5-2 汗を掻く美人と夜話しをする
「また狼が鳴いてる?」
ジョンはそれに気がつくとふと目を覚ましてしまった。
カーテンの向こうは当然のように暗く、
まだ深夜なのだろう。
そのまま寝ようかと思ったが、
昼に飲んだコーヒーのせいか目が少し冴えている。
とりあえず飲み物を取りに行こうと思い部屋を出た。
「確か食堂は開いてて、
飲み物くらいは置いてあるんだよね」
ようやく覚えた食堂までの道を歩いた。
廊下は歩ける程度には明るいが、
誰も歩いてはいない。
食堂も誰もいないだろうと思っていたら、
「あら、ジョンくん。こんばんは」
知っている有翼人の女性が腰に手を当てて水を飲んでいた。
「シームリャサン? こんばんは」
「珍しいものを見ているという顔ですね」
ジョンは素直にうなずいた。
今のシームリャは清楚な神殿の服ではなく、
動きやすく、体型がわかりやすい薄着だ。
シームリャも大きな胸やキレイなくびれ、
折りたたまれている羽にスラッとした足の線が目に入ってしまう。
「あ、はい。
なんだか見慣れない格好をしているので」
「机の上に座る仕事をしていると
どうしても運動不足になりがちです。
おまけに太ってしまいますので、
空を飛ぶことは控えたり、
こうして夜は運動をしたりしています。
ジョンくんも机仕事に就くようでしたら
気をつけると体にいいかもしれませんよ」
「はい、覚えておきマス」
「それで、ここに来たということは
ジョンくんも飲み物を取りに来たのでは?」
「あ、はいそうでした」
自分でピッチャーからコップに移そうと思ったが、
シームリャが慣れた手付きで用意してくれた。
差し出されたコップの前の椅子に座り、水をもらう。
「最近ヴィタリーくんに、
計算やイポーニア語の読み書きを教えているそうですね」
シームリャも椅子に座り、
穏やかな声で話し始めた。
「あ、えっと」
「大丈夫です。
この話はヴィタリーくんや神様にはないしょ、
ですから」
ヴィタリーの心境や考えを理解しているのか、
シームリャは優しくうなずきながら言った。
それでヴィタリーとの約束が守れると思い、
ホッとしたジョンも素直に口を開く。
「ありがとうございます。
本当はわたくしが教えるべきなのかもしれません。
でも、ヴィタリーくんは恥ずかしいのか、
教わろうとしなかったので」
「ボクよりもシームリャサンが教えたほうが
良さそうな気もしますけど、
どうしてボクなんでしょうか?
やっぱり歳が近い男子だからとか?」
「そうでしょうね。
ヴィタリーくんは十歳のころから
神官として神様とがんばってきてます。
わたくしはそのころから、
川の街の女神リュウコ様の指示で
おふたりの手助けをしています」
「一〇歳……」
ジョンは視線を落として
自分が一〇歳だったときのことを思い出した。
ただひたすら家にあった本などを読んでいた。
おかげで今イポーニア語で会話をすることができる。
だがそうしている間に
ヴィタリーや神様は文字通り死ぬ思いをしていた。
ヴィタリーが経緯を話してくれたので分かってはいたのだが、
時期までは聞いていなかった。
つい最近のことだと勝手に解釈していた。
だがそれだと街が大きすぎる。
街や今自分のいる神殿がこんなに大きいのはそれだけの歳月、
ふたりががんばっていたからだ。
シームリャはジョンが考える間を置いてくれてから、話を続ける。
「ご家族もみんな亡くしてしまい、
歳の近い友達や家族もいません。
神様とヴィタリーくんは
唯一残った家族のような存在なんです。
お互いにお互いのことを守るために必死で、
そのために大人の世界に顔を突っ込んで
神様がお金稼ぎや街の発展に力を入れたり、
ヴィタリーくんがこっそり――
いえ、これは秘密でしたね」
ジョンが首をかしげる前にシームリャは話を続ける。
「それでも歳の近い友達はできませんでした」
自分が元いた城壁の街で仕事をしていたときは、
少なからず自分と同じ歳の男女はいた。
もちろん仲良く慣れたかは別の話ではあるが、
それでも自分がいてもおかしくないという状況ではあったし、
安心もしていた。
ヴィタリーは背伸びをして生きなくてはならなかったし、
