8-2 襲撃
「なんだか緊張してきました」
ジョンは祭壇の目の前という特等席を用意された。
そこで氷魔法で体を凍らされたように固くなっている。
周囲には明らかに偉い立場にいるであろう神殿で働くひとたち、
街の大きな店の店長や支配人と思われるひとたち、
警備隊隊長のアンドレとその部下数名、
そして隣で自分の様子を見て笑っているシームリャがいる。
「どうしてジョンくんが緊張するんですか?」
シームリャが冗談でも聞いたように
笑いながらジョンに声をかけた。
ジョンは拳を強く握りながら、
「だって、神サマの儀式なんて初めて参加しますし、
その神サマと仲良くなってしまって、
こんないい席に招待していただけてるんデス……。
周囲のひとも街では地位のある方ばかりのようデスし、
場違い感がありマス」
「そう身構えなくて結構ですよ。
ヴィタリーさんに聞きましたが、
ジョンくんは遺跡の調査に貢献したそうじゃないですか?」
「僕は古代イポーニア語を読んだだけで」
「それは誰にでもできることはではありません。
神様がどうしてジョンくんの仕事探しを
手伝ってくださるのでしょうか?
多分ジョンくんにしかできないことが、
街の発展に関わることだと思ったからでしょう」
「初対面でそれを見抜いた?」
「多分初対面は、面白そうだったからみたいな理由でしょう。
でも神様の思いつきは成功にしても失敗にしても
なにかかしら良い影響を与えますから」
夜の鐘がなった。
その音が聞こえると街を覆っていた喧騒が、
魔法を使ったように聞こえなくなり、
鐘の乾いた音だけが響く。
鐘の音が聞こえなくなると、
神殿の一番上、祭壇に神様がゆっくりと歩いてくる。
先程はキレイだと思ったその様子も今はまた違う。
神々しく、ひとを導く神様の表情。
(これが羊神サマ……)
息を呑むと、
神様のありがたいとすら思える詠唱を遮る声が聞こえてきた。
「ひとは、命は、神の存在を願う。
全知全能の神の作りし世界は、
その意志に反し儚く悲しいもので溢れた。
溢れた悲壮からは一滴の希望が溢れ、我ら神々を形作る。
神の意思は命のため。命の信仰は神のため。
良き世界へと繁栄を続けるため我ら神々は命を導く。
故にわれは皆のために神の叡智と祝福を――」
遠吠え。
獣人族の誰かが高ぶって声を上げた?
にしては場違いすぎる。
「獣の群れがやってきたぞ!」
どこからともなく大声が聞こえてきた。
それを聞くなり真っ先に動き出したのは
警備隊隊長のアンドレだ。
先程までニヤニヤと神様を見ていた顔は
戦士の険しい顔になり、
椅子を蹴り飛ばして駆け出す。
次に動いたのは他の警備隊員。
祭壇を囲うように立っていた彼らは
祭壇を背にして武器を構える。
「失礼」
隣でシームリャのその声が聞こえてきた。
かと思うと、
シームリャは普段キレイに畳んでいる羽を広げて空を舞う。
ちらりと見えたその目は仕事をしているとき以上に真剣。
魔術を発動させているのか文字通り目の色も違う。
それに合わせてか周囲のひとたちが、
隠し持っていた折りたたみの杖を取り出した。
職業が分からなかったひとたちが皆魔術師だったことに驚くが、
それどころではない。
「住民を屋内に逃がせ!
警備隊は武器を持て!」
警備隊の誰かもわからない声と合図に、
悲鳴と雄叫びがまつりの会場を包んだ。
「メェ!?
獣は街に近づけないようにしてるんじゃ!?」
神様も目を凝らして街を見たのか、
信じられないと声を上げた。
ヴィタリーも祭壇に飛び上がるようにのぼり、
「獣避けなだけで、
入ってこないとは言ってない!」
と神様の隣に立った。
ヴィタリーが腰のあたりに手をやるがそこにはなにもない。
「群れが近づいてくる!
神殿を開放するメェ!
一般人を大至急中に入れるメェ!」
「神サマ!」
「ジョンも神殿に入るメェ!」
「神様も中に」
「メーが隠れたらダメだ!
神様はひとを導くもの!
メーが逃げるのは一番最後だメェ」
『でも神様も危ない』と言おうとしたが、
それを真っ先に言うはずのヴィタリーが
両腕を強く握りこらえているように見える。
(神サマが我先に逃げると
街やひとに影響があるって分かってるんだ)
それを思うとジョンも逃げるに逃げられず、
祭壇と街を交互に見ているしかできなかった。
獣の群れは多く、
段々と祭壇に近づいて来ているようだった。
真っ先に走り出したアンドレも、
最前線に合わせて下がってきている。
儀式を見ていた場所まで戻ってきていた。
「報告! 群れはまっすぐ祭壇に向かって進行中」
「報告! 住民の避難は順調、今の所混乱に乗じた怪我人のみ」
「報告、第三班の防衛線突破されました。肉による陽動作戦失敗!」
「うまそうな肉があるのに、
他の食い物に目もくれねぇ。
おまけに逃げるひとも襲わない、
反撃をするだけで他に目的がある……まさか!」
部下の報告を聞いていたアンドレがつぶやいた。
と思ったら、その目線は神様に向けられた。
「おい、ヴィタリー!
神様を神殿に戻せ!
ヤツら味を覚えた羊を狙ってる!」
「……っ!?」「ひっ!?」
今も聞こえる獣の声やヴィタリーはそれを聞くなり、
神様を抱きかかえて神殿に走る。
「一班は俺とここを守れ!
