幕間 ランベルト・フォン・シュバルツァストルム
前項、お知らせの追記に記載した通り、今だ入院中の作者ですが、何とか一話分を書き上げました。帝国皇帝ランベルトの生い立ちについてのお話です。次回以降については、暫くお待たせしてしまいますが、ご容赦ください。
ろうそく1本に灯りに照らされた、ガラクタが無造作に置かれている窓もないレンガ造りの薄暗い部屋。薄汚れた服を着た女性が10歳位の男の子の肩に手を置いて話しかけている。やせ細った女性の顔は焦りと絶望の色がありありと浮かんでいる。
「ランベルト」
「はい」
「リヒャルドの命を受けた追っ手が迫っているの。ここが見つかるのも時間の問題。2人ではもう逃げられない。でも、あなた1人なら逃げられる」
「えっ、僕1人で!? お母さんも一緒に逃げよう!」
「それは出来ません…」
「どうして!?」
「母はあなたを逃がす囮になります」
「そ、そんな…。それじゃ、僕もお母さんと一緒に残る!」
「ランベルト、よく聞いて。リヒャルドは私の父であり、自分の父でもあるヘルモーズ二世に敗戦の責を押し付けて皇帝の地位から引きずり下ろして処刑したわ。そして、陸軍の力を借りて血縁筋の門閥貴族を投獄した後、女子供も含めて粛清した」
「…………」
「私とガティス兄様は、ヘルモーズ二世の子ですが、父が手を付けた女中の子でありました。このため、母はアリオンとリヒャルドの母である正妃と門閥貴族に下賤の者と蔑まれ、壮絶な虐めを受けた末、最後は衰弱して失意の内に亡くなりました」
「そんな…。おばあさまの死がそのような理由だったなんて…」
「しっ!」
女性はランベルトの口を押さえた。地下室の天井からどたどたと足音が聞こえてくる。息を殺して様子を伺っていると、いつの間にか足音は聞こえなくなった。女性は大きく息を吐いて、胸に手を当てて気持ちを落ち着かせると、再びランベルトに話しかけた。
不遇を囲っていた母とガティスの兄妹だったが、父ヘルモーズ二世だけは彼女らを可愛がってくれたこと。しかし、ガティスは母の死を切っ掛けに性格が歪み、自分絶対主義で人を見下すようになってしまった。正妃の子であるアリオン、リヒャルド、フレイヤを敵視し、彼らを蹴落として自分が次期皇帝に成り上がろうとしていた。
ガティスの野心を知っており、自身と性格が似ていると感じていた皇帝はガティスにチャンスを与えるため、トリアイナ攻略のため編成された機動艦隊の総司令官に抜擢したとのことだった。
「兄は歪んでしまったけど、私の事は大切にしてくれた。出撃の前日、忙しい中わざわざ時間を取って私の所に来てこう言ったの」
『ノエリア、お前に苦労を掛けるのは終りだ。トリアイナ攻略が成功に終わればオレは皇帝側近になる。成果を上げてアリオンやリヒャルドを蹴落とし、皇帝まで成り上がって世界を統一してやる。そうしたら、お前にも楽な暮らしをさせられるし、母さんの名誉も回復させてやれる。だから、もう少しだけ待ってろ』
「でも兄は敗北し、ヨルムンガンドと共に深い海の底に沈んでしまった…。父と共に敗戦の責任が問われ、連座によって私も処刑されそうになったところで、親衛隊員だったあなたの父によって助け出された。そして、2人で遠く離れた町で身分を偽って暮らし、ランベルト、あなたが生まれたの。でも…」
「あれから15年も経ったのに、リヒャルドがまだ私達を追っているとは思わなかった。執念深く蛇のよう…。きっと、父の血を受け継ぎ、自らの地位を脅かす存在になる者をこの世から抹消したいのだわ。でも、絶対にそんな事はさせない。あなただけは絶対に生かしてみせる…」
「お母さん。お母さんはガティスおじさんの事…」
「好きだったわ。皆に嫌われていた兄だったけど、私にはとってもいい兄だったから…。そうね、1番はランベルトで、2番はあなたのお父さん。その次くらいかな。ふふっ」
母親がフッと笑顔を見せた。しかし、あまりにも寂しそうで悲しそうな笑顔にランベルトの心も搔き乱され、不安が募る。母に何か声をかけようとしたその時、再び天井から大勢の足音が鳴り響くと、「あったぞ!」という声と共に地下室の入口を開けようとする音が聞こえてきた。
ノエリアは積み重なった木箱を急いで退かした。すると、子供1人が通れるほどの穴が現れた。そして、自分のネックレスを外してランベルトの首に掛け、無理やり穴に押し込んだ。
「この穴は裏通りの使われていない枯れ井戸につながっているわ。あなたはそこから逃げて。そして生きて。生きて自分の人生を全うなさい。それと、これはあなたのおばあさんから貰った形見のネックレスなの。これをお母さんだと思って大切にしてほしい」
「お、お母さん…」
「さあ、早く行って!」
ランベルトが穴に入ったのを確認したノエリアは木箱を動かして蓋をする。暗闇の中でしくしく泣いていると、入口の鍵が壊れる金属音がして、人が雪崩れ込んでくる足音と母の悲鳴が聞こえてきた。
どれくらい時間が過ぎたのだろう。泣きすぎて涙が枯れた頃、地下室はしんと静まり返っていた。幼いランベルトだったが、母親の命が断たれた事は理解できた。母との約束を思い出し、四つん這いのまま手探りで出口に向かって進む。長く暗いトンネルを進むうち、手も膝も擦り切れて血が滲み、激しく痛むが動かすのを止めない。
