10-1 儀式のやり直し
前にこの道を歩いたときは足取りが重たかった。
これから自分はどうなるんだろうという不安と、
元いた街に自分の居場所がないという絶望感がそうさせていた。
だが今のジョンはとても軽い足取りで歩いている。
日が傾き、赤くなり始めたころなのに怖さを感じない。
さっき見た馬の死骸もなく、
獣たちと争っていたであろう場所にもなにもない。
平和を表現するように木々が風に揺られているだけだ。
視界の前方から馬車が見える。
珍しい、なんだろうと思い見ていると、
自分の近くで馬車は止まった。
手綱を握っていたのは知らないひとだったが、
その青い服には見覚えがある。神様の神殿で働いているひとだ。
「ジョンくん、お迎えに上がりました」
そう思ったとき馬車から、
聞き覚えのあるゆったりとして優しい声が聞こえてきた。
高級そうな丸メガネをかけた三編みの翼人の女性。
「シームリャサン!」
「はい。神様から事情は聞いてます。
お疲れさまでした」
「いえ……はい。
ありがとうございマス。
神サマのおかげで、ボクの、
城壁の街を助けることができマシタ」
「詳しいことは移動しながらお伺いします。どうぞ」
シームリャに促されて馬車に乗った。馬車はゆっくりと回って羊神様の街を目指す。
ジョンは神様たちと別れたあとのことを話し始めた。
なんとか獣の群れより先に城壁の街にたどり着いたジョンは、
護衛の兵士に事情を説明した。
するとすぐに臨戦態勢を取り、
遅れてやってきた獣たちの群れを迎撃した。
もしジョンが来なければ
街は大変なことになっていたかもしれない。
兵士の指揮官はそう思い城壁の街の神殿にことを報告した。
ジョンは英雄として扱われることになった。
城壁の街の神様との謁見や夕食会などに招待されることに。
だがジョンは神様の街の祭りに参加したいので、
すぐにでかけたいと言う。
神官たちは失礼だと怒ろうとするが、
それを耳にした城壁の街の神様は大笑いをして許してくれた。
それからジョンはまた羊神様の街を目指して歩いて、今こうしている。
「城壁の街の方に送ってもらったほうがよかったのでは?」
「それは向こうの神殿の方にも言われました。
疲れた英雄を歩かせるわけにはいかないって。
デスが、城壁の街の神サマが
『自分で決めたのだから自分の足で歩け』っておっしゃって」
「厳しい神様ですね。
ですけどうちの神様と仲良くできそうです」
シームリャはそう言いながらもクスクスと笑った。
「はい。ボクもそう思いマシタ。
デモ、おかげで自分のやりたいことが決まったんデス」
「それはよかったです。
ですけどその話はわたくしではなく、
神様になさってください。喜びますよ」
「そうしマス」
ジョンが元気に返事をすると、だんだんと街が近づいていた。
街は騒動なんて起こってなかったかのような状況に戻っている。
「ここからは歩いてもらえますか?」
馬車が通れるはずの道は屋台が並び、
多くのひとたちが行き交っていた。
ジョンが馬車から降りると、
食欲をそそる匂いが漂っているのが分かり、
腹の虫を動かす。
「英雄の帰還だ!」
「城壁の街を救った英雄だ」
「神様が目をつけた男がやってきたぞ」
行き交うひとたちがジョンを見るたびにワイワイと声を上げた。
さらにここを通れと言わんばかりに神殿までの道をあけてくれる。
ここでも大げさな英雄扱いだ。
ジョンは恥ずかしくなり視線を足元に落とす。
馬車に逃げ戻ろうにも、馬車はすでにどこかへ片付けられていた。
「神様ならこう言いますよ。『もっと誇れ』って」
自分の斜め後ろを歩くシームリャがそんな言葉をかけるが、
「どっちの神サマデスか……?」
ジョンはそれくらいしか言い返せなかった。
うつむきながらなんとか神殿に辿り着くと、
獣たちに荒らされた祭壇も元通りになっていた。
そこには見慣れた小さな背中と、
いつもより距離の近い男子が立っている。
「ただいま戻りマシタ」「神様、お客様をお連れしました」
ジョンとシームリャが声をかけると、
「ジョン! よく来てくれたメェ!」
「待ってたぜ」
神様とヴィタリーはその声に振り向き笑顔でジョンを迎えてくれた。
神様が先日着ていた儀式のための衣装ではなくいつもの格好だ。
もしかしたら騒動で汚してしまったのかもしれない。
「はい……。
城壁の街でも英雄扱いされてたら、こんな時間に。
