第17話 ネアス環礁沖海戦④
総旗艦フェンリルの艦橋で司令長官バルダー中将やミュラー艦長ほか、艦橋にいる者全てが第3任務部隊に起きた惨状に呆然と立ち尽くしていた。艦隊首席参謀のリーツ大佐も燃え盛る炎に包まれ、水蒸気を上げながら沈みゆく飛行機械母艦や巡航艦、突撃艦を見つめながら、今までの戦いとは全く異質なものであり、自分が経験した常識が根本から覆されてしまっていることを感じていた。
(トリアイナの攻撃力とは、異世界の技術とはこれ程のものなのか…)
トリアイナの攻撃機隊は、対空砲の届かない9,000mもの高空から艦隊上空に侵入して爆弾を投下した。通常なら高高度の爆撃は命中なんて望めないものだが、爆弾は自ら意思を持った生き物のように、回避運動を取る艦を追尾して命中した。
さらに、命中した際の威力は凄まじく、爆弾重量に加え、高高度から投下された運動エネルギーも相まって、艦底まで貫いて爆発したため、排水量5万トンを超える飛行機械母艦を1発で大破、行動不能に陥らせ、爆弾が複数命中した母艦は大爆発を起こし、排水量1万トンの巡航艦や2千トン足らずの突撃艦は命中した瞬間、艦腹が吹き飛ばされて轟沈した。
此度の戦争で、帝国艦隊が本格的に航空攻撃を受け、艦隊戦を行ったのはスケリアとだけであったが、突撃艦等の小型艦艇にこそ被害を出したものの、戦艦や飛行機械母艦、巡航艦といった大型艦は沈められていない。だからこそ、今目の前に広がっている光景が信じられない。
(フィンヴァラーの勇戦によって、敵攻撃機13機の撃墜を確認したが、戻ってきたフィンヴァラーは30機程度だった。これらは各戦艦に分散収容したが、アルビオンは母艦とともに失われてしまった…。我々はトリアイナの戦力を見誤ったのではないか? これ以上の戦力喪失は他戦線にも影響する。ここは一旦退くべきだ。長官が受け入れるかどうかだが…)
艦隊参謀の1人がリーツに1枚の紙を手渡した。内容を読んだリーツは深くため息をつくと、バルドー中将に声をかけた。
「長官…」
バルドーは憤怒の表情でリーツに振り向いた。リーツは努めて表情を変えず、上げられた報告の内容を説明した。
「トリアイナの航空攻撃による被害状況です。飛行機械母艦7隻沈没、3隻大破航行不能。これにより飛行機械部隊は全滅しました。巡航艦は8隻、突撃艦は19隻、補給艦は3隻が大破、沈没しております。我が艦隊の残存隻数は戦艦12隻、巡航艦2隻、突撃艦21隻、補給艦1隻の計36隻となりました」
「……………」
「長官、今一度大規模な航空攻撃を受けると、我が艦隊は壊滅的損害を受ける可能性があります。ここは撤退すべきと進言します」
「……リーツ大佐」
「は…」
「撤退はせん!」
「長官! この惨状を見ても撤退しないというのですか!?」
「そうだ」
「理由を…お聞かせ願いますか…」
「理由か…理由は明快だ。我々は負ける戦いをしていないからだ」
「この状況で、負ける訳がないと?」
「そうだ。リーツ大佐、我が任務部隊はネアス環礁を防備する敵艦隊撃滅が任務だったな」
「はい。その通りです」
「トリアイナの猿共は我が艦隊を迎え撃つため、想定通り全力で攻撃してきた。まさか、これほどの被害を受けるとは思わなかったが…」
「我が艦隊の規模を考えれば、全戦力を集中するのは当然です」
「そこだ」
「………! もしかして!?」
「気が付いたようだな。ネアス環礁攻略に出撃したのは我が艦隊だけではない。フリッツ基地から大型強襲揚陸艦スルーズを旗艦とする戦車揚陸艦20、機動兵器揚陸艦12、兵員輸送艦35隻、計67隻の輸送艦隊からなる攻略部隊と、我が艦隊と呼応してスルード海軍基地(スケリア島)から出撃した第6艦隊、第7艦隊が今頃ネアス環礁の近傍まで接近しているはずだ。猿共は我が艦隊に構っているうちに、尻の穴を蹴飛ばされ、寝床を燃やし尽くされるという寸法だ。オザワという猿も今頃大慌てだろうさ」
「し、しかし、スケリアにいた第6と第7艦隊は、リーシャル諸島のグルッグ海軍基地に集結したイザヴェル艦隊を攻撃するはずだったのでは? スケリアを空にしたらイザヴェルが彼の国の奪還に動く可能性が考えられますが…」
「心配は無用だ。超弩級戦艦ガルガファルムルを旗艦とする艦隊がリーシャル沖に展開しているはずだ」
「デーニッツ提督の艦隊が!? いつの間に。全く知りませんでした…」
