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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
第1章 灼熱の世界大戦

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第12話 オベロンvsサーディン

「魚雷、右舷から来ます! 雷数4!」

「対潜魔導弾発射中止、面舵30、急速回頭。急げ!」

「面舵30、了解!!」

「見張り、雷跡は見えるか!?」


 カール艦長の命令を受けた航海長が操舵員に面舵を取るよう指示し、操舵員は舵輪を目いっぱい右に回す。副長のキーン大尉は見張員に雷跡が見えるか聞いたが、確認出来ずとの答えが返ってきて毒づいた。


 トリアイナ王国の魚雷はケロシン・酸素タービンエンジンを動力としている。酸化材として酸素を使用しているため、排気ガスの成分は海水によく溶ける炭酸ガスと水蒸気のみとなることから雷跡を引かず、海上からの視認は極めて困難なのだ。魚雷を躱すためには進行方向に艦首を向けて正対するか、全速力で魚雷から逃げるしかない。


「魚雷接近、距離2千!」

「舵戻せ、中央! 全速直進!」

「くそ、誘導魚雷であってくれるなよ…」

「距離1,000…500…300…」


 ソナー員の報告は艦橋だけでなく、高声令達器で艦全体に聞こえる。迫りくる海中の死神に全員目を凝らして海面を見つめ、自分の場所には当たってくれるなと祈る。


「左舷、1本通過。至近です!」

「無誘導魚雷だ。助かった」


 カールが艦橋のデッキから左海面をのぞくと左舷スレスレを青白い物が高速で抜けて行くのが見えた。誰かの安堵した声が聞こえるが危険が去ったわけではない。魚雷はまだ襲ってくる。


「続いて、右舷2本接近…通過!」

「さらに1本、右舷を抜けました。やった!」


 ソナー員が歓喜の声を上げた。艦の各所から喜ぶ声が聞こえてくる。カール艦長とキーン副長は額に滲む脂汗を拭いながら安堵の顔で頷きあった。オベロンは何とか魚雷の間を抜けることに成功した。次はこちらが狩る番だとカール艦長が指示を出そうとした時、艦の後方で激しい爆発音と見張員の悲痛な声が上がった。


「ベルディータが爆発しました! 魚雷が2本命中したもよう!」

「なんだと! 魚雷は4本だけじゃなかったのか!?」

「恐らく、敵は通常魚雷で我々を牽制して行動を制限し、その隙に誘導魚雷でベルディータを攻撃したものと思われます」


 驚愕するカール艦長にキーン副長が敵の意図を想像して答えた。


「くそっ! 何て無様な。敵にいいようにやられるとは…」

「敵潜はまだ誘導魚雷を残していると思われます。どうしますか?」

「どうするかだと…。決まっている、敵をこのままにしておけるか。必ず撃沈する!」


 カール艦長は鬼のような形相で沈みゆくベルディータを一瞥すると、ソナー員に敵潜水艦の位置を見つけ出すように指示した。


「ソナー探知を優先! 機関半速、速度を落とせ。戦術長、対潜魔導弾全弾発射準備!」


 速度を落とした数分後、ソナーが敵潜水艦の位置を捉えた。


「艦長、敵潜水艦を捉えました。方位178度、距離…およそ1万メートル!」

「でかした! 機関増速、最大戦速」


 カール艦長が大音声で命令する。機関室の推進機が唸りを上げてスクリューを回転させ、艦を増速させる。


「潜水艦が進路を変えました! 進路312度。距離8千、深度120、なおも潜航中!」

「逃すな! 取舵30!」


 敵潜水艦とオベロンの距離が徐々に近づいてくる。戦術長のクラウス大尉が対潜魔導弾の発射準備が整った事を報告してきた。敵潜水艦との距離がじわじわと縮まる。距離が500mになったところでカール艦長は大音声で命令した。


「取舵いっぱい! 右対潜戦、対潜魔導弾発射!」

「1番対潜魔導弾発射!!」


 オベロンが大きく左に舵を切った。発射機から対潜魔導弾24発が連続発射され、投網のように広がりながら潜水艦の反応があった海面に着弾して水しぶきを上げた。


「よーし…。行け、敵潜を木っ端微塵にしてやれ…」


 カール艦長は対潜魔導弾の網に捉えられた潜水艦が爆沈する様子を思い浮かべ、ほくそ笑んだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「艦直上に着水音多数!」