今もそうしている。
ジョンの視線はさらに落ちる。
「そんなジョンくんが来てくれて喜んでるのは、
神様だけではないのだと思います」
「ヴィタリーサンも、
ボクがいて嬉しいと思ってるんデショウか?」
「そんな感じでしょう。
歳の近い友達のような存在だからこそ、
恥のような気持ちもなく教えを請うことができたんだと思います」
優しげに言うとシームリャはまたピッチャーから水を注いで一気飲みした。
「もしお仕事が見つからなくて、
他の街に行くことがあっても、
たまに神様やヴィタリーくんに会いに来てくださると嬉しいです」
「えっと、できればそうしマス」
シームリャはジョンの答えを聞いて満足気にうなずいた。
「あの、ボクもおふたりのことで
気になることがあるんデスけど、
聞いてもいいデスか?」
「はい、わたくしに答えられることでしたら」
「先日、おふたりがその……
同じベッドで抱き合うみたいに寝てたのも、
家族だからってことデショウか?」
「ああ、またそんなことしてたんですね」
シームリャはくすくすと笑い出した。
普段は補佐官としてりんとした表情をしているが、
優しいお姉さんのような笑いだ。
本当にふたりのことをずっと見てきた、
この反応だけでもそれがジョンには感じられる。
だが、
「『また』ってことは一度や二度じゃない……。
そのうえ知られている?」
「おふたりも見られて気にしてなかったでしょう?」
「ええ……確かに。
逆にボクがびっくりしすぎちゃって」
「普通に考えたらびっくりしますね。
おふたりはまだまだ子供ですし、
家族が恋しいんです。
ですからみんな気にしないことにしたんです」
「なら最初から同じ部屋で寝ればいいのでは?」
「そうしたいのですが、
魔力の流れの相性みたいなのがあって、
普段は離れて寝ているんです」
「魔力の相性?
ボクは魔法適正も知識もないので分からないのですが」
「神様やその神官が住むには
相性のいい場所があるんですよ。
龍脈――地下の魔力の流れのある場所や
ひと通りの多い場所と、
あと生まれた場所というのがあります。
ヴィタリーくんの寝室はヴィタリーくんが住んでいた家の場所、
神様の寝室は羊から神に転生した場所の真上にあたるんです」
「なるほど……」
ヴィタリーがお風呂で話してくれたことを思い出して、
ジョンはうなずいた。
「それと神様で元飼っていた羊とはいえ、
女の子と同じ部屋で寝るのは
恥ずかしいという理由もヴィタリーくんにはあるんです」
「……それなのにいざ神サマが来ると、
添い寝するんデスね」
「おふたりは家族の『ような』存在ですから。
年頃の男女は難しいんです」
「はぁ」
シームリャはふたりの行動や考えに納得がいっているようだ。
当然ジョンはふたりのことはまだまだ分からないので、
シームリャがこんなに涼しげで澄ました笑みを浮かべられるのは疑問だ。
「そんなおふたりだから
わたくしもお手伝いしたいって思いますし、
川の街の神様も手助けするんです」
「おふたりのこと大切に思って、
気にかけているんデスね」
「そうですよ。
この街にいるひとや出入りするひとはみんなお金稼ぎとか、
治安や安全だから住んでいるって理由もあります。
ですがそれ以上に、
神様たちのことを気に入ってるからでもあるんですよ」
「街を歩いて分かりマシタ。
ボクも、街や神サマに貢献できる仕事をしたいなって、思いマス」
「いい仕事が見つかるといいですね。
では、おやすみなさい」
シームリャは神様よりも祝福をくれるような笑顔で挨拶した。
「ああ、それと」
「はい」
「多分、今晩神様はヴィタリーくんの部屋にいると思います。
明日の朝はそちらにお迎えに行ってもらえますか?」
「ああ……そうデスね」
ジョンは今起きている理由と、
前にあったことを思い出しながらうなずいた。
「神様のかわいい寝顔が見られると思いますよ。では」
先ほどとは違い、
とても楽しそうな笑顔を浮かべながら、
シームリャは今度こそ食堂を出ていった。
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