4-2 神官、ジョンに教えを請う
「ごめんなさい、取り乱しマシた。
それに詮索をしすぎたかもしれマセん」
皆がいつもの謁見の間に揃うと
ジョンはまず頭を下げた。
ここでは自分の常識は通じない。
街が、神様が違えば常識や考え方も違う。
この街に来てからずっと見聞きしてきたはずなのに、
未だに分かってないことを反省している。
「いや、俺たちも悪かった。
俺と神様はこれが当たり前だったが、
他の街はそうじゃないことをすっかり忘れていた」
「メェ」
ヴィタリーも間が悪そうに頭をかきながら謝った。
神様も同意するような鳴き声を出す。
「ところで『せんさく』ってなんだ?」
「ヴィタリーには辞書をもたせるか?
いや、高いし重いから不便メェ」
「簡単に言うと根掘り葉掘り聞くことデス。
他の街のひとであるボクが言うのも
ちょっとおこがましいデスけど、
よければ難しい言葉とかちゃんと教えマスよ」
「そうか、なら――」
「おはようございます」
ジョンの言葉に
ヴィタリーが何かを思いついたところで、
シームリャが挨拶した。
「すみません、少し遅れました」
「メェ」
その優しげな声に
ヴィタリーと神様がぺこりと頭を下げた。
本当にふたりはシームリャに頭が上がらないらしい。
「いえいえ、時間は間に合ってます。
そのくらいのことじゃ怒りませんよ」
(なんだかシームリャサンのほうが神サマに見えてきた)
ジョンは慈愛に満ちたシームリャの笑顔を見て
そう思った。が、口にすると多分神様が怒る。
ジョンが言う間に
ヴィタリーが同じことを言いそうではあるのだが……。
「それはそうとして。
昨晩、狼の遠吠えが聞こえていたことについて、
複数のお問い合わせや相談が朝早くから届いております」
「うむ、メェもその件について動こうとしていたつもりだ。
今日は一日にそれで潰れると思う」
「じゃあ、手分けして対策について対応だな」
ひとを襲う獣の群れが近づいているというのに、
ヴィタリーはなぜか元気そうな声を出した。
ジョンが首を傾げてヴィタリーを見ていると、
「いえ、ヴィタリーくんは
書類整理が残っていますのでそちらを」
「だ、だけど獣をどうにかするのは
急がないとダメだろう?
この辺にいるやつはひとを食うって聞いてるぜ」
シームリャの言葉にヴィタリーは
ワタワタと慌てたような声を出し始めた。
先程は危機だと思っていなかったのに
急にそう感じ始めたのだろうか?
(もしかしてデスクワークしたくなかったのかな?)
そこに気がついた。
昨日も大変に見えたうえに、
机仕事に対してイヤそうな声を上げていたのを思い出す。
「はい、なので神様とわたくしで対応します。
ヴィタリーくんは昨日の残りを終わらせてください。
本来であれば昨日終わっていなくてはならない書類が
溜まっています」
シームリャが笑顔で言うと
ヴィタリーが肩からがっくりと力をなくした。
声には出さないがクスクス声を出しそうな神様が、
シームリャのとなりで笑っている。
これにはどう反応していいか分からず、
ジョンもわざとらしい苦笑い。
「ジョンくんがよければ
ヴィタリーくんについていてほしいんですが」
「はい。ボクでよければ」
「よろしくおねがいします」
「まあ、ジョンがいれば少しは楽か……」
ヴィタリーは顔を上げて今から疲れた様子を見せた。
#
「今日も多いデスね」
ヴィタリーの机の上に積み重なる紙の束があった。
周囲にもヴィタリーやシームリャと同じように
神殿に務めるひとたちがいた。
だがヴィタリーの仕事を必要以上に手伝わないように
言われているらしい。
すれ違うたびに『がんばって』
『ヴィタリーくんならできる』
『神様のためだぞ』という感じで励ますだけだ。
書類を数枚、上の方から見ていく。
