第16話 ネアス環礁沖海戦➂
王国海軍陸上攻撃機「晴嵐」64機を率いる攻撃隊総指揮官のマーク・スミス少佐は乗機の後部座席で機上レーダーに映る敵艦隊の輝点とEー1Aから送られてくる無線情報を書き込んだ紙を見て頷き、無線電話機のレシーバーを手に取った。
「間もなく敵艦隊上空だ。先に指示したとおり、第1中隊は空母、第2中隊は巡航艦、第3、第4中隊は突撃艦が目標だ」
各中隊長機から了解の返答が来て、中隊ごとに隊長機を頂点に三角形の攻撃態勢を取り始めた。現在高度は9千m。攻撃隊の3千m下では制空隊がアルビオンからなる迎撃部隊と交戦して上手く敵を抑えており、邪魔する者はいない。スミス少佐は攻撃隊全機に命令を送った。
「爆弾倉開け。目標を確定次第攻撃!」
命令と同時にE-1Aから緊急無線が入った。
「交戦空域を迂回した別編隊が攻撃隊に向かっている。現在高度7千、機数約50、速度から見てフィンヴァラーと思われる。十分警戒されたし!」
「了解。引き続き敵機の監視を頼む」
「少佐、護衛の光電隊が!」
操縦席のリチャード・エドワーズ中尉の声に、スミスが風防から下をのぞくと、光電が翼をひるがえして急降下しているところだった。
「敵もバカじゃないな。制空隊をアルビオンで引き付けてる間にフィンヴァラーで我々を攻撃する…か。やってくれるじゃないか」
「一旦回避しますか?」
「ダメだ。回避行動をすると敵艦隊との位置が大きくずれてしまい、再び爆撃コースに入るのが難しくなる」
「了解、このまま敵艦隊に向かいます」
スミス少佐は無線電話機のレシーバーに向かって叫んだ。
「中隊ごとに機体間隔を詰めろ! 敵が接近したら搭載機銃で弾幕を張って寄せ付けるな。目標を確認したら各個に照準し爆撃せよ。全機密集隊形で突撃!!」
晴嵐は速度を上げ、密集隊形を組んで突き進む。爆撃コースに入ったら腹の中に抱えてきた爆弾を落とすまでは逃げることはできない。
「こちら指揮官機、間もなく目標上空。全機爆弾倉開け!」
64機の晴嵐は一斉に爆弾倉を開いた。搭載してきたのはTV誘導爆弾タペータム。全重量1.5トン、高性能炸薬量700kgの大型爆弾だ。
タペータムは先端に装備されたテレビカメラを起動後に機体から投下される。爆撃手は落下するタペータムのテレビカメラから無線で送られた画像をモニターで確認し、爆撃目標に照準点を示すと、その後は単独で指定目標目掛けて滑空し続けて命中する、高性能システムの爆弾である。
「投下まで1分。目標敵空母右列1番艦、ちょい右願います」
「ちょい右、宜候」
コクピット下の爆撃手席で照準器を覗くラルフ・カールセン兵曹長の指示を受け、エドワーズ中尉が小さく右に舵を切り、中隊各機が追従する。
「投下まで後30秒、進路このまま…」
「第4中隊、下方に敵機だ!」
レシーバーに向かって叫び、首をひねって後方を見たスミス中佐の目に翼を折られ、機体を傾ける晴嵐の姿が映った。同時にカールセン兵曹長の大きな声がコクピットに響いた。
「投下!!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔導砲を受けて右の翼を折られた晴嵐がぐらりと傾いて墜落していく。晴嵐を撃墜したフィンヴァラーが晴嵐隊の上空に飛び抜けると、別の晴嵐に狙いを定め、速度を合わせて降下して両翼に足を置いた。機体に乗ったフィンヴァラーを晴嵐搭乗員は驚愕して見上げる。フィンヴァラーは20mm三連装回転式魔導ライフル砲を晴嵐のコクピットに向けて発射した。連続して撃ち込まれる魔導弾に搭乗員は肉塊と化し、前部が砕けて落下し始めた。
墜落する晴嵐から飛び上がったフィンヴァラーは、さらに別の晴嵐に魔導ライフル砲の光弾を浴びせると搭載したタペータムもろとも爆散させた。このフィンヴァラーに対して周囲の晴嵐も機体上部に搭載された12.7mm3連装回転機銃で反撃する。
