3-3 神官ヴィタリーが夕方こっそりとしていること。神様がこっそり部屋にやってくる夜
街の入口近くの平原では
今日も警備隊の訓練が行われていた。
それも夕方の鐘とともに終わっており、
隊員たちは夕飯のことや大浴場の話をしている。
帰宅するものも多いが隊長のアンドレと仲のいい数名は、
元気を余らせているようにくだらない話を平原に響かせていた。
そんなところにヴィタリーはやってきた。
神官の衣装から動きやすい格好に着替えている。
「来たな神官」
訓練用の武器がしまわれている木箱に座っていたアンドレが、
その姿を見て立ち上がった。
「今日もよろしく頼む」
「いいぞ、来てみろ」
アンドレはそう言って箱から木の剣をヴィタリーに投げ渡した。
ヴィタリーはそれを受け取ると、
一気に駆け出しアンドレと距離を詰め切りつけた。
それを見てアンドレはニヤリと歯をむき出しにし、
自身も木の剣を取りヴィタリーの攻撃を受け止めた。
「不意打ちのつもりか?
足は早くても全然受け止められるぞ!」
「くっ」
あっさりと攻撃を受け止められてしまった。
悔しいと感じたヴィタリーは剣を弾きむさ苦しい顔を狙う。
「ムキになるな。
ひとなんだから理性的に、
教えたとおりにまずはやってみろ」
挑発されたような言い方だが正しかった。
ヴィタリーは後ろに跳ねて距離を取り、構え直す。
(相手をよく見る。
そしてスキがありそうな場所を探す。
アンドレは右利き、体格の割に短い剣。
右には障害物、左はフリー。
そして俺のほうが足が速い)
ヴィタリーは分析を終えるとアンドレの左に回り、一気に距離を詰める。
「いいぞいいぞ!」
いけるかと思うが
アンドレも狙われることは分かっていたようだ。
武器を左に持ち替えて、
ヴィタリーの攻撃を受けた。
だが利き腕じゃないせいか、
ヴィタリーと互角に打ち合っているようにも見える。
「どうしたどうした?
書類仕事ばっかりで体がなまってるんじゃないか?」
「動かしたくてしょうがなかったんだよ!」
「いいぞ神官の坊主!
油断してるアンドレなんてやっちまえ」
「言われなくても!」
「アンドレを倒したらお前が警備隊隊長だ!」
「俺神官で忙しいんだが!」
周囲のアオリにいちいち反応しながら打ち合った。
声を出しながら剣を振るっているせいか、
勢いがありいつもよりも振るえてる気がする。
「剣を振るうときにいちいち叫ぶのは、
体に攻撃の命令をしているのと同じだ。
こういうときは獣に習うんだ!」
獣人特有の咆哮のように声があがった。
衝撃でヴィタリーの剣が弾かれ、
さらにヴィタリー自身も吹き飛ばされる。
直ぐ側に剣があるのを見つけるとすぐに手に取り、
アンドレに距離を詰められる前に間合いに入る。
「叫べ叫べ!」
「おるるぁあ!」
もう一度アンドレに吹き飛ばされると
さすがに体が言うことを聞かない。
ヴィタリーは倒れたまま夕暮れの空を仰ぐ。
「今日はやけにやる気だな。
なにかあったのか?」
草原に大の字で倒れるヴィタリーにアンドレが寄ってきて声をかけた。
「俺より優れたヤツがでてきたから、
負けられないって思っちまったんだよ」
息を切らせつつも悔しそうな声で返事をした。
アンドレに勝てないのが悔しいのではなく、
ジョンに勝てるところを持っていないのが悔しい。
「ほー、神様が見つけたあの少年か?
そんなに強そうなヤツには見えなかったが?」
「あいつ、俺より計算とかできて、
難しい言葉もよく知ってるんだ……」
「がっはっは!
だからせめて勝てそうな剣でがんばってるわけだな!
可愛げのあるやつだなお前は」
アンドレが大声で高々に笑った。
すると訓練を見ていた兵士たちも同じように笑い始める。
「うっさい!
お前らだって似たようなことされたらムキになるくせに!」
「おうおうそうだな!
だったら今日はお前が飽きるまでやってやるぜ、ヴィタリー!
警備隊のヤツらを全員倒す勢いで来い!」
「いいぜ!
