第15話 ネアス環礁沖海戦②
「バルドー長官、2度に亘る敵戦闘機との交戦で稼働可能なフィンヴァラーは52機まで減少し、総指揮官のエルンスト・フォス中佐、副指揮官のクラウス・ハンス少佐も戦死したと報告がありました」
「なんだと、あの2人が戦死!? クソッ!?」
首席参謀のリーツ大佐が報告を続ける。
「長官、フィンヴァラーをほとんど失ったため、艦隊防空力が著しく落ちています。再度の攻撃があると防ぎきれない可能性があります」
「そんなこと、わかってる!」
バルドーがリーツに向かって怒鳴った時、ミュラー艦長に向かってMWL(魔導波標定機)操作員が敵飛行機械の編隊が接近していることを告げた。
「機数と距離は!?」
「機数150から160、距離100km、高度約6千メートル!」
「大編隊だ…。まだこれだけの機数を送って来るのか。恐らくネアスの基地航空隊に違いない。となれば、今度は攻撃隊を含んでいるはずだ。長官!」
「残ったフィンヴァラーとアルビオン全機を発艦させろ! 何としても敵機を艦隊に近づけるな!」
「しかし、長官。対地対艦戦闘が主任務のアルビオンで、対空戦闘をさせるのは…。出来なくはありませんが、無茶では無いですか?」
「無茶ではない! アルビオンもわが帝国が誇る飛行兵器だ。トリアイナの猿ごときに遅れをとるものではない! 確かに50機しかないフィンヴァラーだけでは防ぎきれんが、アルビオンは150機が残っている。合わせれば敵を上回る戦力で迎撃できるのだ。首席参謀、命令を直ちに実行せよ! 猿共を生かしてネアスに帰すな!!」
「…了解しました。通信参謀、直ちに飛空機母艦に伝達せよ」
「ハッ!」
少佐の襟章を付けた通信参謀が敬礼して、フェンリルの魔導通信室に向かう。暫くしてフェンリルの上空を大型の魔導ライフル砲を装備したアルビオンが多数、魔導エンジン独特の甲高い金属音を響かせながら、西の空に向かって飛び去って行く。リーツ大佐はその姿を見送りながら、敵の撃滅と1機でも多くの帰還を祈らずにいられなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ネアス環礁航空基地から発進した第11航空団所属の攻撃隊136機(戦闘機隊72機、攻撃隊64機)は整然と編隊を組んで高度6千mを飛行していた。王国海軍陸上攻撃機「晴嵐」の後部座席に座る機長兼攻撃隊総指揮官のマーク・スミス少佐は、E-1Aから送られた敵艦隊の位置を確認していた。巡航速度は455km/h。このまま進めば約13分で敵艦隊上空に到達する。
攻撃機晴嵐は王国海軍の主力中型爆撃機で、全長20.1m、全幅26.5m、全高5.0m、自重10.45トン。3,250馬力の排気過給タービン+遠心式スーパーチャージャーの二段式過給機搭載レシプロエンジン2基を持ち、巡航速度450km、最大速度588km、最大高度11,000m、航続距離3,580kmの性能を持ち、最大2.5トンの爆弾等を搭載できる。乗員は3名。
「攻撃隊へ緊急電。敵編隊が接近している。機数およそ200機、あと数分で会敵する」
「了解!」
E-1Aから無線通信がスミス少佐のレシーバーに飛び込んできた。少佐は直ぐに編隊周波数に切り替え、晴嵐全機に命じた。
「お迎えが来たぞ。盛大に歓迎してくれるようだ。攻撃隊は9千に上昇!」
晴嵐が上昇を始めたと同時に護衛してきた陸軍の局地戦闘機「光電」50機が翼を翻し、敵機を迎撃するため降下を始めた。残り22機は攻撃隊を守るため、晴嵐に寄り添って飛行している。光電は液冷エンジン特有のほっそりした機体に大型の主翼、大直径の4翅プロペラを持つ高性能戦闘機で、最高速度は725km、最大高度は13,500mの性能を誇り、武装は両翼に30mm機関砲(弾数250発)を2門、主翼下のハードポイント6基に90mm対空ロケット弾を装備している。
光電隊を率いるサミュエル・キース少佐はE-1Aからの情報を元に編隊を誘導すると、下方にアルビオンの大編隊が上昇してくるのが視認された。少佐は無線通信機のレシーバーを手に取った。