小口径弾とはいえ、集中して撃ち込まれる弾丸に装甲を食い破られ、フィンヴァラーは機体各部を破壊されて機体の制御を失って墜落していった。
「くそっ! 投下まであと少しという所で…」
「大尉、編隊下方にフィンヴァラー4機!」
「下方機銃で弾幕を張れ! 一平、投下はまだか!?」
「中隊全機、下方から接近するフィンヴァラーに向け弾幕射撃開始!」
「もう少し待って下さいや…よし、突撃艦が射程に入りましたっす。タペータム投下カウントダウン開始、20…19…18…」
第4中隊を率いる鮎貝誠一大尉は、後部座席のラーチェル・グロウ少尉と爆撃手の高田一平兵曹に指示を送った。3機の晴嵐を墜としたフィンヴァラーは集中砲火を浴びせて撃墜した。しかし、さらに4機のフィンヴァラーが迫って来る。
グロウ少尉は中隊全機に弾幕射撃の指示を送ると、自らも下方機銃の作動スイッチを入れ、機体下部に装備されたテレビカメラから送られる画像目がけて発射把柄を握った。
機体下部に装備された3連装回転機銃が牛の鳴き声のような作動音を立てて、毎分1,000発の速度で12.7mm弾を撃ち出した。鮎貝機だけではなく、残った第4中隊全機及び並行して飛行する第3中隊からも機銃が発射される。豪雨のように降り注ぐ機銃弾を浴びた2機のフィンヴァラーが機体の破片をまき散らして爆散し、グロウが歓声を上げ、その声に被せるように高田がタペータムの投下ボタンを押した。
「やったわ、2機撃墜!」
「…2…1…投下!」
鮎貝機の投下に続き、中隊各機から投下完了の報告が入る。全ての晴嵐が投下したのを確認した鮎貝はレシーバーに向かって叫んだ。
「一平、敵艦にロックオンできたか」
「バッチシっす。数十秒後にゃ突撃艦は魚礁に早変わりですぜ」
「よし、ロックオンが終わった機から右旋回、敵艦隊から離脱!」
第4中隊の各機が次々に右に旋回して離脱を図る。鮎貝もエンジン出力を上げて操縦桿を右に切って晴嵐を右旋回させた。視界に先行する第1中隊、第2中隊も右旋回をして離脱を始めている。突然、第2中隊の晴嵐が主翼を折られて機体を傾け、第1中隊の晴嵐が爆発し、その爆煙の中から青いマナの炎を吹き出しながらフィンヴァラーが飛び出してきた。鮎貝がその様子に目を見張っていると、後部座席のグロウが悲鳴にも似た声を上げた。
「大尉、2番機が…」
鮎貝が左に首を捻るとトーマス・ネヴィル中尉が機長をつとめる晴嵐2番機の主翼が付け根付近から分断され、機体を傾けて墜落していくところだった。2機のフィンヴァラーは魔導砲を乱射しながら編隊の中を飛び回り、数機の晴嵐が被弾して墜落していった。
「くそ、光電はどこ行ったんだ。機銃座で応戦しろ! 撃ち過ぎの弾切れには気をつけろ」
「了解! 一平は下部機銃をお願い、私は上部機銃で応戦するわ」
「任せんさい。ラーチェルの姉御!」
しかし、フィンヴァラーの集中攻撃を受け、5機の晴嵐を失った第4中隊は編隊を崩され、個機での迎撃を余儀なくされてしまっている。しかも、他の中隊もフィンヴァラーの襲撃を受けていて第4中隊を援護する余裕がない。
上空に飛び抜けたフィンヴァラーは全速で退避する鮎貝機に狙いを付け、降下しながら魔導ライフル砲を放ってきた。
「きたぞ。グロウ、上だ。回避運動に振り回されるなよ!」
「はいっ…て、きゃあっ!」
上部機銃が射撃を続ける中、鮎貝大尉は右フットバーを踏み込み、操縦桿を強引に右に倒して晴嵐の巨体を横倒しにした。コクピットの上を魔導弾の光が奔流のように流れ去る。この機動に振り回されたグロウは悲鳴を上げ、上部機銃は目標を見失って射撃を停止した。また、魔導砲を外されたフィンヴァラーは、この隙に鮎貝機に止めを刺そうと4枚の翼を大きく広げて突っ込んできた。機体を水平に戻した鮎貝大尉は左に舵を切り、敢えて敵に横腹を見せる機動を取った。
「今だ! グロウ、一平、撃て!!」
「は、はいっ、落ちろカトンボ!」
