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4-3 大浴場と神様たちの過去

大浴場は大通りからひとつとなりの道にあった。

施設を作る関係か、

お湯の沸いて出た場所の関係か、

建物が道を阻むように出っ張っている。

キレイな十字路と

平行に作れた道の多い羊神様の街にしては

いびつな場所だ。

その分建物は大きい。

赤茶や薄黄色のレンガなどで作られている。

さらに建物の上から湯気がでているのが見えて、

本当にたくさんのお湯が湧き出ていることが分かった。


「温泉は住民の税金で運営されてるメェ。

 なので街の住民や街に出稼ぎしにきたりしてるひとはタダ。

 街の外のひともそんなに高くない料金で入れるメェ」

「税金……

 お布施じゃないんですね」

「メーはお布施はとってないメェ。

 もしお布施が来たら

 街の特産品とか食べ物を押し付けるんだメェ……」

「その食べ物欲しさに、

 お布施するひともでてきちゃってるんですよね」

神様は迷惑そうな顔をしているが、

シームリャは嬉しそうな顔だ。

「メェ……。

 まったくめんどくさいヤツが多いんだメェ」

ため息をつく神様の話を聞きながら

建物の中へ入った。

中はさらに白い石が使われており豪華な印象を受ける。


「神様いらっしゃい。

 今日もお仕事ご苦労さまでした」

受付の職員がニッコリとした笑顔で迎えてくれる。

ここが受付か料金所なのだろう。

「うむ。この少年はメーの連れだ」

「はい、分かりました。どうぞ」

(こういうところは神サマらしいなぁ。

 逆に言うと、他のことが神サマらしくないというか)

そう思いながら入り口の職員に軽く頭を下げた。

神様の小さな頭のあとについていくと、

ジョンの視線に気がついたのか、

もふもふの髪を揺らしながら振り向く。


「どうしたジョン?

 メーの一言で、

 入れてしまうことが不安だったメェ?」

「神サマのおかげで

 いい思いをしているなって思っただけデス。

 ありがとうございマス」

すると神様は満足げな笑みを浮かべてうなずいた。

入り口はふたつ、カーテンに男女のマークがついている。


「当然だか、男女別れているメェ。

 ヴィタリー、ジョンの案内を頼むぞ」

「ジョンも子供じゃねーんだから大丈夫だろう」

「いえ、ヴィタリーサンがいてもらえると

 ありがたいデス。

 大きなお風呂は入ったことがないので」

「入り方とか書いてあるし、

 道に迷うことなんてないぞ」

「それでもデス」


「まったく、ジョンがいて助かってるのは俺だっての」

「うん?

 ヴィタリーがジョンに助けられてるのか?」

「なんでもない。行くぞ」

ヴィタリーは顔を隠すようにカーテンの奥へと進んでいった。



脱衣所の壁には、

入るときの作法みたいなものが

ていねいに書かれていた。

服はすべて脱ぐ、

手ぬぐいをお湯につけない、

お湯に入る前に体や髪を洗うなどなど……。

「着替えとか同じ場所に置いて大丈夫なんデショウか?」

服を脱ぎながらふとした疑問を口にした。

「ああ、大丈夫だろう。

 神様が魔術師に頼んで盗人に呪いがかかるような術がかかってる」

「ええ……」


お湯に入るときの作法の隅を、

ヴィタリーが指差した。そこには

『この施設に窃盗をしたものは呪いがかかります。

 またそのような行為をしたものがいましたら職員にしらせてください』

と言ったことが書かれている。

「顔に『わたしは泥棒です』って文字が浮かび上がって、

 体がピカピカ光るらしい。

 それを見たらそく警備隊に知らせるような決まりもあってな……。

 やりすぎじゃねと思ったけど、神様が押し通した」


不思議な呪いだとジョンは思って目を細めながら、

「それ今までやったひと出てきたんデスか?」

「いない。

 それにこの街は泥棒の罪が重いからな、

 そもそも泥棒自体が少ないってのもある」

「治安がいいんデスね?」

「どうかな?

