9-3 走って、戦って、叫んで
ジョンが見えなくなると神様は両腕を強く握り、
「さて、メーもメーにしかできないことをしないと」
そうつぶやいて獣の群れが走ってくる方向へと目を向けた。
「絶対に無茶するなよ。
絶対に怪我するなよ。
危ないと思ったら迷わず逃げろよ。
少しは魔法が使えるからって必要以上に反撃するなよ。
このあと儀式できないとか言うなよ」
腰に剣を吊るし、それを何度も気にしながらヴィタリーは言った。
「分かったメェ……。
まったくヴィタリーは心配性だメェ」
「声震えてるから言うんだよ」
「でも、やらないといけないことがある
っていうのはジョンといっしょだメェ」
「メグミはひとじゃなくて、神様だろ」
「同じだメェ。
多分ひとも神様も、
この世の中に生きてるものはみんな、
逃げずに立ち向かわないといけないことがあるんだメェ」
「シームリャさんが言ったことなんだろうけど、
俺は未だに信じてない」
「来るぞ!
こいつらも今晩の飯にしてやれ!
討伐記録を打ち立てろ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」
雄叫びとともに武器を構え、
警備隊員たちが群れに向かって突き進んだ。
だが昨晩とは違い、
かなりの数が警備隊にも食らいついていく。
だが一部の獣たちは、
神様にも警備隊たちも寄ってこず、
なにかの匂いをたどっているような動きを見せる。
もしかしたら先程のケガ人を探しているのかもしれない。
「獣ども!
我は羊神、メグミぞ!
肉を求めるのなら我の肉を欲せよ!」
そう思ったのか、
メグミは馬車の屋根の上によじ登り、
平原いっぱいに広がるような大声をあげた。
「だから無茶するな。
多分なにも言わなくても羊の匂いで寄ってくる!
それにあいつら多分そのくらいの高さなら登ってくるぞ」
文句を言ってからヴィタリーは剣を構えた。
新品の刃には自分の不安そうな顔が映る。
「ヴィタリーこそ、
剣を持つ手が震えてるメェ。
それに馬が食べられたら帰れないし
ここには怪我人だっているメェ」
メグミは馬車から降りて城壁の街とは真逆、
自分の街の方向へと走っていく。
護衛の隊員もそれに合わせて動き、
弓で獣たちの目を射抜いていった。
「だけど、思った以上にこっちに寄ってきたメェ!」
「言わんこっちゃない!」
ヴィタリーが剣を抜く前に護衛の男が体当たり。
その巨体で獣を何体も吹き飛ばしたが、数体は取り逃がす。
「やばい! メグミっ!」
「メェ!?」
神様の瞳に獣の牙が映った。
間違いなくこの牙は神様の肉をも引きちぎり、
胃袋に収めるだろう。
そして仲間たちと文字通り肉を奪い合う。
あのときのように。
だが今はそうはさせない。
「おらぁ!」
ヴィタリーが剣を凪いだ。
「ゔぃ、ヴィタリー……」
獣に切り傷こそ与えたが、
致命傷には程遠かった。
この種類の獣はモンスターも当然なので
一晩で治る程度の傷にしかならない。
だが目の前に現れたヴィタリーを警戒し唸り声を上げる。
何匹かで連携し間合いを詰めてこようとしていた。
そんな唸り声に対抗するようにヴィタリーは口を開く。
「俺だって、あの頃とは違う。
なにもできずに、メグミの元で泣いていただけの俺じゃない」
「本当に剣術を扱ってる……。
いつの間に剣なんか習ってたんだ」
時間差で事実を確認した神様は、
目を丸くして見慣れない家族の姿を見つめた。
「恥ずかしいから言えなかったが、
こっそりとアンドレとかからな……」
飛びかかってくる獣たちをヴィタリーは斬り伏せた。
「それ以外にも!
ジョンから計算とか!
文字の読み書きとか習ってたんだ!
俺は、メグミの神官だぞ!
神様を守れなくて、神様の役にたてなくてなにが神官だ!