「各機、聞こえるか。我が隊下方2千mに敵編隊だ。相手は重武装人型飛行機械アルビオンだ。光電の敵ではないが数が多い。絶対に晴嵐隊に向かわせるな。速度差を活かして叩き墜とせ」
少佐は一呼吸おいてレシーバーに向かって叫んだ。
「制空隊全機突撃!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
迎撃戦闘を命じられたアルビオン隊の中隊指揮官の1人であるエーリッヒ・フォス大尉は麾下の中隊18機を率いながら魔導機関を全開にして敵目がけて上昇していた。
(スケリア戦線ではヴィマーナ相手に航空戦を行う機会も何度かあった。ヴィマーナは火力は高かったが、速度は遅く機動性も悪かったからアルビオンでも圧倒出来た。しかし、二度の戦闘でアルビオンより空中戦闘性能の高いフィンヴァラー隊は壊滅してしまった。こんな事は想定出来ただろうか。異世界の技術とやらはそれほどのものなのか・・・)
一抹の不安を感じたフォス大尉の耳に魔導通信機から敵接近の声が入った。コクピットのMWL(魔導波標定機)に敵反応が輝点として映し出されている。そして、輝点は急速に近づいている。フォスは魔道通信機のレシーバーを手に取ると、麾下の中隊各機に通信を送った。
「敵だ。全機戦闘態勢を取れ!」
頭部の魔導カメラが捉えたトリアイナの戦闘機がコクピットのモニターに映った。細い胴体に低翼配置の大きな翼。大型で重厚なアルビオンの機体に比べると、あまりにも華奢で頼りなく、40mm魔導ライフルの一撃で消し飛んでしまいそうだ。その戦闘機が散開もせず、まっしぐらに突っ込んでくる。指揮官機より射程に入り次第、魔導砲発射の指示が入り、40mm魔導ライフル砲を構えるが、こちらの射程に入るより早く、敵戦闘機の翼下から多数の白煙が吹き出した。
「噴進弾だ! 中隊各機散開しろ!!」
フォスはレシーバーに向かって叫ぶと、左手の操縦桿を力一杯引き、右手の操縦桿を前方に押し込みながら左フットバーを踏み込んで、機体を強引に倒しながら左横転させた。その瞬間、2発のロケット弾が機体を掠める様に飛び去り、ギリギリの差で直撃を躱すことに成功して安堵の息を吐いた。
横転状態から機体を立て直してモニター越しに麾下の中隊を確認すると、ロケット弾の直撃を受けたのか、数機が機体を破壊されて墜落していくのが目に入った。さらに、周囲を見回すと編隊のあちこちでいくつもの黒煙が海面に向かって立ち昇っていて、編隊全体が混乱状態に陥いり、統制が取れない状態になっている。
「クソッ、数十機はやられたぞ。編隊もばらばらにされちまった。指揮官機とも連絡がとれん。なんとか生き残った中隊だけでも態勢を整えなければ…」
呼びかけに応じたフォス中隊のアルビオンが集まってくる。そこに両翼から機関砲の発射炎を放ちながら敵戦闘機が猛然と編隊の中に突っ込んできた。凄まじい速度に魔導ライフル砲を向ける間もなく、敵機は複数のアルビオンを撃墜して後方に抜けて行った。
「は…速い。なんだ、あの速さは。それに奴らの火砲。アルビオンの正面装甲は魔導障壁を施した、鉄より強靭な厚さ22.5mmのMS特殊鋼だぞ。それを撃ち抜くなんて…。これがトリアイナの飛行機械か。想像以上だ。ヴィマーナとは全く違う…」
敵機の速度にフォスが呆然としてると、部下から切迫した声が入ってきた。
「大尉、フォス大尉! 敵が戻ってきます!!」
「なにッ!」
編隊を抜けた敵機が旋回して戻って来る。再度攻撃を受けたらアルビオン隊は編隊を維持するどころか、壊滅的打撃を受けるかも知れない。フォスはレシーバーを手に取って叫んだ。
「この通信が聞こえる全機に告ぐ。敵機に向かって魔導噴進弾を全弾発射しろ。敵の接近を許すな、魔導ライフル砲もマナが尽きるまで撃て! トリアイナの糞ッたれどもを一機残らず叩き落とせ!」
フォスの通信に反応したアルビオンが敵機に向かって一斉に機体の各所に装備された噴進弾を発射しながら、魔導ライフル砲を乱射し始めた。しかし、敵編隊は急上昇と急降下の二手に分かれて噴進弾の網を躱すと、獲物に襲い掛かる猛禽のように猛速で突っ込んできた。魔導ライフル砲を撃ちながら味方を鼓舞するフォスの眼前に突然敵機が現れた。