 ずる賢い方法で金儲けに来るやつが多いらしいから、

 なんとも言えないな」

目を細めながらヴィタリーは浴槽へ足を進めた。


「広い……。

 こんなにお湯が湧いてでたんデスか?」

「ああ、今も湧いて出てる。

 土とか土地管理に詳しい魔術師が調べたところ、

 大きな地震でも起きない限りお湯がでなくなることはないそうだ」

「魔術でもなく自然に湧いて出たお湯……」

「神殿の居住区だと狭い風呂しか入れないからな。

 定期的に入るようにしているんだ」

ヴィタリーが桶でお湯をかぶってから、

風呂に浸かった。

出会ってから聞いたことがないような

気持ちよさそうな声を上げる。

ジョンもヴィタリーのやり方に習い

お湯を浴びてからゆっくりと足をつけていった。

熱いが入れないほどではない。

そう思いながら肩まで浸かると、

ヴィタリーと同じように体の力が抜けた音を口から出す。


「いいだろう?」

「はい……。

 これが古代イポーニアにあったおんせん……。

 街を出なかったら、

 こんなところにこれなかったかもしれマセン」

「俺もだ……。

 羊飼いだったころの生活じゃこんなの想像もできなかった」

ヴィタリーは気の抜けたような声で

ジョンの言うことに同意した。

なんだか体の疲れがお湯に溶けていく気がする。

それが心地よさそうな表情だ。


(そっか、 ヴィタリーサンは

 元羊飼いから神官になったんだ。

 それでこんなにも苦労している。

 一体どんな経緯があって今のヴィタリーサンがいるんだろう?)

ジョンはそう思いながらヴィタリーを見つめた。

するとその視線に気がついたのか、

「どうした、なんか不思議なことでもあったか?」

「あ、いえ……、

 いえ不思議に思っていることはありマス。

 あの、どうしてヴィタリーサンは神官になったんですか?

 良ければ聞きたいです」


「俺は神官になりたくてなったわけじゃないんだ。

 メグミの神官になる気があって、

 その資格を持ってるのがこの世で俺だけだからな」

断られるかと思ったが、

ヴィタリーは思い出話でもするような口ぶりで話し始めた。

「資格?

 なにか試験とかを受けないといけないんデス?」

「いいや。勉強の必要なことだったら

 俺は神官にはなれなかったさ。

 神官になるには神様と『繋がり』がないとダメらしいんだ。

 えっと確か古代イポーニア語で『えん』って言ったかな」


「なるほど、ヴィタリーサンは神サマと繋がりがあるんデスね。

 デモ、それと資格て違う意味では?」

「神様――メグミは元は普通の羊だ。

 死んでから神様として蘇ったんだ」

「えっ!?」

「あまり大声出すな。ここは声が響く」

「ご、ごめんナサイ」


「ってもみんな俺たちの生い立ちを知ってるから、

 隠し事じゃねーんだけどな」

ヴィタリーがその時のことを思い出すように

天井を見つめた。

ジョンも釣られて天井を見ると、

そこには古代の神話を描いたようなきれいな装飾。

まるでこれから羊神様の生まれる文字通りの神話が語られる気がしてきた。

「前にも少し話したかもしれないが、

 俺は羊飼いを仕事にする家で生まれて、

 メグミは飼っていた名もない羊の一匹だった。

 この街がある場所も、

 俺達の牧場があった場所だ。

 生まれた場所に作ると神様として生活しやすいらしいからな」

天井よりさらに遠いところ、

古い本に描かれていた宇宙を見ているような目になって話を続ける。


「俺は羊飼いとしてはダメなヤツでな。

 毛刈りも下手だし、

 できることとしては牧羊犬みたいに羊を追い込むことだけ。

 当然羊にも好かれなかったが、

 一匹だけメスの羊に好かれてた」

羊の話になると

急に世間話をするような声の高さになった。

ヴィタリーの口元も緩んでいく。

文字通り幼馴染の昔話をしているようだ。


「って、どうしてこんなことになったか?