二班は神殿周辺を、三班で神殿の入口を固めろ!
我らの羊神様に指一本触れさせるな!」
「魔術師の皆さんはすぐに担当する要石の確認を!
獣たちはわたくしたちを襲いません!
獣をこれ以上街に入れさせないで!」
「獣どもが来るぞ!」
誰かの声とともにすぐに獲物の肉を求めるような乱暴な鳴き声が聞こえてきた。
喉を鳴らして威嚇する行為もなく、
我先にと襲いかかってくる。
ジョンもようやく固まっていた足が動くようになったのか、
ヴィタリーをの後を追うように逃げ出す。
それでも獣のほうが早い。
殺されるかと思ったが、
どの獣もジョンを追い抜いていく。
(本当に襲われない!?
神サマが狙われてる!)
その事実に驚いた。
もしかしたら自分も
獣の足止めをしたほうがよいのかと思ったが、
自分は魔術も剣も扱うことができない。
悔しくて歯を強く噛むと、
獣の一匹がヴィタリーに追いつこうとしている。
いくら街一足が速いヴィタリーでも、
神様を抱えながら走るのでは追いつかれてしまいそうになった。
「神サマ! ヴィタリーサン!」
ジョンが思わず声を上げると、
ヴィタリーが振り向き顔をしかめた。
もうダメかと思った距離に詰められたとき。
獣の前足を矢が一本貫き、その足を止める。
「イーサ!」
誰がやったのかとジョンが確認する前に、
ヴィタリーは名前を読んだ。
「狩りの腕は衰えてないようです。急いで!」
普段はフライパンと包丁を持つその手が弓と矢を構えていた。
その眼差しも、調味料を調整している目ではなく、
目を見開き狩人が獲物を見つめるもの。
「こちらです早く!」
警備隊のひとりが頑丈な扉を開けて待っていた。
最初に自分を迎え入れてくれたひと。
初めてここに来たときにも感じたが、
扉は同じ重くたやすく破ることはできそうにない。
その分開け締めはひとりでは難しいだろう。
そう思ったジョンは扉を前に足を止める。
「ジョンも早く!」
ヴィタリーに抱えられたまま扉の中に入った神様は、
悲鳴のような声を上げた。
それを聞いたヴィタリーも少し足を遅くするが、
「僕はいいです! 襲われません!」
そう言いながら警備隊員とともに重い扉を押し閉める。
「ジョン!」
「大丈夫だ! 他の人は襲われない!」
「どうかご無事で」
ジョンのつぶやきは当然聞こえていなかった。
#
ドアが閉められてもヴィタリーは足を止めなかった。
獣たちが予想もしない方法で中に入ってこないとも限らない。
「一番安全なのは、メグミの部屋か」
そう判断し今もひたすら走っていた。
メグミは暴れるようにヴィタリーを弱々しい手で叩き続けている。
「下ろすメェ! ジョンが危ないメェ!」
「アンドレの言葉を聞いただろ。
なぜかあいつらはメグミを狙ってくるんだ。
街の住民たちも死人どころか大きな怪我の報告すらない。
となれば神様のメグミが自分の身の心配をするべきだろう」
「でも怖い……。
仲間たちが食べられてる」
ヴィタリーには聞こえないがメグミのひとを超えた感覚には、
まだ外の声が聞こえているのかもしれなかった。
羊のような細い耳を押し込むように畳んで、
腕の中で震えている。
同じくらい強くつぶっている目からは、
抑えきれず涙がこぼれた。
「食べられてない。襲われてるのは牧場じゃなくて街だ」
「ヴィタリーの家族が、首を噛まれてる……」
「そんなわけない。今の俺の家族は、メグミだけだ」
「お兄ちゃんが、ジョンが逃げろって言ってる」
「兄貴とジョンは同じ場所にはいない。
ジョンだって大丈夫だ。下ろすぞ」
メグミを一度おろして、
合鍵でドアを開け部屋へ入った。
部屋はメグミが神に転生したその場所の上に作られている。
一見すると普通の女の子の部屋だが、
他の部屋とは壁の材質も違えば、
見えないように強い結界が何重にもはられている。
ヴィタリーが何事もなく開けた鍵ですら、
他の者が触ると呪いにかかるようになっていた。
それほどまでに厳重な部屋に入っても、
メグミは座り込み、耳と目を強く塞いでいた。
「メグミしっかりしろ!
今俺たちはそうならないために街を作って、
警備を雇って、強くしてきたじゃないか!」
「大丈夫? メーたち食べられない?」
「食べられない!」
ヴィタリーはいつも以上に細くて小さく感じるメグミの体を抱きしめた。
「警備隊が神殿を守っている!
魔術師も結界を貼り直してる!
アンドレの呑んだっくれが戦ってる!
イーサですら弓を持って戦ってくれてた。
ジョンだって賢いヤツだから簡単には死なないだろう。
大丈夫だ!」
抱きしめながら耳元で強く言い聞かせるように、
思いつく限り言葉を口にした。
「嘘をついてないな……」
するとようやく弱々しい声ではなく、
安心したような理解してくれたような声で答えてくれた。
回された小さな手がヴィタリーの背中を撫でる
「こんなときに俺を疑うな」
抱きしめたまま言った。神様も腕を回し抱きついてきた。。
「万が一のときは、俺が戦う。あのときとは違うんだ」
「バカ、そうならないように街を作ったってさっき言ったメェ」
剣は自分の部屋に置き去りにしたままだった。
だからか、メグミにはこれが強がりに聞こえたようで、
そんな返しをされた。
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