3-2 ジョンのいた街はどんな街?
「終わったぁ~!」
夕方の鐘の音が聞こえてくると
ヴィタリーはため息とともに大きな声を上げた。
「お疲れサマデシタ」
「お疲れさま、ヴィタリーくん」
両手を大きくあげて『ん~』と伸びをするヴィタリーに、
ジョンとシームリャは優しく声をかけた。
「ジョンくんもありがとうございます。
おかげでいつもよりも進みましたよ」
シームリャは早速ヴィタリーの終わらせた仕事をまとめながら、
ジョンにも声をかけた。
「いえ……、ボクはなにも……」
「これだけ計算違いを見つけられてよく言うよ」
ヴィタリーは悔しそうな笑みを見せながら
終わった書類をポンポンと叩いた。
そこには字を消したあとと黒くなったパンが置いてある。
「ジョンくんが見てくれるおかげで、
わたくしも自分の仕事を余分に進めることができました。
ご自分の思っている以上に役に立ってますよ」
「そ、それならよかったデス……」
自分の労力に対して何倍もの褒め言葉をかけられた。
どうしていいか分からず、曖昧な返事を口にする。
同時に自分が役に立たないと思ってた技術が、
こんなにもひとの役に立っていることに
感動や驚きを覚える。
そのせいか胸が暖かくなってきた。
「あ~、やっと終わったメェ……。
果物屋のおばちゃんは話が長い……」
神様も小さな体を大きく体を伸ばしながらやってきた。
あちらも仕事を終えたようだ。
「お疲れサマデス、神サマ」「今日も一日ご苦労さまでした」
「うむ。シームリャ、
ヴィタリーの仕事っぷりはどうだメェ?
今日も計算ミスばっかりだったろう?」
「うっさい。
今日はそれをジョンに指摘されたんだよ」
ヴィタリーは不機嫌そうに目を細めて神様に言い返した。
同時に終わった仕事をずいっと神様に突きつける。
神様は反射的に書類を受け取り、目を通す。
「おお! 確かにちゃんと出来てる!
もしかしてジョンは語彙が豊かなうえに計算もできるメェ!?
これはヴィタリーに思わぬ好敵手の登場メェね」
「『こうてきしゅ』がなんなのか分からんが、
どう考えても俺が負けてるっての……」
ヴィタリーはメグミに文句を言いながら椅子から立ち上がり、
「ちょっとでかけてくる」
「どこに行くんデス?」
「運動だ。机の上の仕事をしていると動きたくなるんだ」
ジョンにそう言い残してヴィタリーは部屋を出ていった。
「ふむふむ、ジョンよ、
お金の計算をする仕事は思った以上にあるメェ。
そういうのに向いてるんじゃないか?」
「そ、そんな責任重大な仕事できマセンよ!」
ジョンはブンブンと両手を大げさに振って否定した。
自分にはそんな重大なことはできない。
もしもが起こったら怖いと感じている。
「そうだ、お金といえば、
ジョンのお金を見せてほしいメェ」
神様のふとした言葉に一瞬なんのことか分からなかったが、
「ああ、ここで使えなかった銀貨と銅貨デスね」
思い出したジョンはポケットの財布から硬貨を取り出した。
「シームリャ、これがどこのお金なのか分かるかメェ?」
かちゃりとメガネを直しながらシームリャが硬貨を見つめた。
それでも見づらいのかどんどん顔を近づけていく。
(し、シームリャサンって近いのが見えないの?
それとも遠いのが見えないの?
なんだか息がかかりそうなくらい近づいてくるんデスけど……)
ドキドキしながらそう思っているとシームリャはすーっと離れていき、
「これは最近神様がお熱の遺跡の
さらに向こうにある街のお金ですね。
書かれた文字がアーングリア語ですし、
この周辺でアーングリア語を使うのはあの街だけです。
確か『城壁の街』でしたね」
「遺跡……?
