第11話 深海の狼
「お知らせです」にも追記しましたが、連載を再開しました。ただ、作者の体の不調のため、連載のペースがゆっくりになるのはご容赦下さい(;^_^A
主人公達の登場はまだ先になります。暫くは国を、愛する人々を守るために戦場に赴く無名戦士たちの戦いが話の中心となります。
「艦長、複数の航走音をキャッチしました。方位135、距離…およそ1万8千m。ネアス環礁方面に移動しています」
「隻数は判るか?」
「…いえ。ただ、音が干渉しあっているので、かなりの数かと思われます」
「間違いない。ブルドッグ野郎の第3任務部隊のお出ましだ」
カーランツ級潜水艦3番艦サーディンの艦長、ジョン・ベーカー少佐は凄みのある笑みを浮かべた。操舵室に詰める乗組員も頷く。
「味方艦はどこにいる?」
「事前の申し合わせではこの海域に、このように展開しているはずです」
副長のルース大尉が海図に8か所の印を付け、矢印で敵艦隊の進行方向を描いた。位置は帝国海軍基地のあるフリッツ島から西北西方向、185海里(約352km)の地点で、直径約200キロの円を描くように計8隻の潜水艦が配置されている。敵艦隊は、上手い具合に待ち伏せする潜水艦隊の網の中に入るコースを取っている。
ベーカー中佐は自艦の位置を確認した。サーディンは潜水艦隊の中でフリッツ島に最も近い場所にいる。
トリアイナ王国海軍は敵の戦力を徐々に消耗させ、少しでも自国に有利な状況で戦闘に持ち込むため、漸減作戦計画に基づき、潜水艦隊をフリッツ島周辺に展開した。サーディンはその中の1隻だ。
「我々がこの戦いの一番槍だ。味方艦と呼応して確実に仕留めるぞ。潜望鏡深度まで浮上!」
「潜望鏡深度に浮上!」
戦闘準備命令が艦長から発せられると乗組員が一斉に動き出した。カーランツ級潜水艦はトリアイナ王国が建造した第3世代の通常動力型潜水艦で、初代及び第2世代の水上船型から水中抵抗を減らした涙滴型形状としたのが最大の特徴である。最大潜航深度は約300m、水中速力は最高20ノット(約37km/h)と性能も前級に比べ格段に向上している。
「深度20m。浮上停止!」
「敵との距離1万5千m。速力、推定18ノットでなおも接近中!」
「潜望鏡と通信及びレーダーアンテナを出せ」
「潜望鏡上げ!」
低いモーター音と共に潜望鏡とアンテナが上がった。ベーカーは通信兵に敵艦隊の位置と進行方向、現在の速力を通報するとともに、レーダー波を出して敵艦隊の位置を正確に確認するように命令した。
「展開中の潜水艦の半数でも電波をキャッチしてくれるとよいが…。まだ、敵艦隊は見えないな」
距離があるため、敵艦隊の姿はまだ見えない。一旦潜望鏡を下ろし、海図で自艦の位置とレーダーで解析した敵艦隊の進行方向を確認する。敵艦隊はサーディンの向きと反航するように移動している。
「位置が悪いな。このままじゃ魚雷が撃てん。少し移動するか」
「潜望鏡とアンテナを下げろ。深度このまま。面舵一杯、速力10ノット」
「面舵一杯、ヨーソロー!」
操舵手が舵を面舵に切り、回転を上げたモーター音が微かに響く。ゆっくりと前進する艦の動きを感じながらベーカーは次の命令を下した。
「魚雷戦用意、音響追尾魚雷使用」
「魚雷発射準備!」
操舵室のスピーカーに魚雷発射管室から魚雷装填開始の声が返ってきた。
「ソナー、敵艦隊の進路と距離を知らせ!」
「進路変わらず。我が艦との距離1万2千」
「機関停止! 潜望鏡を上げろ」
ベーカーは再び潜望鏡を上げ、最大倍率にしてぐるりと一周させて敵の位置を確認すると、直ぐに潜望鏡を下ろし、側に控える副長らに向いた。
「来たぞ。我が艦の真ん前を堂々と航行してやがる。しかも、潜水艦の存在は知っているはずなのに、警戒航路もとっていやがらねぇ。沈めてくれって言ってるようなものだ」
「で、あれば盛大に歓迎会を開いてやらにゃあなりませんな」
「そういうことだ。潜航、深度50。微速前進」
