000m距離を詰める必要がある。第5艦隊は30ノットの速度で敵艦隊に向かっているから、砲戦開始は15分後という計算となる。
「バルドー提督は我々と正面から戦うつもりのようですね」
首席参謀のジョン・ヴェレカー大佐が情報ボードを見ながら言い、小沢は小さく頷く。
「戦艦戦力では向こうの方が上回っているからな」
「帝国艦の主砲は直接魔力エネルギーをぶつける方式ではなく、カートリッジに高密度マナエネルギーを詰め込んだ、魔力カートリッジ弾としているとの情報です。装甲貫徹力も強化されているとのこと。スケリアの魔導戦艦は魔導障壁を展開していましたが、カートリッジ弾に突破され、一方的に撃破されたとのことです。我々の戦艦の装甲がどこまで耐えられるか…」
「王国海軍が帝国海軍と本格的に砲火を交わすのは、大和がヨルムンガンドと戦ったテティス島沖海戦以来となる。つまり、私達の…地球の技術とこの世界の魔導技術…。お互い異なる技術を昇華させた国が30年の時を経て再びあいまみえる時が来たのだ。この戦いが今後の王国の未来を決定づけるといっても過言ではない。だからこそ、我々は艦を信じて戦い、勝たねばならん」
「長官…。そのとおりです! 確かに戦艦の数は少ないですが、数の優劣が勝負を決める訳ではない事を奴らに教えてやりましょう。なーに、奴らにネアス島の美女たちを拝ませることはしません!」
ヴェレカーは小沢の顔を見てニヤリと笑った。その間にも両艦隊の距離は縮まって行く。距離が30,000mに近づいたところで小沢は命令を下した。
「敵の頭を押さえる。艦隊右舷回頭、進路110度。左砲戦距離2万、水雷戦隊突撃。敵突撃艦を排除せよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「航海、面舵一杯。進路110度」
「面舵一杯、進路110度宜候」
「砲術、主砲左砲戦、射撃距離2万」
「主砲、左砲戦。砲戦距離2万で開始。目標、敵戦艦1番艦!」
「艦内防水隔壁閉鎖!」
「水雷戦隊が離れます。敵艦隊に突撃する模様!」
アマテラスの艦橋で、艦長土方歳夫准将が次々に命令を下し、航海長アラン・スターク中佐が航海室に指示を伝え、艦橋上部の砲術指揮所から砲術長トーマス・ライアン中佐が主砲塔に左砲戦を伝える。間もなく舵が利き始め、艦は右舷回頭を始め、艦首が右に振られた。
基準排水量51,850トンの艦体が右へと回り、前部の第1、第2砲塔、後部第3、第4砲塔は艦とは逆に左に回転する。
アマテラスはアマテラス級戦艦のネームシップで同型艦は自艦を含めて4隻(トリアイナ王国の戦艦保有数は16隻)。全長270m、全幅35.5m、満載排水量62,400トン。主兵装は艦の前後に2基ずつ背負い式に搭載された50口径40.6cm三連装主砲。しかし、この艦を特徴づけているのは4基12門という強力な砲撃力もさることながら、バイタルパート(重要防御区画)の装甲の厚さを46cm砲にも耐えうるように設計された重装甲艦としている事である。
その他の兵装としては8連装短SAM発射機×1、長10cm単装高角砲×8(片舷×4)、40mm連装対空機関砲×10(片舷×5)等がある。
戦隊は軽巡ヘレナを先頭に順次回頭している。バルドー艦隊の頭を押さえ、丁字戦法に持ち込もうという算段だ。
「第1、第2戦隊各艦、我が艦に後続しています。続いて第8艦隊回頭開始」
後部見張員から艦内通話を通じて僚艦の動きについて報告が入る。ここで、レーダー管制室から敵の動きに変化が生じた事を報告してきた。
「バルドー艦隊左回頭、我が艦隊と同航する模様。速度変わらず、距離25,000m。突撃艦隊、本隊から離れ、我が方の水雷戦隊に向かいます!」
「ふむ…。丁字は取れなかったか。バルドーめ、不利を悟ったな」
土方艦長はのぞいていた双眼鏡を下ろしながら呟いた。その時、艦内スピーカーからCICに詰めているヴェレカー大佐の声が響いた。
『敵艦隊と同航にて砲戦を行う。進路330度、第3戦速(約24ノット)。左砲戦変わらず。距離20,000mで砲戦開始せよ』