はちょっと分からないデスけど、
その『城壁の街』で違いはないデス。
シームリャサンはご存知なんデスか?」
「場所と呼び方だけは。
言葉が通じない上に名前通り高い城壁に囲まれてて、
空を飛んで上から見ることもできないことはないです。
実際に見に行ってしまうと、
大砲とかで撃ち落とされそうな雰囲気で……」
「物騒な感じがするメェ。
それにジョンの話を聞いてると
どうにも住みづらい印象があるメェ」
神様は間の悪そうに、
動きづらそうな様子を表現するように手足をバタバタさせた。
「城壁で守られてるので街にいて安心感はありマスよ。
確かにここと比べると厳しいルール――法令はありマス」
「だろう~。
こういうところって神様じゃなくて、
ひとの方が偉そうにしてることが多いメェ。
ジョンが城壁の街の神に会ったことがないって、
神のご利益を独占したい貴族とか神官たちが
庶民から遠ざけてるだけだメェ」
神様はヤレヤレと呆れたように肩をすくめて言った。
「確かに神サマの考え方とは真逆デスね」
「そんなことより、なにか特産品とかはある?
おいしそうな果物とか、
ここでしか食べられない料理とか。
あ、でも羊の肉を食べる料理はいらないメェ」
「やっぱりダメなんデスね。
最初にこの街で食事をしたときも、
羊の肉はないって言われマシた。
神サマが禁止してるって思ってましたが本当デシタね」
「当然だメェ!
地域によっては食べるって聞いて身の毛がよだつメェ……」
神様はわざとらしく寒気を感じているような動きをした。
両手を抱え、大きなコートに顔を引っ込めて、体をガクガク動かす。
「特産品デスか……。
食べ物とは違いマスが石の加工技術とか」
「それはいい!
ぜひとも城壁の街までの道作りをしたいと思ってたんだメェ!」
神様が目を輝かせてずいっと近づいてきた。
先日に硬貨を見せたときと同じ反応だ。
どんな手入れをしているのか分からないほど
白く透き通りそうな肌、
触ると心地よさを覚えそうなほっぺに、
牡羊座よりも輝く目が至近距離にある。
おまけにいい匂いだ。
おいしそう、とも表現できて、
大好きなペットといっしょにいるような気分にさせてくれる香りが、
もふもふの髪の毛から漂ってくる。
そんな状況にジョンの心臓は跳ね上がり、
激しく動き始めた。
「神様、遺跡の調査は?
そもそも城壁の街とここを繋ぐ道を作ってる最中なのでは?」
「ぐぬぬ、分身さえできれば……」
シームリャの指摘を受けて神様はジョンから離れた。
標的を取り逃した狩人のように悔しそうな顔になる。
羊だから狩られるほうなのだが。
「分身なんてできる神様は稀です。
こういうときはひとを使ってはいかがでしょう?」
「っても、そんな都合のいい人材が――」
「そこに未来有望で適切な人材がいるかと」
シームリャがいきなりジョンに目を向けた。
まるでジョンの肩には白羽の矢が立っているように見える顔だ。
白羽の矢が立つとは、
神様に捧げられるひとの家に立つものだと古代の小説に描かれていたが、
まさにそんな感じだと思いジョンは肩をビクリと振るえさせる。
「ぼ、ボクデスか!?」
「どうだメェ?
即採用とまではいかないが、
やってみたいというなら試用期間として働いてもいいメェ」
「えっと、ちょっと自信がないです……。
ボクはそんな古代文明に詳しいわけでは」
「考古学者に重要なのは知識ではなく、
好奇心だメェ。知識はあとでついてくるし、
ジョンならいっぱい覚えるメェ。
それにアンドレの言ってた『すもう』だっけ?
あれも調べる価値があるかもしれないメェ」
「ま、まだ、他の仕事を見てから、決めたいデス」
ジョンは目をそらしながら答えた。
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