「締め切りが今日のものばかりだな……
後回しにしたくても後がない」
ヴィタリーはため息とともにぼやき、椅子に座った。
「がんばりマショウ。
どこまでお手伝いしていいのか分からないので、
お茶くみとか計算があっているかどうかくらいは見マス」
「今日は文章を書く仕事もあるぞ」
「ご、誤字脱字がないかくらいは見マス」
そうしてふたりは仕事に取り掛かった。
ヴィタリーはまず計算仕事から始める。
先に終わらせて次の仕事にかかっている間、
ジョンに答え合わせをしてもらうという動きならば
早く終るだろうという考えのようだ。
ジョンもそれに納得し、
終わった書類に目を通して間違いがないか確認をする。
ひたすら紙や粘土板とにらめっこをしている間にお昼になる。
ふたりは食堂で昼食を取ることにした。
神様とシームリャは神殿の外にいるので、
外で食べるようだ。
向い合せでテーブルに座るなり、
「ジョン、頼みがある」
ヴィタリーは昼食のカレーに手を付ける前に口を開いた。
「はい。ボクで良ければ……」
「俺にこっそり文字の読み書きと計算を教えてほしい」
周囲に知られたくないのだろうか小声だ。
「いいデスけど、
神サマにヒミツなんデスか?」
不思議に思ったことを聞くと、
ヴィタリーは間が悪そうにスプーンを触った。
「そうだ。がんばってるとか努力してるとか、
そういうのを見られたくない。
生まれた土地は違っても、
同じ男子なんだから分かるだろう?」
多分メンツの問題だろうなとジョンは思った。
ヴィタリーは神様の前ではかっこよくありたい。
だが努力は見せないで、
できることが当たり前のように振る舞いたい。
ジョンの読んでいた小説や神話の戦士たちも
そんな人物が多かったので、
あたっているだろうと考える。
「そういうことデシたら、分かりマシタ」
ジョンはうなずいて返事をした。
「助かる」
「でも手伝えって言わないんデスね?
こう言ってはなんデスが、
ボクが手を付ければ早く終わりそうなものデスが」
「シームリャさんの言うことは正しいからな。
俺以外のひとが神様のそばで神官をすることはできない。
だからジョンが手伝うと、
俺が仕事に慣れるのが遅くなるし、
多分字で俺がやってないことが分かってしまう。
そうしたらメグ――神様は俺にがっかりするかもしれない」
ヴィタリーは悔しそうだが、その悔しさを飲み込んだような表情を見せた。
先日シームリャが言っていた、
避けては通れないこと。
ヴィタリーにとってはこれがそうなのかもしれないと思う。
そしてヴィタリー自身もそれを良く理解している。
それが分かる顔だ。
そしてなによりもヴィタリーは
神様の信頼に応えたいのかもしれない。
ふたりは自分の思っている以上の絆や、
思っているのとは違う関係性がある。
ジョンはそんな気がして口を開く。
「じゃあ仕事ではなくて、
ヴィタリーサンの仕事が上手になるお手伝いをいたしマショウ」
「ありがたい。だが何度も言うことになるが」
「神サマにはナイショデスね」
ジョンが笑顔で言うと、
ヴィタリーも嬉しそうに口元を緩ませ、カレーに手を付けた。
#
「疲れたぁ……」
最後の書類にサインをすると、
ヴィタリーはでろーんと机に突っ伏した。
粘土板が机から落ちる前にジョンが手に取ると、
誤字脱字などがないか再度確認する。
「お疲れさまです。
最後の確認が終わったら今日はおしまいですね」
そこでちょうど夕方の鐘が街に鳴り響いた。
「ギリギリだったな……」
「はい。ですけど、
ちょっとくらいなら過ぎても大丈夫なのでは?」
「いや、神様は時間外の仕事は絶対に許さない。
決められた仕事の時間を守らないとめっちゃ怒るんだ」
「そんなに……?」
「そのとおりだメェ!