やってやるぁ!」
何回もの組み合いをして、
アンドレだけでなく他の隊員たちも相手をして、
いつもなら疲れて終わらせるところを
ヴィタリーは日が落ちるまで剣を振っていた。
#
「ああ、ムキになってやりすぎた……」
疲れと体の痛みでヴィタリーは
早々に布団の上に転がっていた。
普段ならばこのあとも勉強したり、
商人が他の街から買ってきた本を読んだりするのだが、
そんな気にもなれない。
ベッドの上でゴロゴロしていると
遠くから狼の遠吠えが聞こえてくる。
「神殿の中にまで聞こえてくるってことは、
メグミが怖がってるかもしれないな」
とは思った。
だが自分の部屋から離れた神様――
メグミの寝室まで行く体力も残っていない。
そう感じたとき、部屋をノックする音がする。
「あ~、はいはい」
体を動かして痛いと言う代わりに返事した。
ドアの鍵を開けると、
案の定小さな神様のメグミが体を縮こませている。
遠目に見たら羊が後ろ足だけで歩いているようにも見えそうな、
もふもふの寝間着だ。
「ゔぃ、ヴィタリー……
あのさ――メェ!?」
要件を言う前に悲鳴が上がった。
ヴィタリーにもまた狼の遠吠えのようなものが聞こえている。
自分よりも耳がよく、
気配も魔力も感じやすいメグミならば
なおさら敏感に聞こえるだろう。
「まだ聞こえるな?
結界の周りをうろついてるのか?」
「うん……街の者からも相談があった。
最近声が聞こえるらしい。
でもまさか神殿にまで声が届くほど近づいてるなんて思わなかった……」
「とにかく入れ。寒いし体が痛いんだ」
メグミを部屋に招き入れると、
ヴィタリーはすぐにベッドに倒れた。
「体が痛いって。
夕方、日が沈み切るまでなにしてたんだ?」
「運動。机仕事しているとイライラするから」
「メェ……」
その答えで納得したのかそれ以上は聞かない。
代わりにヴィタリーの使ってるベッドの中にもぞもぞと入ってきた。
「メグミ、モンスターも獣も街中に入ってこないぞ」
「知ってる!」
「じゃあ、なんで俺の布団に入ってきたんだ?」
「襲ってこなくても怖いものは怖いメェ!」
布団越しに悲鳴のような声が聞こえてきた。
「まあ、メグミが怖がるのは分かるが……。
ビビりすぎだろ。警備隊だって見回りしてるし、
なんなら明日モンスター狩りの傭兵とか狩猟団とか雇うか?」
「魔術師にも結界の再確認を頼んで、
警備隊に呼びかけて、
街を出入りする商人に気をつけるように言って回って、
隣町から傭兵とか雇うかもって相談だけしておいて、
あとジョンの仕事探しも引き続き手伝ってやらないと」
「メグミ、やること今から考えてたらそっちで寝れなくなるぞ」
「神なんだから一晩くらい寝なくても大丈夫だメェ!」
「といっても元は羊だ。
同じように朝は起きて夜寝るって生活しろって言われてるだろう」
「うう、でもこれじゃ寝られないし……」
ヴィタリーはわざとらしく大きなため息をついて、
ベッドから立ち上がった。体がギシギシ言うがこのままでは睡眠場所をとられる。
「耳栓でも借りてくるか?
神殿の警備のひとかシームリャさんなら、
獣人用のも持ってそうだし――」
そう言って部屋を出ようとするが、その前に素早く服の裾を引っ張られた。
「いい、っていうか
どこにも行かずここにいてほしいメェ」
「それじゃメグミはどこで寝るんだ?
いやここか。なら俺はどこで寝ればいいんだ?」
「ヴィタリー……。いっしょに寝てほしい」
「しゃーない」
あまり迷わずに、でも渋々だと思われそうな返事をした。
ヴィタリーは部屋の明かりを消して自分もベッドの中に入る。
すでにメグミのおかげでとてもポカポカと暖かく感じる。
それ以上にヴィタリーの心が少し暖かい。
頭まで毛布に入れていたメグミがひょっこりと顔をだした。
先程まで文字通り狼に襲われる羊のような顔をして怯えていたのに、
今は仲間たちといっしょにいるように笑顔だ。
「なんだか小さな神殿にふたりだけだったころを思い出すメェね」
「急に元気になったじゃないか?
やっぱり部屋に戻ったらどうだ?」
「イヤだメェ」
ヴィタリーがそれを指摘すると
あからさまに不機嫌そうな顔を作って、
また布団の中に顔を入れた。
それでもメグミの口元がニヨニヨと緩んでいるのが分かってしまう。
(急に元気になったのは俺も同じか)
そう思って息を吐いた。
実のところ
メグミとこうしていっしょに寝るのは好きだったりもする。
メグミが神様になりたてのころは、
小さな神殿、小さなベッドにふたりでいっしょに寝ていたものだ。
今でこそ神様の力やご利益が溜まりやすいように、
お互い違う部屋で寝ることを決めているのだが、
たまにはこうしていっしょの布団に入ることもある。
だいたい一ヶ月に一度ほど。
この羊神様といっしょならば
布団がなくても平原の真ん中で寝られるかもしれない。
恥ずかしいし、メグミもたとえ話でも嫌がるので、
口には出さないがそう思っていた。
自分が守りたいもの。同時に守られたい存在。
それがヴィタリーにとってのメグミという神様だった。
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