なにがメグミの家族だ!
こんなやつらにもう二度と家族を食われてなるもんか!」
叫びながら獣たちを切り払い、
刃に噛みつかれたら蹴り飛ばし、
足元を狙われそうになったら踏みつけ、
致命傷こそ与えられないが
ヴィタリーはしっかりと神様を守っていた。
「よくやった神官!」
「あとは任せろ!」
すぐに護衛が戻ってきて弱りつつあった獣たちを切りつけていった。
ヴィタリーは安心しつつも神様のそばに立ち、剣を構え続ける。
#
遠吠えではなく、雄叫びが聞こえた。
おそらく神様たちが群れと戦い始めたのだろう。
ジョンは後ろをちらりと見るが、
誰もいないしなにもない。
走りながらも耳を澄ませても、
聞こえてくるのは自分が走る足音だけだ。
安心して歩いてもいい気がしてきた。
その瞬間また全く違う方向から遠吠えが聞こえてくる。
二回、違う方向からだ。
もしかしたら仲間と連絡をとっているのかもしれない。
これから街を襲うのでその瞬間を見計らっているようにも聞こえてきた。
だったら自分が早く城壁の街にたどり着かないといけない。
「ひっ!?」
声を上げ思わず足を止めた。
馬の死体だ。
肉や革が食われて食べ残しと骨しか残っていない。
すでに周囲には虫がたかり始めている。
「神サマやヴィタリーサンも、
家族がこんなことになった……」
あまりに生々しく気持ち悪さを感じる光景に、
ジョンは後退りした。
肉屋で狩った獲物を解体するのとはわけが違う。
ただただ本能の赴くまま肉にかじりついたら、
どんな生き物でもこんなことになってしまう。
なんとか腰を抜かして尻もちをつかないようにするので精一杯だった。
「いや、今度は城壁の街で
こんなことが起こるかもしれないんだ。
それで今防ぐことができるかもしれないのは僕だけ」
ジョンはもう一度足を進め、走り出した。
ここからは神様が指揮している工事が進んでいない。
さらにお祭りの日だから工事は休み、
平原には自分しかいない。
願わくば、城壁の街の兵士がいてほしい。
先程の兵士がいなくなってそれを探していると思いたい。
街のひとがいれば、この危機を伝えられる。
いやそんな楽観的な考えじゃダメだ。
自分が城壁まで走りきって危機を伝えるくらいの勢いで走らないと、
獣たちに追いつかれるかもしれない。
また遠吠えが聞こえた。先程よりも近い気がする。
「見えた」
草原を走っていくと
神様の神殿と同じくらい大きな城壁が見え始めた。
以前にシームリャが怖いと思っていたような
城壁が今は安全地帯にも見える。
それでも入り口をしっかりしめなければ、
獣たちは入り街のひとを襲うだろう。
そうしたら神様やヴィタリーが味わった恐怖、
そのあとには先程の馬のような無残な光景ができあがる。
それをさせないために神様は自分の街を大きくした。
たくさんのひとを雇い安全を作った。
そしてそんな願いを城壁の街にものぞみ、
自分にその願いを託した。
だからまだ安心してはいけない。
城壁の入り口には必ず兵士がいる。
その兵士に起こったことを伝える。
そうすればこの街は助かる。
もうすぐ。もうすぐ。
城壁が近づいてきた。
見張りの兵士があくびをしているのも見えるほどの距離。
見張りの兵士がこちらに気づいた。
仲間たちに声をかけている。
それでもまだ伝えられてない。
走るんだジョン。
兵士が念の為だろう、
槍を持ってこちらに近づいてくる。
同じような髪の色をしているので、
そんなに警戒していない。
ジョンは大声で助けを求めた。
#
「獣たちが逃げていくぞ!