「来たぞ。急速潜航、深度300。死にたくなかったら急げ!」

「手すき乗組員は艦前方に走れ!」


 ソナー員のラルフ兵曹長が対潜魔導弾の着水音を捉え、大声で報告を上げた。ベーカー艦長はすぐさま急速潜航を命じ、ルース副長が艦内マイクを使って、手が空いている兵は前方に移動するように指示を出した。何人もの兵が艦の後部から操舵室を駆け抜け、前方の魚雷発射管室に向かう。サーディンは艦首が重くなった事により、急角度で潜航し始めた。


「全員、何かにつかまれ!」


 急坂となった操舵室の床を固定していない備品がガラガラと転がり落ちていく。兵達は転ばないよう、パイプや機器、固定された海図台等に必死につかまっている。操舵員はサーディンをコントロールするため、必死に操縦桿を押さえる。


「深度250…260…270…」

「舵戻せ!」

「舵戻します!」


 ベーカーは深度280mで潜航停止を命じた。カーランツ級の最大潜航深度は300mであり、この深度以上に潜ると圧壊してしまう。しかし、急速潜航したサーディンは急には水平に戻らない。上下の潜舵を操作する操舵員が力一杯操縦桿を引く。ついに深度は300mを超えた。ギ…ギ…と艦体が軋むイヤな音が響き、艦内の各所で圧力に耐えかねた配管から水が勢いよく吹き出し、何人もの兵でキツくなったバルブを力の限り回して出水を止めにかかる。


「深度300…310…320」

「うおおおおっ、もどれぇーっ!」


 操舵員の努力は報われた。安全深度限界の深度330mでサーディンは潜航を止め、水平に移った。ベーカーが安堵したその時、艦の直上で連続した爆発音が聞こえてきた。ややあって、衝撃波が艦を揺るがしたが、水中爆発の威力は水面に向かうため、爆発下側のダメージは少ない。一連の戦闘で騒がしくなった海中が静かになり、ラルフ兵曹長はヘッドセットを耳に当てて周囲の様子を伺う。その間、艦内の状況を確認していたルースが被害状況を報告してきた。


「艦長、艦内の浸水はほぼ止まりました。負傷者もいません。ただ、電池室の浸水でバッテリーの一部がショートし、使用不能になっています」

「残量はどの位だ?」

「機関室からの報告では約30%程度との事です」

「30%か…」


 電池量30%は数分も全速航行すれば使い切ってしまう量だ。今すぐにでも浮上するかシュノーケルを使ってディーゼルエンジンを動かして充電しなければならないが、敵の対潜艦が近くにいる状況では充電はできない。何とか敵をやり過ごして充電する機会を見つけなければ…。しかし、敵は再び攻撃してきた。ラルフが大声で叫ぶ。


「海面上に多数の着水音。対潜魔導弾です!」

「急速浮上、深度50mだ!」

「ふ、浮上ですか!?」

「そうだ。敵は我々の位置に合わせて、300で爆発セットしているはずだ。電池の残量も少なく逃げ回ることは困難だ。なら、一か八かに賭けるしかない」

「わかりました。メインタンクブロー、急速浮上だ。リック、海上に飛び出さないように気をつけろ!」 

「了解、任せてください!」


 空気タンクのバルブ操作を担当するリック兵曹が主タンクのバルブを開くと、空気が排出される音と共に艦が浮上し始めた。もし、対潜魔導弾が浅い深度で爆発セットされていたらサーディンの命運は尽きる。だが、ここは艦長を信じるしかない。乗組員は死の恐怖と戦いながら、必死の操艦をする。


「深度170m、目標深度まで約2分」

「対潜魔導弾、我が艦を囲むように落下! 間もなく交差します!」


 浮上するサーディンの前後左右を対潜魔導弾が通過していく。ゴン! ガン!と艦の外壁に魔導弾が当たる音がして、艦内の兵たちはビクッと首を竦める。だが、魔導弾は爆発せず、弾き飛ばされて海底に落ちて行く。