でもよかったデス」
「これからメーのご利益を街中に分け与えるメェ」
「もしかして、待っていてくださったんデスか?」
「そんなことないメェ。
本当にちょうど始めようとしてたところだメェ」
神様が相変わらずない胸を張って言った。
だがジョンの後ろでは、
儀式をするのでみんなに伝えるように指示を出すシームリャの声が聞こえてくる。
「そうデシタか。
間に合ってよかったデス」
ジョンは我ながら下手だと思うような演技じみた声で言った。
それでも神様はよかったのか、嬉しそうに何度もうなずく。
「ではジョンくん、こちらへどうぞ」
シームリャの案内の先には、
先日と同じ席が用意されていた。
ジョンが椅子に座ると、
今まで話しをしていた周囲のひとたちもすぐに静まり返る。
聞こえるのは焚き火が燃える音と、
かすかに吹く夜風の音だけだ。
一変する雰囲気にジョンは息を呑んだ。
祭壇の上にいたヴィタリーが後ろに下がり、
神様だけがその場に残った。
先日はやや緊張気味だった神様だが、
今日はとても自信に満ちた表情をしている。
そして神様はゆっくりと言葉を紡ぎ始める。
「ひとは、命は、神の存在を願う。
全知全能の神の作りし世界は、
その意志に反し儚く悲しいもので溢れた。
溢れた悲壮からは一滴の希望が溢れ、我ら神々を形作る。
神の意思は命のため。命の信仰は神のため。
良き世界へと繁栄を続けるため我ら神々は命を導く。
故にわれは皆のために神の叡智と祝福を与える。
懸命に生きるその命たちに輝かしい成果と富を。
巡る生に良き邂逅を。
恵まれぬ者たちに喜ばしい幸運を。
命が安らかに眠れる夜を。
命が希望を持ち目覚める朝を。
そしてすべての者達に良き運命を。
街の命たちに羊神『メグミ』の祝福を授ける。
皆の良き願いが叶うよう、
全知全能の神に代わり祈ろう……」
神様が詠唱を唱え終えると、
なにかをばらまくように思いっきり両手を上に広げた。
すると空から光の粉のようなものが降り注いでくる。
魔力の塊、
あるいはこれに触れるとご利益がもらえるのではと思い手を伸ばす。
「温かい」
寒い時期なのにひとの熱気もあってか、
ポカポカしてきた。
それは気のせいではなく、
体のそこから活力が湧き上がるようなものを感じ始める。
「羊神様のご利益の与え方は、
とても温かいんです。
きっと神様の優しさが含まれているんでしょうね」
ジョンはこの暖かさがもっとほしい。
ご利益がもっとほしいと思い、
立ち上がって落ちてくる光の粉をがんばって拾おうとした。
まるで降り注ぐ雪に手を伸ばす子供のようだと自分ながら思ったが、
そんな恥すらもかき捨てて光の粉を手に集める。
だが手に触れるとにそれは消えてなくなる。
本当に雪のようだった。
「そんなことしなくても街にいる限り、
神様のご利益は均等に与えられます。
もちろん効果には個人差がありますが」
シームリャは微笑ましいものを見ているような表情で、
ジョンを見ながら言った。
その瞬間かき捨てた恥が全部自分に帰ってきたようだ。
ポカポカするどころかムシムシとした暑さになっていく。
すぐに椅子に座り直してうつむいた。
横目で見ると自分と同じようなことをしているひとは誰もいなかった。
(いや、この街で学校に通うような小さな子どもは、
同じことをしていたと思おう。うん)
「儀式はこれにて終了です。
お片付けは明日、
騒ぎたいひとは明け方まで街でお酒を呑んだりするらしいですが、
ジョンくんはどうしますか?」
「あ、ボクは疲れたのでこれで寝ようと思いマス……」
「むっ、ジョンはこのまま寝てしまうのか?」
儀式を終えたばかりだが、
疲れた様子を全く見せない神様が声をかけてきた。
「はい。あ、神サマ、
ご利益をいただきありがとうございマス」
「そんなこと言わなくていいぞ。
ご利益をもらうために祭りの日だけ
街にやってくる図々しいヤツも多いからな。
っていうか神様も魔力とか消費してるんだから早く寝ろ」
「メェ!? これからごちそうを食べに街に繰り出そうとしたのにぃ」
「ジョンもパラメータ鑑定は
明日真っ先にやってやるから、期待してろよ」
「は、はい。ありがとうございマス」
ヴィタリーはそのまま神様の首根っこを掴んで、
ズルズルと引きずって神殿に入っていった。
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