「司令は受けて立つつもりだな。航海、進路330、取舵10度」
「機関室、速度を敵艦隊に合わせる。機関第3戦速」
「艦長より砲術指揮所、目標敵1番艦」
「戻せ、舵中央!」
司令部からの指示を受けて土方艦長が次々と命令を下す。アマテラスを始めとする6隻の戦艦と4隻の重巡洋艦は先頭を進むヘレナを露払いに進撃する。水平線上に姿を現したバルドー艦隊。30年の時を経て、トリアイナ王国とヴァナヘイム帝国がついに砲火を交える時が来た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アマテラスの艦橋上部にある射撃管制室ではレーダー管制から送られる捜索レーダー及び射撃管制レーダー、さらには艦橋トップにあるレーダー連動15m光学測距儀からの情報がFCS(射撃指揮管制装置)に送られてくる。操作する砲術科のオペレーター達は目標の捕捉・追尾、未来位置角の算定を行い、各砲塔に射角の適正値を送る。
砲術長トーマス・ライアン中佐は射撃管制室から一段高くなった場所に設けられた、砲術指揮所の窓から双眼鏡で敵艦隊の動きを監視していた。ライアン中佐は48歳。30年前、海軍大学砲術学科に入学後、当時の大和砲術長だった黒田に学んだ一人であった。
(黒田教官、あなたの教えをついに実践する時が来ました。あなたの…、日本帝国海軍の後継者の戦いぶり、見ていてください)
「敵艦隊との距離22,000m!」
「敵艦発砲!」
測的手の距離を知らせる声と見張員からの叫びに心の中の思いに気を取られていたライアンはハッとして現実に戻された。
(いけない、いけない…)
「心配するな、敵は焦って砲撃しただけだ。あんなもの当たりやしない」
先頭を進むヘレナが敵艦隊と平行に同航するため、やや面舵に進路を変えた。後続する艦も順次続く。敵艦隊の砲撃は、アマテラスの大分手前で水柱を上げた。ライアンは崩れ行く水柱を一瞥すると艦内電話のレシーバーを手にした。
「砲術より艦長、敵艦隊との距離21,000m。あと1分半程で砲戦開始距離となります。各砲塔発射準備完了してます」
「艦長より砲術。予定通り距離20,000mで砲撃開始。タイミングは任せる」
算出された発射諸元に基づき、各砲塔の1番砲が仰角を上げた。敵艦隊の第2射が艦隊周囲に連続して着弾するが、これに捉えられた艦は無い。いずれも離れた場所で爆発している。
「最初から斉射か。砲撃のイロハもわかっていないな。無駄弾をばら撒くだけだ」
「砲術長、敵艦隊との距離20,000mです!」
「主砲、撃ち方始め!」
ライアンの命令で、既に照準を合わせていた各砲塔の1番砲から左舷に向けて轟音と巨大な火焔がほとばしった。前後から轟いた衝撃が艦橋を包む。各砲塔1門ずつの交互撃ち方だが、その衝撃は雷に打たれたと思うほど強烈だった。そして、この砲撃はトリアイナ王国海軍の戦艦が初めてヴァナヘイム帝国に発射した一撃でもあった。
「イチキシマ、イセ、ヒユウガ、ミカサ、シキシマも砲撃を開始しました。続いて第8艦隊の巡洋艦も砲撃を開始!」
見張員から後続の戦艦及び巡洋艦が砲撃を開始したとの報告が届く。前方の軽巡2隻も主砲である47口径15.2cm砲の仰角を上げて砲撃を始めたのが見える。
「弾着。全弾遠!」
「主砲下げ、誤差修正。2番砲発射!」
各砲塔の2番砲が轟音と共に徹甲弾がマッハ2.5の初速で敵艦隊に向けて撃ち出された。その直後、アマテラスの周囲で炸裂した敵弾の飛沫が飛んで来る。
「我が艦とイチキシマの周囲で炸裂する敵弾が多いな」
「敵1番艦と2番艦が我が方を、3番艦と4番艦がイチキシマを狙っているようです」
「敵はアマテラス級を強敵と見ている訳か。光栄なことだ」
アマテラスの第2射は敵1番艦、魔導戦艦フェンリルの手前に落ちたが続けて撃ち出された第3射はフェンリルを挟みこむように着弾し、敵艦の艦橋トップに届くような水柱を上た。その直後、中口径砲弾がフェンリルを包み込むように落下する。