「操縦者が女の子じゃないことを祈る!」
グロウと高田は機銃をフィンヴァラーに向け、射撃ボタンを押した。機体上部と下部に装備された3連装回転式機銃から12.7mm徹甲弾が音速の2.7倍の速度で撃ち出される。一方、フィンヴァラーは機銃弾を避けもせずまっしぐらに突っ込んできて魔導ライフル砲を撃ってきた。両者の間で12.7mm弾と魔導光弾が交錯し、多数の小口径弾を全身に浴びたフィンヴァラーは、外装を撃ち抜いた機銃弾で機体内の魔導噴進弾が爆発したのか、木っ端微塵に爆散した。
敵機を撃退した鮎貝達だったが、彼らの晴嵐も魔導光弾の命中によって左エンジンが火を噴き、胴体に弾痕が穿たれて機体の制御を失ない、急速に高度を落とし始めていた。
「くそ、機体が安定せん…。グロウ、左エンジンの様子はどうだ?」
「自動消火装置で火は消えました。ですが、損傷が酷く再起動は無理です。それと、フラップが吹き飛んでしまってます」
左主翼を確認したグロウが絶望を滲ませた声で報告した。そこに、機体後部を確認していた高田が報告してきた。
「大尉、胴体の損傷はかなりヤバイですぜ。あまり速度を出すと後ろが千切れ飛ぶかも知れません」
「そうか…。わかった。一平は席に戻ってくれ」
「了解っす」
鮎貝は右エンジンの出力を上げて操縦桿を引き、機首が上向きに戻ったところで着陸脚を出し、機体が安定するように操作した。胴体のダメージに加え、片肺飛行のため速度は失速限界ギリギリの320km程度がせいぜいであり、高度も3,000mまで落ちている。それでも何とか飛行が落ち着くと爆撃の行方が気になった。
「一平、爆撃はどうなった?」
「フィンヴァラーの攻撃があって確認できなかったので判りませんっす!」
「お前な…。まあ、命中したと信じよう」
「まったく。そんなに堂々と言うことかしら」
「ラーチェルの姉御だって確認してないでしょ」
「うぐ…。そ、それはそうだけど…。ま、まあ敵は対空砲も撃ってこないし、このまま帰れれば任務終了ね。あーあ、早く帰ってシャワー浴びたいわ」
「基地までこの機体が保てばいいがな」
「シャワーじゃなくて、海水浴になりそうですぜ、姉御(笑)」
「あんたは一言多いのよ!」
グロウと高田のやり取りに苦笑いする鮎貝の目前を銀色の影が過った。それは晴嵐隊を撃滅せんと追い縋ってきたフィンヴァラーであった。
フィンヴァラーは鮎貝機の前で直立姿勢を取り、速度を合わせて後退しながら魔導ライフル砲を構え、魔導噴進弾が収納されている肩部の外装を開いた。損傷した機体では回避運動ができない。操縦桿を握りながら鮎貝はギリっと歯を食いしばった。グロウは上部機銃の発射把柄を握ったが、先の戦闘で弾を撃ち尽くしてしまい、機銃は沈黙している。絶望の表情を浮かべるグロウと対照的にフィンヴァラーの無機質な顔が勝ち誇ったように笑い、魔導ライフル砲の引き金に置いた指がピクリと動いた。
撃墜される! 3人が覚悟した瞬間、フィンヴァラーの正面に機銃弾命中の火花が散り、魔導噴進弾が誘爆して晴嵐を揺るがすほどの爆発を起こした。鮎貝達が呆然としていると、晴嵐の上を1機の光電が翼を振って飛び去って行った。
「助かった…」
「もう! 来るのが遅いのよ!!」
「姉御、ビビって小便ちびったんじゃないですか?」
「ち…ちびってなんかないわよ(実は少し…)」
「お前ら、その位にしとけ。見ろ、味方機が来てくれたぞ」
グロウが振り向くと第4中隊のマークを付けた晴嵐2機が寄り添うように飛行しているのが見え、発光信号で基地まで誘導すると知らせてきた。鮎貝は操縦桿をしっかり握りしめ、グロウと高田に声をかけた。
「さあ、何としても基地に帰るぞ。お前達もしっかり頼むぞ」
「はいっ!」
「お任せあれっす」
鮎貝が返事に頷いて上空を見上げると、攻撃を終えた晴嵐の編隊が飛行機雲を引きながら帰投する姿が目に入った。