サーディンは時速4ノットで第3任務部隊の進行方向、未来位置に艦首を向けてゆっくりと進み始めた。ルース大尉がソナー室に顔を出し、ヘッドセットを耳に当てているソナー員のラルフ・カールセン兵曹長に敵艦隊の動きについて聞いてきた。
「ラルフ、小型艦の音響は判別できるか?」
「音が入り混じって判別は難しいですが、恐らく艦隊の最外周にはアームズ級防空巡航艦がいますね」
「よくわかるな」
「アームズ級は機関制御にメーシンズ社のインバーターを使ってましてね。作動音が独特なんで、すぐ判るんです。ソナー員の入門書みたいな奴です」
「なるほどな。よし目標はアームズ級だ。艦長に具申する。お前は奴らの速力と進行方向、我が艦との相対位置を正確に割り出せ」
「了解ですっと」
ルースの報告を聞いたベーカーはニヤリと笑みを浮かべた。第5艦隊は護衛艦艇を優先して攻撃するように要請してきた。その意図は明白だ。劣勢の王国艦隊は基地航空隊と連携して航空攻撃で片をつけるつもりなのだろう。であれば、最大の障害となるアームズ級防空巡航艦は最上級の獲物だ。
「戦艦や空母を殺りたいところだが、それは空のやつらに任せるか。面舵15、敵艦との距離は?」
「1万メートル!」
「よし、敵艦隊を攻撃する。雷撃深度3m、発射管開口角2度に調整!」
「調定完了、魚雷及び発射管準備よし!」
「魚雷発射!」
「発射!!」
水雷長が魚雷発射ボタンを連続で押した。発射管扉が開き、圧搾空気で魚雷が押し出される振動が伝わる。6基の発射管全てから魚雷が飛び出たのを確認したベーカーは直ちに命令した。
「急速潜航。深度100、転舵反転、機関全速5分。敵艦隊からできるだけ離れる」
「急速潜航!」
「面舵一杯、ヨーソロー」
サーディンは艦首を下げて海の深みに潜り、敵艦隊に艦尾を向けて遠ざかる進路を取った。発射された6本の魚雷は敵艦隊に向かって突き進む。王国が開発したMk70音響追尾魚雷は、ケロシン・酸素タービンエンジンを動力としたアクティブ音響誘導式の対艦用長魚雷で、射程18km、最大速力50ノット、作薬量300kgの高性能魚雷である。
「魚雷、目標到達まで1分30秒」
「機関半速」
「機関半速10ノット!」
ベーカーは全速航行から速力を落とすように命令した。全速で回し続けるとあっという間に電池を使い切ってしまう。一方、速力が落ちたことで周囲の音響がサーディンに届くようになり、パッシブソナーが魚雷の探索音を捉えた。
「艦長、魚雷がアクティブソナー発信。敵艦の追尾を始めました」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔導戦艦フェンリルを旗艦とした帝国第3艦隊は戦艦、空母、補給艦を中心に置き、外周を巡航艦と突撃艦が3重の輪形で囲む輪形陣を取って進撃していた。司令長官バルダーは葉巻を燻らせながら自身が指揮する大艦隊を眺めている。
スケリア攻略作戦では第3、第4、第5の3個艦隊が出撃したが、各艦隊は別個に支援任務を与えられていたため、連合して戦うことはなかった。さらに、出撃してきたスケリア艦隊とはフィリップ・クリス少将の第5艦隊が対応したため、バルドーは艦隊戦を行う機会が無かった。このため、並々ならぬ覚悟をもって今回の出撃に臨んでいた。
「総司令、敵の潜水艦が跳梁している可能性があります。艦隊の速度を落とし、警戒運動を取りながら、対潜装備を搭載した突撃艦に周囲を警戒させてはいかがでしょうか」
「ふむ。貴官の意見も一理ある。しかし、速度を落とせばネアス環礁に到着するための日数を要する事になり、敵に迎撃するための時間を与えてしまう。ここは敵に時間を与えないためにも、拙速を尊ぶのが肝要だ。よって、艦隊進路及び速度はこのままでよい」
「確かにその通りでありますが、敵は少しでも戦力差を埋めるために攻撃を仕掛けてくるに難くありません。我が軍にも可潜艦はありますが、トリアイナ軍の潜水艦は、我が軍の可潜艦の能力を遥かに上回る性能を持つとテーチス艦隊総司令部が分析しております。再考をお願いします」