「な、なにッ! くそ、俺としたことが敵の接近に気付かなかっただと!?」
一瞬の逡巡がフォスの動作を遅らせた。魔導ライフル砲を操作するより早く、激しい衝撃とともに機関砲弾がコクピットに飛び込んできて爆発し、フォスの体を粉砕した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦闘空域の上空から状況を見ていた制空隊指揮官のキース中佐は、光電がアルビオンを圧倒する様子に頷いていた。敵はまだ数十機は残っているが、編隊はバラバラに分断され、組織的な戦闘を行える状態ではない。光電は獲物を狩る猛獣のように襲い掛かり、1機また1機とアルビオンを撃墜して行った。全体の3分の2を失ったところで損害に耐えきれなくなったアルビオンによる迎撃隊は撤退をし始めた。
「よし。制空体全機集まれ。敵は撤退を始めた。我が隊も燃料、弾薬を大分消費した。基地に帰投する」
基地に帰投しながらキース中佐は、ある疑念を抱いていた。
(……我々が戦ったのはアルビオンの部隊で、フィンヴァラーの姿はなかった。二度の戦闘で損耗したとしても数十機は残り、可動機だって相当数あるはずだ。まさか、アルビオン隊を盾にして攻撃隊に向かったのか? まずいな、大崎大尉に連絡をしておくか…)
キース中佐の懸念は的中し、攻撃隊の護衛に回っていた光電隊はアルビオン隊の戦闘空域を大きく迂回して攻撃してきたフィンヴァラーと激しく激突していた。
護衛中隊22機を率いる大崎将暉大尉は中隊を二つに分け、10機を攻撃隊の直掩に回し残った機でフィンヴァラーを迎え撃ち、十数機を撃墜していたが、光電も3機を墜とされていた。
「くそ、なんだこいつらは。遮二無二突っ込んできやがる。マックス、敵は何機抜けた!」
「わかりません! 恐らく十数機は抜けたかと」
大崎とペアを組むマクシミリアン・ジェイナス少尉が答えた。
「奴らも必死という訳か。数に劣る俺たちがここで戦っていても敵を抑えられん。それなら攻撃隊の直掩に徹した方が良いか…」
大崎は無線通信機のレシーバーを手に取って叫ぶように命令を送った。
「全機、この場から離れて上昇しろ! 攻撃隊に向かった敵を追え。攻撃隊を守れ!」
「大尉、後方に敵機!」
「なんだと!」
バックミラーにフィンヴァラーの姿が大きく映り、後方警戒警報がコクピット内に鳴り響く。大崎はスロットルを開き、操縦桿を目いっぱい引いた。急上昇に転じた光電の直下を魔導光弾の赤い光が奔流の勢いで飛び去った。垂直上昇する大崎の光電に2機のフィンヴァラーが追いすがって来るが、上昇率は光電の方が上だ。距離が開き頃合い良しと見た大崎はスロットルを緩めて失速状態にすると、緩やかに落下させながら操縦桿を左に倒して左緩横転の起動を取るとスロットルを一気に開いて光電を加速させた。
フィンヴァラーは4枚の翼を開いて急制動から空中静止すると、三連装回転式魔導ライフル砲を発射してきたが、左横転しながら加速旋回する光電の速度が勝り、後追いとなってしまっている。
「とろいぞ、人型! ヘタクソが!!」
急角度の高速水平旋回でフィンヴァラーの攻撃を躱した大崎の光電は、フィンヴァラーの頭上を飛び越え、機体を半回転させてフィンヴァラーの背後をとった。振り向き様にライフル砲を向けられるより速く、30mm機関砲の発射把柄を握った。
両翼から打ち出される太い火箭がフィンヴァラーの胴体に叩き込まれ、爆発とともに胴体が分断されて墜落していった。
「なかなか手強かったが、俺の敵ではなかったな。さて、人型はもう1機いたはずだが…」
大崎が周囲を見回すと、もう1機のフィンヴァラーはジェイナス少尉が操縦する光電の30mmを浴びて炎を吹き上げながら墜落するところだった。
「よくやった、2番機。上昇して攻撃隊に向かった敵を追うぞ。続け!」
「了解!」
2機の光電は残った機と合同すると、エンジンの轟音を響かせながら、高みに向かって上昇して行った。