俺たちの勝利だ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
平原に雄叫びがまた上がった。
男たちが汗と返り血と獣のよだれにまみれながらも、
自らの武器をこの世を作った全知全能の神に捧げるように掲げる。
魔術師たちは緊張が途切れたからか尻もちをつき、
薄っすらと笑みを浮かべた。
馬車の中の治療も一段落したのか、
外の様子を見に馬車から他の魔術師たちも顔を出した。
怪我人は助かったことに安堵し寝息をたてている。
護衛たちが雄叫びをあげ続ける中、
ヴィタリーは時間差で勝利に気がついた。
強く握ってた剣が落ちる。
それから芝生に座り込み呆然と空を見つめる。
足音がしてそちらを見ると
メグミがフラフラとした足取りでこちらに歩いてくる。
疲れが表情から見えるも、
なんだか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
一度は殺されそうになった相手に
打ち勝ったのか嬉しいのかと思ったが、
それにしては安らかな笑みだ。
まるで我が子の成長を喜び心から褒めたいような笑顔だ。
だが褒めたいのはヴィタリーもいっしょ。
「がんばったな、メグミ」
自然と口元が緩むヴィタリーは、
優しげな声で語りかけた。
メグミは返事をせずに、
ヴィタリーの隣に座り寄り添うように頭を預ける。
「メェ……。
ヴィタリーもがんばってたんだなんて、知らなかった」
「知られたら恥ずかしいからな」
「そんなことない。
努力することはいいことだメェ。
強くなるってことは街のため、
ひとのため、メーのため、自分のためになるすごいこと。
もっと誇ってほしいメェ」
「メグミがいっつもバカにするからだぜ。
計算が苦手で、字も下手くそで間違ったりもするし、
剣も振るえなくて、でも足は早いって」
「ごめん」
「だからいつの間にか強くなって
見返そうって思ってたんだ。
思ったよりも早く見せることになったけどな」
「それってやっぱりあの日家族を守れなかったから?」
「も、そうだが、
死んだひとのことより、
今いる大切なヤツのためだな。
もう二度と怖い思いをさせたくなかった。
結局させてしまったがな……」
「それはメーが
自分でやるって言ったからだメェ。
ヴィタリーは悪くない」
「いいや、こういうのは神官が悪い。
やっぱり俺は向いてないかもな」
「ヴィタリー。君は立派な神官だメェ」
急にメグミが立ち上がり、
偉そうに手を越しにやりこちらを見下ろした。
「自分の仕える神のため、
立派に役目を果たそうとした。
もっと誇るといいメェ」
どうしたのかと思いながらも話を聞いてると、
メグミはにっこりと笑い優しく頭を撫でてくれた。
神様が人間に褒美を与えているというより、
異性として魅力的だと言っているような感じに思える。
ヴィタリーは恥ずかしくなり目をそらすも、
メグミの小さな手を払う気にはなれなかった。
もっとされたい、
褒めてほしい、
甘やかしてほしいとすら思い始める。
「メグミ、俺は」
「分かってる。
恥ずかしいなら無理して言わなくていいぞ」
本当に分かっているのか?
そんな疑問も浮かぶがそれを口にする気にはなれなかった。
観念して自分の中に結論を出す。
俺はこの神様のことをとても愛おしく思っているんだ、と。
それは飼っている羊であり、
たったひとりの家族であり、
大好きな存在で、信仰の対象。
普通のひとからすればとても複雑な関係であるが、
ヴィタリーはそれでいいと思っている。
今のこの関係を続けて、
天寿を全うするまでいっしょにいたい。
そのために自分はこの神様のそばにいたい。
「……そろそろ帰るぞ。
これで解決ってわけにもいかない。
祭りのやり直しがまだ残ってるし、
客を迎えに行くように誰かに頼まないとな。
神官は忙しいぜ」
「そうだったメェ!」
メグミはまるで今思い出したように声を上げた。
表情はいつもの羊神様に戻っている。
「おい! 皆のもの!
我らの街に帰るメェ!
狩った獲物は乗せられるだけにしておくメェ!」
男たちはまた雄叫びをあげた。
ヴィタリーは落とした剣を拾って、ようやく鞘に戻す。
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