メーの目の黒いうちと、
本当に特別な事情がないかぎり残業は許さないメェ!」
いつからふたりの話を聞いていたのだろうか、
神様が大声でジョンの疑問に答えながらやってきた。
だが周囲の職員たちは特に気にせず
『お疲れ様です、神様』
『また明日ねー』
『神様仕事終わっても元気ですね~』と、
いういつもと変わらないと思っていそうな反応だ。
この部屋にいるすべての職員がすぐに出ていったり、
夕飯の話をしていたり、
仕事を終えて神様の残業禁止を守っていることが
周りを見ても分かる。
「ほらな。だから今日はこれでおしまいだ」
「はい、お疲れさまでした。
ヴィタリーくんもちゃんと書類整理や計算仕事ができています。
ミスも少ないようでとても偉いですね」
神様についていたシームリャが、
仕事机の様子を見てニコニコとしながら言った。
神様もそれを聞いて机の書類に軽く目を通す。
「おお、やるじゃないかヴィタリー!」
ミスがないことを見て神様も、
目を丸くしつつ嬉しそうな笑みでヴィタリーを褒めた。
「お、おう」
自分の仕事をこんなに褒められるとは思わなかったのだろう。
ヴィタリーは戸惑った様子を見せた。
どんな顔をしていいのか分からず、
笑っているような、
困っているような表情を浮かべている。
そんな様子を見てジョンの顔も緩み、
シームリャも嬉しそうに笑っていた。
「さて、今日は大浴場へ行くメェ!」
神様はごきげんな様子のまま声を高々とあげた。
「大浴場?
大きなお風呂ですか?」
「そうだメェ!
街の工事をしていたらな、
ブワァーって温かいお湯が吹き出たメェ!
お湯は飲めないがお風呂に使えそうだということで作ってみたんだメェ」
「古代イポーニア語でいうと
『おんせん』ですね。
古代の叙事詩には多く登場します」
「何だその言葉!」
驚きの声を上げながら神様がジョンに詰め寄ってきた。
「えっ、悪いこと言いました?」
「逆だメェ!
この施設の名前をそれにしよう!
そして他の街からの観光客も入れるように
設備を強化して名所にしよう!」
神様が右腕を大きくあげて
あふれる元気とやる気を見せつけてきた。
「はいはい、
それ考えたり準備したりするのはあとだ。
仕事の時間外だろう?」
が、ヴィタリーが神様の首根っこを掴み、
ズルズル引きずり始めた。
「メェ!?
善は急げって言葉があるだろう」
「知らん」
「お風呂上がってからにしましょう」
「ヴィタリーはともかく、
シームリャまで後にしろとは
どういうことだメェ!?」
「今は神様をお風呂に入れる時間ですから、
わたくしはその仕事をしているだけです」
「風呂よりも街の発展が重要メェ!」
「風呂は好きだろう?
言ってたじゃないか、
この姿になって自分で体の手入れができるのが楽しいって?」
「そうだけど……」
それを言われて神様の
天にぐいっと伸ばした腕が段々と落ちていく。
ジョンはそれを寂しそうな、
もったいないと思うような目で見て、
(確かに仕事を時間通りに終えるのも大切だけど、
神サマの思いついた妙案を
このままお湯といっしょに流しちゃうのはなぁ)
「と、とりあえず適当な粘土板に書き置きしておいて、
明日考えましょう」
思いついたことを口にした。
すると神様の腕に力が戻る。
「う、うむ。さすがジョン、
的確な提案だメェ」
「はいどうぞ」
シームリャに差し出された粘土板に
さらさらと達筆な覚書をすると、
神様は我先にトテトテと部屋を出ていく。
「よし! 行こう!
もたもたしないメェよ!」
「足引っ張ってたの神様だろ」
ヴィタリーはわざとらしく大げさに肩をすくめた。
良ければ評価、
続きが気になりましたらブクマ、
誤字脱字が気になりましたら誤字脱字報告、
とても良いと思いましたら一言でも感想をいただけると
嬉しいです。
雨竜三斗ツイッター:https://twitter.com/ryu3to