「全弾、通過!」


 ベーカーは読みが当たった事で満足げに頷き、魚雷戦の命令を下した。


「魚雷戦用意!」

「魚雷戦!? 本気ですか!」

「そうだ。ヤツを沈めなければ逃げられん。1番から6番発射管に魚雷装填!」

「し…しかし、残ってるのは通常魚雷だけですが…」

「構わん、急げ!」


 魚雷の装填作業が行われている間、ベーカーとルースは海図台に移動した。


「敵艦の位置はどこだ」

「ラルフによると、サーディンの左後方約3千mの位置です」

「敵は対潜弾の発射機を右に向けているな。だから我が艦の左舷に位置しているのだろう」

「なるほど…」


「間もなく対潜弾が爆発して海中が搔き回されて探知不能時間が発生する。その隙に全速で右転舵し、敵艦のどてっ腹目掛けて魚雷を放つ。だが、これは囮だ。敵は魚雷に気付くと回避のため正対するはずだ」

「奴らの回頭する未来位置目掛けて残った魚雷を撃つ…。確かに、それしか方法はなさそうですが、危険です。もし失敗したら…」

「危険は承知の上だ」

「艦長…。わかりました。俺達は艦長に付いて行くだけです。なあ、みんな!」


「おうさ!」

「艦長、指示を!」

「ありがとう、みんな」


 爆発深度に達した対潜魔導弾が一斉に爆発し、衝撃波が海面に向かって噴き上がってきた。サーディンも爆圧に翻弄される。ベーカーは潜望鏡が収められた筒にしがみ付きながら叫んだ。


「面舵一杯! 機関全速!!」


 電動推進機が唸り、サーディンは20ノットの最大速力で右旋回した。対潜艦は爆発で海中が搔き回された影響でサーディンの動きを捉えられないようだ。


「ここだ! 1番から4番発射!!」

「1番から4番発射!」


 艦首魚雷発射管から4本の魚雷が発射され、50ノットの速度で対潜艦目掛けて突き進む。ソナー員のラルフ兵曹長が敵艦の動きに気付いた。


「艦長、敵艦が右に舵を切りました。魚雷の接近に気付いたもよう!」 

「よし、今だ! 面舵一杯、機関全速そのまま。電池を使い切っても構わん! 突っ走れ!!」


 サーディンは右に舵を切り、最短距離で半円を描くような機動を取った。


「艦長、今です!」

「5番、6番魚雷発射!」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「くそっ、何て奴だ!」

「艦長、海中の騒乱が収まりました。魔導探知機の機能が回復しました」

「敵潜水艦は近くにいるはずだ、探せ。対潜魔導弾の再装填はまだか」

「間もなくです」


 必殺の対潜魔導弾が2回とも躱された事で憤怒の形相で海面を睨むカール艦長に、キーン副長が答えた。そこにソナーから報告が上げられる。


「艦長、左舷より魚雷接近! 雷数4!!」

「なんだと!?」

「敵潜水艦探知! 左舷、至近です!!」

「くそっ。取舵一杯、魚雷の進行方向に正対して躱す。急げ!」

「取舵一杯、了解」


 操舵室では航海長の命令を受けた操舵員が舵輪を目一杯左に回した。小型艦といえど、全長121mのオベロンは直ぐには回らない。その間にも魚雷は猛速で迫ってくる。カール艦長はキーンに聞いた。


「対潜魔導弾の再装填状況はどうだ」

「1番発射機は全弾、2番発射機は7割ほど装填が終わってます」

「十分だ。対潜魔導弾左砲戦、艦が回頭したら最大射程で全弾を発射せよ。爆発深度の設定解除、無制限!」


「間もなく回頭完了します」

「舵戻せ、中央!」

「対潜魔導弾、1番2番発射!」

「魚雷接近!」


 艦の後部から空気を引き裂く音を響かせながら、対潜魔導弾が飛び出した。同時に敵潜の放った魚雷がオベロンの左右両舷を1本、2本と通過して行く。カールは魚雷を見ず、視線は対潜魔導弾を追っている。魔導弾は艦から数百mほど離れた海面に着弾した瞬間、想定外の事が起こった。魔導弾の1発が爆発して爆音と共に水しぶきを上げると、その衝撃波で他の魔導弾も連鎖的に誘爆し、瞬く間に全弾爆発してしまったのだ。