 だったな。牧場と家が獣たちに襲われたんだ」

「えっ……?」

物騒な話題がケロリと出てきた。

それも昔話の延長線のようなノリだったので、

ジョンは思わず息を呑む。


「その年はお金がなくて、

 牧場と家を囲ってる結界の張り直しを

 魔術師に頼めなかったんだ。

 そのほころびのせいで襲われた」

牧場や畑では街のように

城壁を作ったりすることは難しい。

もちろん予算的な理由もあるが、

陽の光を遮ると動植物に影響がでるからだ。

なので魔術師に頼んで結界を張る。

もちろんそれもタダではない。

だがまさかそんな懐事情で

事件が起こることをジョンは想像していなかった。

自分の考えの至らなさ、甘さ、

城壁の街というのが特殊で安全な場所であった事実を突きつけられて、

ジョンはうつむく。


「飼っていた羊はみんな食われて、

 当然俺たちも襲われる。

 両親も、ふたりの兄も逃げようとしたが

 あっという間に追いつかれた。

 だが俺だけがアイツらよりも足が早くて

 逃げ切ることができたんだ。

 まさか、自分が役に立たないと思っていたことで

 生きながらえることが出来るなんて、

 あのときは予想もしてなかったさ」

ヴィタリーは自分をあざ笑うように言った。

その口ぶりのまま、

「川の街まで必死に走って逃げた俺は助けを求めた。

 助けを連れて、俺が家に戻れたときには朝になってて、

 獣たちも食事を終えていなくなっていた」


『食事』という表現にジョンの背筋が凍った。

「誰か生きてないか探したが、

 両親も兄貴ふたりも生きている気がしない状態で発見された」

ジョンはその様子を想像してしまい顔をしかめた。

獣たちがそんな上品な食事ができるわけがない。


「羊もみんな食われていた……

 と思ったが一匹だけ

 メスの羊がかろうじて息があるのが見つかった。

 そいつは唯一俺のことを好いてくれていた羊だった」

「かろうじて……

 ってことはどうやって、助かったんデスか?」

「助けに来てくれた中に川の街の神様がいたんだ。

 その神様は俺に聞いた。

『この子を羊のまま生かすことはできない。

でも神様としてなら転生させることができる』って。

 俺は怖かったんだ。家族が誰もいなくなることが」

「家族がいなくなることは悲しいことデス」

「ああ。

 それに羊も神様の提案を望んでいるような気がした。

 そんな目をしてたんだ。だから頼んだ」


「それで転生したのが今の羊神サマ」

「まさかこんなヤツだとは思わなかったけどな」

ヴィタリーは神様をいつものようにバカにする言い方をした。

こころなしか壁の向こうから大きなくしゃみが聞こえた気がする。


「んでメグミと名付けられたあいつは、

 大きな街を作ってひとを守りたいって言うようになった。

 最初は一軒家よりも小さい神殿だったんだぜあれ」

ヴィタリーは過去の自分達をからかうように言った。

だが実際は神様の言う通りになり、

おそらくは牧場よりも大きな神殿が立ち、

その何倍も広い街がある。

神様の望んだ通りになった。


「神様は叡智を得て

 どう考えたか分からんが授かった叡智を、

 街を大きくするため、

 お金を稼ぐために使うようになった。

 羊をもう一度集め直して、

 牧場を作り直して

『羊神の育てた羊の毛は持ってるだけでお金が集まる』

 とかなんとか言って売り出してお金を集めだした」


「ええ……。

 そんなわけ」

「残念ながらその嘘がご利益のせいで

 本当になってむちゃくちゃ売れた。

 今もこの街の名産品なんだぜ」

「ええ……」

「それから街を大きくして、

 さらにお金のために仕事をしまくった。

 メグミにとって仕事っていうのは

 身を守るための戦いみたいなもんだったんだ」


「僕はそんなに真剣に仕事のこと考えてなかったデス」

「いや、俺の事情が普通のひとと違うだけだ。

 ジョンはそんな真剣に考える必要はないさ。

 それにこの街なら仕事がなくて困ることはないだろう」


「今困ってマスが」

「多すぎて困ってるだろう?

 神様が『あっせん』だっけ?

 手伝ってくれてるんだから、大丈夫だ。

 仕事なかったら神様に怒っていいからな」

「そんな、こんなにお世話になっているのに

 失敗しても怒れないデスよ」

「いいや、神様にはもっといろいろ言ったほうがいい。

 街を広げすぎだとか、

 ひとを呼び込みすぎだとか、

 他の街と街をつなげようと長ったらしい道を作ろうとしたり、

 街の住民の話を聞きすぎだとか、

 もっと神様らしくしろとか」

目を細めてグチグチと文句を言い始めた。


「それはヴィタリーサンが言いたいことじゃ」

「そうだよ、まったく……」

ヴィタリーはジョンの言ったことにうなずいた。

女子の浴槽にも聞こえるような大きなため息をつく。

実際に聞こえているかは分からない。

「やっぱり神サマのそばにいる仕事は、

 ヴィタリーサンしかできマセンね」

「残念ながらな……」

呆れたように言うヴィタリーだが、その声は少し嬉しそうだった。

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とても良いと思いましたら一言でも感想をいただけると

嬉しいです。


雨竜三斗ツイッター:https://twitter.com/ryu3to


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