やがて薄明りの中、出口らしい開口部が見えてきた。開口部に張っていた蜘蛛の巣を被りながら出てみると、直径1mほどの枯れ井戸の底らしい場所だった。
「お母さんの言った通りだった」
空を見上げると、月が井戸の口の真上にあって、スポットライトのようにランベルトを照らしている。月の柔らかい光を浴びていると大好きな母親に抱かれているような錯覚を覚えるが、そんな思いを振り切って目の前の古びた縄梯子を掴んで足をかけた。
井戸から抜け出たランベルトは周囲を見渡した。見知った風景から家から数百メートル離れた廃屋の裏手だという事が分かった。父の事が気になったランベルトは、危険だとわかっていたが、どうしても家に戻ってみたくなった。
人目を避けるように細い路地を選び、闇に隠れながら家に向かった。途中追手とみられる大人達の集団を見かけたが、物陰に隠れてやり過ごした。
追手達はランベルトを探すためどこかに行ったのか、家の周囲は静まり返っている。慎重に近づいた彼が見たものは、入口の戸が壊され、窓が割られ、滅茶苦茶に荒らされた室内だった。壊された戸の隙間から中に入ったランベルトは小さな声で父を呼んだ。
「お父さん。お父さん、どこ…」
「うう…」
「お父さん!」
室内に散らばった家財道具の下から呻き声が聞こえた。積み重なった皿や本、家財を退けるとうつ伏せに倒れた父の姿を見つけた。慌てて抱き起こすと「ぬるっ」とした感触がした。月明かりにかざして見ると自分の手が血だらけなっている。
「なんで…」
「おとうさん…」
父の胸には小さな穴がいくつも開いて、そこから血が止めどなく流れている。子供の目で見ても致命傷を受け、もう助からない事がわかる。
「うう…む…」
「おとうさん!」
「ラ…ランベルト…か?」
「僕だよ。ランベルトだよ。しっかりして!」
「ラン…ベルト…。お、おかあさん…ノエリア…は?」
ランベルトはフルフルと首を振った。
「ランベルト。お父さんはもう…ダメだ。お前は逃げろ…どこか遠くに逃げて生きろ…ゲホッゲホッ!」
「お父さん、しっかり!」
「ゼーッゼーッ。いいか…ゲフッ…。この国は力無き者は小さな幸せすら得ることができない…。権力者…が生殺与奪の権を持ち…、指先一つで謂れのない理由をつけられて排除される…ガハァ…ッ!」
父が口から大量の血を吐いた。ランベルトは体を父の血で真っ赤に染めながら、頭を抱いて必死に呼びかける。父は最後の力を振り絞り、愛しい息子の頬を撫でると最後にこう言った。
「力を付けろ…ランベルト。誰よりも強い力を…。誰にも生き方を変えられないよう、力を付けるんだ…。そして、自分の思うがままに生きろ…」
「父さん…」
「それと、絶対に父さんや母さんの仇を取ろうなどと思うな…。皇帝に逆らうなんて無謀な事はするな…約束だぞ…。グッ、ガハッガハッ、ゲホッ…」
父の手がランベルトの頬から離れ、力なく床に落ちた。
「お父さん、お父さん、おとうさーーん! うわぁあああん!!」
ランベルトは父の遺体を抱えて泣きに泣いた。涙も枯れ果てたランベルトは、父を静かに床に置いた。さらに、地下室から母親の遺体も運び出して父と並べて寝かせて長い時間祈りを捧げた。その後、外の井戸で体を洗って家の中を探して服を着替えた。最後に台所にあった油を撒いて火を点けた。外に出て燃え盛る炎を見つめながらランベルトは両親に最後の別れを告げた。
「お母さん。僕、絶対に約束を守るよ。大きくなったら僕達を酷い目に遭わせた奴らに復讐する。そして、お母さんが大好きだったガティスおじさんの夢も叶えて見せる。だから、お父さんと一緒に天国から僕の事を見ててね…」
「お父さん。僕、約束守れないかも知れない。僕達の幸せを奪ったこの社会を、皇帝を僕は死んでも許せない。絶対に力を付けて僕が皇帝になってこの社会を変えて見せる。ごめんね、お父さん…」
別れを終えたランベルトは決意を胸に、両親との思い出が一杯詰まった家を振り返ること無く進みだした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「夢…か…」
目を覚ましたランベルトはベッドから上半身を起こした。もう何度目になるだろうか、同じ夢を見るのは…。もう15年も前になるのだが、今でも悲しみに満ちた母親と血だらけになりながらも自分を心配する父親の顔は鮮明に思い出せる。
時計を見るとまだ午前3時、起床時間までまだ3時間はある。ランベルトはもう一度寝ようとしたが、眼が冴えてしまって眠れそうもない。ベッドから出てガウンを手にし、ベランダに出て空を見上げた。西の空に大きな月マイアが、南東の空に小さな月メローペが太陽の光を反射し、柔らかい光を地上に投げかけている。
「……。あの日を思い出すな」
「母さん、父さん、見てくれてるか? リヒャルドと彼の一族はこの世から抹殺した。これで、俺の存在を認めず、覇業を邪魔する者はいなくなった」
「世界の2/3は我が手中に落ちた。間もなく、間もなくだ。この俺が世界を手にするのは。世界が俺の手で統一されたその時こそ、新たな時代が扉を開くのだ」
ベランダからアースガルドを見下ろす。闇の中に沈む巨大都市は灯りも少なく、静かな眠りについている。
「今はまだ惰眠を貪るがいい、愚民ども。今はまだ…な。ハハハッ」
次回は「第11話 深海の狼」です。
タイトルだけは決まっております(;^_^A