「無用だ、大佐」
「しかし!」
首席参謀のリーツ大佐がさらに食い下がろうとしたとき、艦隊外縁部から大きな爆発音が轟いた。何事かとバルドーを始め、リーツ大佐、ミュラー艦長らが右舷側の窓に駆け寄ると、最外縁を航行していたアームズ級防空巡航艦「スノッリ」が、爆発して真っ二つに折れる光景が目に入った。
「な…なんだ。何が起こった!?」
「トリアイナ潜水艦の魚雷攻撃です!」
「くっ…遅かったか」
驚愕するバルドーにミュラー艦長が魚雷攻撃だと叫んだ。リーツは沈みゆく巡航艦を忸怩たる思いで見つめている。
(なんてことだ…。もっと私が司令官に強く進言していれば…)
「い、いかん!」
ミュラー艦長の声に、顔を上げたリーツは息を飲んだ。
爆発した巡航艦との衝突を回避しようと急転舵した突撃艦の舷側に高々と水柱が噴き上がった。その突撃艦はブルブルと振動しながら急速に速度を落とし、猛烈な煙を噴き上げながら斜めに傾いで停止した。さらに、もう1隻の突撃艦の前部に魚雷が命中して艦首を吹き飛ばした。その突撃艦は回避運動のため全速を出していたが、それが仇となって破壊された前部が海水の抵抗を受けて、つんのめるように船が立ち上がり、前部から急速に海中に飲み込まれていった。
瞬く間に3隻が失われ、呆然としたバルドーだったが、怒りで顔を真っ赤にすると猛犬のように叫んだ。
「対潜艦を魚雷が来た方向に向かわせろ! 生意気な猿共を必ず沈めろ、生きて返すな!」
「次の魚雷攻撃が来るぞ。全艦回避に努めよ!」
「操舵室、魚雷回避運動開始。見張り員は海面に気をつけろ!」
バルドーの命令に被せる様にリーツとミュラーも指示を送る。しかし、今度は左舷側から爆発音が轟くと防空巡航艦トルスが水柱を吹き上げた。
「くそっ! やつら何隻の潜水艦を送り込んでいるんだ!」
リーツの懸念が現実になり、第3任務部隊は混乱に陥った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サーディンの艦内では魚雷命中音に歓声が上がっていた。発射した6本の内、少なくとも4本が命中し、3隻に被害を与えた事が音から確認できた。さらに、艦が沈む時に発生する金属の破壊音と空気の吹き出す音も聞こえてきた。ベーカーは幸先の良い戦果に満足気に頷いた。しかし、敵も反撃に出てきた。ソナー員のラルフ兵曹長がヘッドセットを耳に当てながら叫んだ。
「艦長、敵突撃艦が我が艦に向かってきます。隻数は…2隻!」
「敵もやられっぱなしじゃないってか。間違いなく帝国で最近配備されたという対潜艦だな。確か奴らは音波ではなくマナエネルギーの波を利用して位置を特定するソナーを持っているっていう話だ。つまり、無音潜航で躱すのは不可能。捉えられたら逃げるのは至難の技だ」
「どうしますか、艦長」
「1番から4番発射管に通常魚雷、5番、6番に音響追尾魚雷装填!」
「突撃艦相手に戦うのですか!?」
「そうだ。逃げられないなら、戦って活路を見出すしかない」
「無茶です!」
「だが、これしかない。ソナー、敵艦との距離は?」
「8千m、30ノット(時速約56km)で真っ直ぐ向かってきます!」
「よし、深度50に浮上。距離5千で魚雷をぶっ放すぞ。魚雷戦準備!」
サーディンはメインタンクから圧搾空気を排出すると急速浮上を開始した。魚雷発射管室では水雷科員が汗だくになって魚雷を装填している。サーディンと76名の乗組員の生き残りをかけた戦いが始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「まだ発見できないか!」
「ソナーに感なし!」
「くそっ! 何としても発見するんだ。トリアイナのクソ共を生かして返すな!」
ヴァナヘイム第3任務部隊第51突撃艦隊に所属する突撃艦オベロンの艦長、カール・ラングスドルフ中佐は血走らせた目を見開き、大声でがなった。
(死んだ親父に無様な真似は見せられん。必ず奴らを沈める!)