「第3射敵艦を挟叉! 続いてヘレナ及びアリステアの砲撃も挟叉を得ました!!」
「うむ。砲術より艦長、次より斉射に移行します」
艦内通話器のレシーバーを手にしたライアンが艦橋に斉射へ移行することを告げた。土方艦長から直ぐに承認の命令が届く。各砲塔は全部の砲に装填するため動きを止めた。そこに、敵の第6斉射弾が多数落下してきた。ほとんどはアマテラスの周囲に落下して爆発、爆圧で水柱を上げただけだったが、1発の魔導カートリッジ弾が第2砲塔の天蓋に命中。弾は金属音と火花を散らして天蓋を横滑りして爆発した。瞬間、砲塔を包み込むほどの爆炎が躍り、艦橋を衝撃で揺るがすと共に内部を真っ赤に照らした。誰もが息を飲ん出命中か所を見つめる。爆炎が収まると命中か所に擦れ傷があるだけの無事な砲塔が姿を現すと、艦橋の中で大きな歓声が上がった。
「砲術長、主砲発射準備完了!」
「よし! 帝国のブルドッグ野郎に目にモノを見せてやれ。射撃開始!!」
アマテラスの4基合計12門の40.6cm砲から巨大な砲声が鳴り響き、凄まじい火焔がほとばしった。左舷の海面が衝撃波で押し戻される。数秒遅れて艦の後方からも大きな爆音が聞こえてきた。イチキシマも斉射を開始したのだ。
「イチキシマも斉射開始!」
「20…21…22…23秒 だんちゃーく!」
弾着までの時間を計っていた計測員の声にライアンが双眼鏡を向けると、敵1番艦の周囲に林立した水柱の中に直撃弾炸裂の閃光が走り火焔が躍った。見張員が歓喜の声で報告する。直後に、軽巡2隻の放った15.2cm砲弾が連続して直撃し、爆炎が上がった。
「敵戦艦に直撃弾3、火災発生!」
「ヘレナとアリステアの直撃弾6以上!」
「第2射、発射!」
砲術指揮所に次々と報告が上げられ、艦橋とCICにも伝えられる。斉射の反動を受け止めた艦体が僅かに右側に仰け反り、巨大な砲声が周囲の音全てをかき消す。30秒間隔で発射される12発の巨弾は大気を震わせながら飛翔し、敵艦の周囲に落下すると数発は確実に直撃して火災炎を上げる。しかし、敵1番艦のフェンリルも負けじと撃ち返し、2番艦も全砲門をアマテラスに向け、一斉射撃を放つ。ウォッゼ島の沖合は砲撃の爆音と直撃弾の炸裂音が鳴り響き、艦隊の周囲に着弾すると大量の海水を噴き上げて、嵐のように海面を波立たせる。
アマテラスが通算6回目の斉射を放って10秒ほどが経過したとき、それは起きた。アマテラスの左舷後部、第3、第4砲塔があるあたりから突き上げるような衝撃が襲い掛かった。基準排水量51,850トンの巨体が震え、艦橋内の全員がよろめき、緊急事態を知らせるアラームが鳴り響いた。
「砲術、後部砲塔発射中止!」
「ダメージ・コントロール、後部甲板に急行せよ! 被害状況確認と火災の消火と隔壁の補強に当たれ!!」
「機関長、機関室の被害状況を報告せよ!」
アマテラスは後部砲塔付近に複数の直撃弾を受けたのだ。艦内が騒然とする中、土方は続けざまに命令を出した後、艦内電話のレシーバーを手にしてCICを呼び出した。
「長官、後部砲塔付近に複数の直撃弾を受けました。後部砲塔は一時発射中止。現在被害状況を確認中です。健在な1番、2番砲塔で射撃を続行します」
CICへの通話を切った土方は、砲術指揮所を呼び出した。
「今のはどこの砲撃だ」
「敵2番艦からの砲撃です」
再び急行列車のような轟音に続いて激しい爆発音がして、衝撃がアマテラスを揺さぶった。立ち直った土方が双眼鏡でフェンリルを見ると、アマテラスと軽巡2隻の砲撃で大火災を起こしながら、砲撃目標をヘレナに向けている様子が確認できた。
(フェンリルはヘレナとアリステアを攻撃しているが、大分弱っているようだ。これなら放っておいてもいいだろう)
「航海長、取舵10度。前部砲塔を2番艦に向けろ」
「砲術、砲撃目標を敵2番艦に変更!」
「砲撃目標を敵2番艦に変更します!」
すぐさまライアン中佐の返答が返ってくる。土方は左舷の敵艦隊を睨みつけた。前部砲塔の1番砲から火焔が噴き上がると同時に、敵弾が飛来する轟音が聞こえてきた。