「なんだ!? 爆発が早すぎる。一体何が起こった!?」

「か、艦長。右舷から魚雷1本接近!」

「何だって、魚雷は4本だったはずだ。全部躱したのではなかったのか!?」

「うわぁあああっ、当たる!」


 ソナー員の絶叫と共に激しい衝撃がオベロンを襲った。艦橋にいた者達は転倒し、機器に体を打ち付けて悲鳴を上げた。右舷中央に高々と水柱が噴き上がり、破孔から炎と黒煙が噴き出した。

 床に倒れたカールが痛む体を起こして、艦橋の右舷側デッキに出て魚雷が命中した部分を見ると、魚雷が命中した箇所は数mにわたって大きく避けており、そこから海水が轟々と流入している。


「艦長、魔導ジェネレーター全損。機関室に火災が迫っていて、精製魔鉱石が爆発する危険があります」

「海水の流入、止まりません。艦内に拡大してます」

「クソッ、やってくれたな…。敵潜はどうなった?」

「判りません。魔導エネルギーが切れため、ソナーはもとより、艦内の装備は全て使用不能です」

「魔導弾の爆発で沈めたと信じるしかないか…。それより、オベロンはもう助からん。総員退去、艦を放棄する。総員退去だ、急げ!」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 夕日がテーチス海を赤く染めている。潜水艦サーディンはゆっくりと海上を航行していた。手が空いた乗組員はハッチから外に出て新鮮な空気を胸いっぱい吸ったり、煙草を燻らせたりして思い思いの時間を過ごしている。艦長のベーカーと副長のルースは艦橋に立って美しい茜空を眺めていた。


「まさか対潜弾が発射した魚雷に当たって一斉に誘爆するとはな…」

「ですねぇ。お陰で直撃を免れたました。あれが無かったら、サーディンも撃沈させられていたかも知れません」

「そうだな。しかし、酷い有様だな」


 ベーカーはサーディンの姿を見て嘆息した。直撃弾こそ無かったが、艦の至近で多数の魔導弾が爆発した衝撃で外壁が複数個所で破損したため、潜水航行が不可能になった。さらに、機関室の浸水でディーゼルエンジンの出力も半減し、蓄電池も使い切った上、主発電機は水を被って破損してしまった。ただ、予備発電機は生き残ったため、水上航行は何とか可能となったことから、こうして亀が這うようなのろのろとした速度で帰途についていたのであった。


「艦長、潜水隊旗艦のエスカローサから通信が入りました」


 通信兵が艦橋に上がってきてベーカーに通信文を手渡した。


「何て言ってきたんです?」

「第3任務部隊に攻撃をかけたのはサーディン含めて5隻。敵の通信から巡航艦4隻と突撃艦10隻を撃沈したとある」

「大戦果じゃないですか!」

「だが、我が方も3隻と通信が途絶したとある。恐らく沈められたんだろうな」

「……。我々が生き残ったのは運が良かったんですね」

「そうだな。だが、俺達は生き残った。戦果も挙げたし、今は帰還できる喜びを噛みしめようじゃないか」

「ですね」


 サーディンの乗組員は西の水平線に沈みゆく夕日を眺めながら、死闘を潜り抜け、生還できたことを実感するのであった。


 一方、突撃艦オベロンは最後の時を迎えようとしていた。救命ボートで脱出した乗組員が見守る中、艦は急速に海中に飲み込まれていく。あの中には脱出できなかった乗組員が残っていると思うと、カール艦長は屈辱で体が震えるのだった。


(この屈辱、絶対に忘れんぞ。トリアイナの潜水艦は、全てこの俺の手で沈めてやる…)


「オベロン、沈みます!」


 救命ボートの全員がオベロンに向かって敬礼する。カールはオベロンが完全に海中に没したのを見届けると、トリアイナがある北西の方向に顔を向け、ギリっと歯を食いしばった。


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