カール艦長は30年前、帝国軍の司令部幕僚でヨルムンガンドと共に沈んだハンス・ラングスドルフ大佐の息子である。彼もまた並々ならぬ決意を持って、今回の出撃に臨んだ1人であった。
彼の乗艦オベロンは最新鋭のモルム級突撃艦で、全長121m、基準排水量1,720トン。口径12センチ連装魔導砲を艦前部に2基4門、30mm4連装対空魔導砲が片舷2基の4基16門を持つ。モルム級は対艦攻撃力はそれほど高くないが、最大の特徴として、帝国艦の中で最も優れた対潜攻撃能力を持つ点にある。
可潜艦は、いくつかの国の海軍でも保有しているが、そのどれもが海に潜れるという程度のもので、潜水深度はせいぜい数十m程度しかなく、航行距離も短い。このため、主に偵察・哨戒に使用される程度で、戦闘に用いられる性能は有していない。これは帝国でも同様であり、本格的な潜水艦は異世界の知識を得て、研究と技術開発を重ねてきたトリアイナ王国だけが保有している。つまり、モルム級突撃艦は対トリアイナ戦争のためだけに開発・建造された艦なのである。
「艦長、ソナーに反応あり! 方位190度、距離5千、深度およそ50メートル!」
「捉えたか! 戦術長、多連装対潜魔導弾発射用意。1号発射機は爆発深度150、2号発射機は300に調定!」
「了解!」
「敵潜を対潜弾発射機の射角に入れる。進路変更、面舵15」
艦長の命令を受けた副長のキーン大尉が、艦の後部甲板に装備されている対潜魔導弾発射機の操作員に指示を送る。その間にオベロンは敵潜に正横を向けるように艦首を振った。敵に横腹を見せるという危険な行為だが魔導弾発射機の射角に捉えなければ攻撃ができない。オベロンが敵潜に正横し、攻撃態勢に入ろうとしたその時、ソナー員が叫んだ。
「ぎ、魚雷接近! 真っ直ぐこちらに向かってきます。雷数4、距離4千!」
ついにトリアイナ王国とヴァナヘイム帝国の戦端が開かれました。今後は激戦が予想されるトリアイナ戦線を中心に、エウロペ戦線と戦争に翻弄される市井の人々についての話を挟みながら書き進めて行きたいと思います。
さて、この物語を序章から読んでくださっている方は、「ヴァナヘイムの戦闘艦は空中浮揚システムがあったじゃん。何で魚雷攻撃を受けてんの?」と気付いたと思います。
30年前、ヴァナヘイム機動艦隊の艦艇は空中浮揚システムという当時最先端の装備を持っていました。これは海面上数mに艦体を浮かせ、波浪や水の抵抗を受けること無く進むことができる、画期的で先進的なシステムです。低出力でも高速発揮が可能な上、艦の旋回半径も小さくて済む等、機動性に優れた推進方法として戦艦から突撃艦に至るまで、全ての戦闘艦に装備されました(反面、燃費は物凄く悪く、頻繁に精製マナ鉱石の補給が必要だったのですが…)。
さらに、新開発の魔道障壁によって、魔導砲による攻撃をマナの相殺効果によって無力化出来るため、空中に浮かびながら敵を一方的に攻撃・撃破する姿に人々は「空飛ぶ無敵の不沈艦隊」として畏怖しました。
しかし、時空を超えて現れた日本艦隊との戦闘でヴァナヘイムの画期的な推進システムは意外なほどの脆弱性を露呈してしまいました。それは、実体弾による攻撃では、むしろ被害を拡大させてしまうというものです。
つまり、日本艦隊の主砲弾は実体弾なので、当然、魔導障壁は効果がありません。自艦の装甲で防御しなければなりませんが、魔導砲は爆発力は大きいものの、装甲貫徹力は小さいため、魔導戦艦といえど装甲はさほど厚くしていないのです。
このため、砲弾は容易に艦内に突入して爆発する訳ですが、海に浮かぶ水上艦であれば海水が爆発の衝撃をある程度吸収して被害を抑えるのに対し、空中に浮かんでいる船は、爆発時の衝撃が艦全体に伝わって被害を拡大させてしまうのです。さらに、姿勢を失って落水した際の衝撃で砲撃より遥かに大きなダメージを受け、最悪、艦体が折れて沈没してしまいます(物語中でも落下して艦体が折れるシーンが表現されていましたね)。
このように、空中浮揚システムはメリットもありますが、デメリットの方が大きく、ヴァナヘイム帝国の技術者は日本艦隊との戦訓を研究するとともに、将来のトリアイナ王国との戦闘に際して、最良の選択は「従来の水上艦に勝るもの無し」という判断に至ったのです。(お陰で、トリアイナ側では魚雷の有効性が再認識されました)