「ギュンター総司令(テーチス艦隊総司令部長官)は、トリアイナの猿共を屈服させるに当たり、ネアス環礁強いてはシルル王国占領の重要性を本国の統帥本部総長シュミット上級大将に説明し、第6、第7艦隊を猿共の艦隊を背後から急襲するために動かす了承を得たのだ。この作戦行動は猿に察知されないよう、極秘裏に進めていたから貴官が知らないのは当然だ」
「そうだったのですか…」
「皆よく聞け! 戦いはまだ終わっていない。現在のところ、俺達は負けているが、最後に勝てばいいのだ! 勝利のため、力を尽くせ!!」
多くの艦が失われた事で打ちひしがれた表情だった兵達の顔に生気が戻った顔を見たバルドーは満足げに頷くと改めて命令を下した。
「話は終わりだ。溺者救助に突撃艦4隻を残し、改めてネアスに向かって進撃する。クリス(フィリップ・クリス少将)に新たな命令。麾下の艦隊(戦艦アウドムラ他3隻)は巡航艦2隻を率いて上陸部隊に合流し、上陸支援に当たれ。我々は突撃艦と共にオザワの艦隊を撃滅する。艦隊前進!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
角田少将率いる空母艦隊は、戦艦部隊と分離して、ネアス環礁の北東約150キロの位置にいて、バルドー艦隊に止めを刺すべく攻撃隊の発艦準備をしていた。時間は午後14時。早朝から開始した3次に亘る第3任務部隊への攻撃で敵航空兵力を壊滅させ、航空攻撃の障害となる防空巡航艦や突撃艦の護衛艦艇を減殺した。後は空母航空隊の総力を挙げて敵戦艦群を攻撃するだけとなった。
旗艦穂高を始めとする4隻の正規空母の甲板上には攻撃隊を護衛する、第1次攻撃隊帰還機のうち稼働可能な烈風が並べられ、発艦命令を待っていた。
「角田司令、敵情偵察を行っていた穂高1番から通信が入りました。敵艦隊は戦艦8隻を主力とする部隊と戦艦4隻と巡航艦2隻の部隊に別れたとのことです」
「二手に分かれた…だと? 別れた戦艦部隊の進路を確認させろ」
「はっ!」
角田は穂高の通信長ジャック・ルード少佐に指示すると、何故敵は二手に分かれたか思案した。敵戦艦は12隻。一方、第5艦隊は6隻。普通に考えれば我が方の戦艦1隻に2隻で当たれ、優位に戦えるはず。それを捨てて二手に分かれる真意はなんなのか…。しかも、我が空母部隊の攻撃を受ければ戦艦を何隻か失う可能性だってあるはず。それを判らぬ敵司令官でもあるまい。それなのに何故、敢えて戦艦を分離するような事をしたのか…。航空攻撃を分散させるため? そんな単純な理由では無いはず。角田は思案の末、ある推測に思い至り、ハッと顔を上げた。そこに通信室から報告が上げられてきた。
「司令、戦艦4隻の部隊はネアス本島に向かっているとのことです!」
「クソッ、やってくれたな。タイラー中佐、現在飛んでいる景雲は何機だ?」
「穂高から発艦した3機です」
「敵艦隊を偵察している1番を除く2番、3番にネアス島の南方を探らせろ。それから5艦隊司令部と第11航空団、第二師団の各司令部に緊急通信。「敵上陸部隊が接近している恐れあり、警戒態勢を取られたし」以上だ!」
「敵上陸部隊!? まさか、何故そう思うのですか、司令」
作戦参謀のロバート・タイラー中佐が驚いたように角田に問いかけた。
「分離した戦艦は真っ直ぐネアス島に向かっている。進行方向には我々の艦隊はいない。つまり、これらは地上砲撃を行うための部隊だと推測されると考えられないか? そして、戦艦が危険を冒して地上砲撃をする理由はなんだ?」
「地上施設及び陣地、防御兵器等の破壊…。そうか、あの艦隊は上陸部隊援護の砲撃部隊という訳ですね!」
「そう考えるのが妥当だろう」
角田とタイラーが頷いた時、穂高艦長高城勝也大佐に飛行長のハワード・ルード中佐が発艦準備が整った事を報告してきた。高城が角田の方を振り向く。
「発艦待て。景雲の索敵結果を待つ」
Eー1Aは燃料切れのため、基地に帰投しており、艦上偵察機の景雲による索敵が頼りだ。じりじりとした時間が経過し、他の空母から発艦命令を急かす通信が穂高に入って来るが、角田は黙って艦橋の窓から水平線の彼方を見つめている。
約1時間が経過した後、ルード少佐が顔を青ざめさせて角田の元に走り込んできた。
「司令、穂高3番より緊急電! 「ネアス島の南東約280kmの地点に、強襲揚陸艦、戦車揚陸艦、大型輸送船からなる船団約70隻が突撃艦10隻の護衛の下、ネアス島に向けて、速力約12ノットで航行中。当機は燃料乏しく、これ以上の追尾は不可。只今より帰投す」以上です!」
「間違いない。上陸船団だ…」
航空参謀のジョン・スティール少佐が顔を青ざめさせて呟いた。タイラーは海図に敵艦隊の位置と速度、距離を書き込んだ。
「司令、敵上陸船団はこのままの速度で進みますと、ネアス島に午前3時頃に到着します。マカッサル海峡で待機している小沢司令の艦隊が最も近いですが、バルドーの戦艦部隊が近づいていて無理です。このままでは、易々と上陸を許す結果になります」
「司令、航空隊を上陸船団に向かわせましょう。今なら間に合います!」
タイラーの言葉を受け、スティールが意見を具申するが、角田は少しの間思案して二人に顔を向けた。
「日没は何時だ」
「19時23分頃です」
「今から上陸船団攻撃を向かわせても帰投は日没後になってしまう。しかし、バルドー艦隊にならぎりぎり明るいうちに帰投が可能だ。よって、当初の予定通り攻撃隊はバルドー艦隊に向かわせる。小沢長官ならその隙に上陸船団攻撃に向かうはずだ。第5艦隊司令部にその旨伝達。直ちに攻撃隊発艦せよ!」
「了解、第5艦隊司令部及び各空母に攻撃目標を伝達します!」
「艦長、攻撃隊発艦!」
命令を復唱したルードが通信室に走り、タイラーが高城艦長に攻撃隊発艦を伝え、スティール少佐が飛行甲板に向かう。穂高の艦橋は戦闘開始の緊張感に包まれる。しかし、攻撃隊が発艦しようとしたその時、軽空母ペガサスから緊急電が入った。
「司令、大変です! ペガサスから発艦した上空直掩機が艦隊後方約50kmの位置に帝国艦隊を発見したとのこと。編成は戦艦4、大型空母3、巡航艦7、軽巡航艦2、突撃艦12、約30ノットの速力で接近中。さらに、空母から人型飛行機械発艦中!!」
通信室からの報告を受けた穂高の艦橋は騒然となった。まさか自艦隊の後背から戦艦、空母を含む艦隊が現れるとは誰もが、司令官の角田でさえ想像していなかったからだ。しかも、各空母の甲板上には発艦直前の戦闘機や攻撃機が所狭しと並んでいて、1発でも敵弾を喰らえば連鎖的に爆発して火だるまになってしまう。
「何故帝国艦隊が…」
「詮索は後だ。艦隊進路方位315度、甲板上の艦載機はただちに発艦!」
角田の命令を受け、高城艦長は落ち着いて命令を発した。
「取舵一杯、方位315、機関増速最大戦速、艦載機緊急発艦!」
「CDCに伝達、対空戦闘準備!」
「副長、私はCDC(Combat Direction Center:空母における戦闘指揮所)に移動する。ここは任せるぞ」
「艦長、我々も行こう」
高城艦長は副長のトーマス・デビッドソン中佐に声をかけると、角田司令やタイラー作戦参謀達と一緒に艦橋下に設けられているCDCに移動した。
穂高を始め5隻の空母は風上に向かって全速で突き進み、艦載機の発艦を開始した。各艦の甲板上では甲板作業員や整備員が慌ただしく作業を行い、発艦可の信号が点灯すると同時に信号員が旗を振る。また、両舷のデッキに装備されている90口径35mm連装高射機関砲の機銃座に機銃員が取付き、60口径長10センチ高角砲の砲身と8連装対空誘導弾のキャニスターが上空に向けて動く。
「艦長、方位278度から人型飛行兵器の編隊接近! 数およそ150、直掩戦闘機隊交戦開始! しかし、ほとんどが迎撃を突破して近づきます!!」
「砲術長、射程に入り次第砲撃開始。射撃タイミングと目標選定は任せる」
「了解!」
「発艦した戦闘機は迎撃に向かわせろ。発艦が間に合わない機は海中投棄するんだ」
「甲板長を呼び出せ!」
CDCに移動した高城艦長にレーダーマンが敵接近を告げ、砲術長に対空戦闘を下命し、角田の指示を受けたタイラーが艦内電話のレシーバーをつかみ、甲板長を呼び出して機体の海中投棄を指示する。
レーダーマンが敵は数十機ずつ、5つの梯団に分かれて5隻の空母目掛けて真っ直ぐに進んでくると報告してきた。高城は刻々変化する状況に対応しながら、敵艦隊の出現もさることながら、何故我々の位置を知ることができたのか考えていた。
(奴らはどうやって我々の位置を知ったのだ? ここまで敵索敵機の接触は無かった。モエン島に諜報員がいたとしても出港後の艦隊の位置を知ることはできない。だとすると海…。なるほどそうか、我々の航海上に現地住民の漁船が何隻かいたな。その中に帝国の情報収集艦が紛れ込んでいたに違いない。何て迂闊な…)
「重巡アスカ、ラングレー及び第21水雷戦隊各艦対空射撃を開始しました!」
高城の思考はスピーカーから流れてきた艦橋からの声に遮られた。続いて砲術長レオン・クリスティン中佐が砲術士官に大音声で命令した。
「対空誘導弾発射!」




