mission78 星空を満喫せよ!
前回のあらすじ。
土曜にさらにみけとの予定が入って、教室で粉塵爆発が起きて。
ご当地アイドル、宮藤まなみに拉致された。
「…………俺、もしかして殺されるの?」
「なんで私がアンタを殺さなきゃいけないのよ!」
「いや、だって……さぁ」
怪しさしかない黒塗りの高級車に、オブラートを5重くらいに包んだとしても一般人とは言いがたい運転手。助手席にはこのご時世でもおかしいだろうに葉巻を口に咥えたいかついおっさんが乗っていて。
宮藤がいなければ、走行中の自動車から飛び降りた方がまだ安全な状況に陥っていた。
「ああ、びっくりさせてごめんねぇ。マナティがどうしても貴方に会いたいって言うから」
「ちょ、ど、どうしてもなんて言ってないでしょ!」
「あらあらぁ。恥ずかしがっちゃって」
言動と声と見た目がまるで合っていない。イラストレーターさんや声優に無茶ぶりするなよこのクソ会社が。
「この葉巻もハッタリだから許してねん」
「ハッタリで葉巻を装備している人になかなか心が許せないのですが……」
「まぁ、そのとおりね! じゃあこの葉巻は記念にあげるわん」
世界で一番いらないものをもらってしまった。後で太郎にやるか。
「で、宮藤は何の用なんだ」
「え、えっと……ほら、私って、急にすごく有名になっちゃったじゃない? それで、最近普通に歩いてると囲まれちゃって。あ、嫌ってわけじゃないのよ、ファンの人が来てくれるのって……嬉しいし」
昔なら「愚民に囲まれて困るわ、チョッロ! 人生チョッロ!」とでも言っていただろうに、随分成長したものだ。
「でも、道塞いだりして迷惑かけちゃうし。だから、最近はこうして社長に運転してもらってて」
「社長!?」
葉巻咥えてたおネエ言葉の人が社長じゃないのかよ!
「うん。私のために、わざわざ中古で中が見えない高級車っぽい車も買ってくれて……」
「あ、これ高級車でもないんだ」
っぽい車だった。
「って、そうじゃなくて! だから、普通に話そうと思ってもなかなか話せないから。それで家の前で待ってたの。悪い?」
「悪かないが……」
「じゃあ、いいじゃない」
良くもないが。暗がりで顔色がよく見えない宮藤は、こちらに視線を合わせずに続ける。
「ちょっと、アンタに話したいことがあって」
「ここじゃ駄目なのか?」
「社長達がいるじゃない」
達でまとめるな。あのもう一人のおっさんは何なんだよ。
「話しやすいところで、話せたらって」
「どこだよ」
「プラネタリウム」
言うほど話せるか? 静かにしなきゃいけない場所ランキングで割と上位に入ると思うが。
「一緒に、行きたいの」
だめ? と続けられた言葉に。
思わず頷いてしまったのは、前の席からの圧力があるからだと。
そう、思いたかった。
* * *
「あ、ここで椅子倒せるのね」
小規模なプラネタリウムは、観客の規模も小規模らしく。
俺達以外に客はまばらにしかいなかった。暗がりとサングラスが働いてか、アイドル・宮藤まなみに気づく人もいない。俺達に気を遣って離れたところに並んで座っている社長と誰かの方が余程注目を集めているくらいだった。
「で、話って?」
「……相変わらず情緒も何もない男ね。少しはこの空間を楽しみなさいよ」
「そうは言っても、もうそろそろ始まるだろうが」
「アンタ割と真面目なのね」
「聞いてると割と面白いしな」
「それはそうなんだけど」
俺も椅子を倒すと、宮藤はわざわざ体を横にしてこちらを向いた。
「一緒に寝てるみたいね」
「……実際そうだろ」
「うん」
それから少しの間、宮藤は黙ってこちらを見ていたが、見られている方としてはなんとなく居心地が悪い。
「……また、何かあったのか?」
「またって何よ」
「お前と話すときいつもなんかある気がするから」
「トラブルメーカーみたいに言わないでよ」
「まあ、お前よりもトラブルメーカーなのは心当たりがあるが」
箱森にはいつか罰が当たってほしい。俺を巻き込まない形で。
「あの、ね」
切り出す宮藤の唇は、化粧をしているのか、少し艶めかしい。
ふっくらとして、この暗がりでも光沢があるそれに、目が離せなくなる。
「明日、クイズ番組があって」
「…………ああ」
「お姉ちゃんと、共演することになったの」
お姉ちゃん。宮藤まなみのお姉ちゃんと言えば。
『宮藤さんがたまたま生放送中に失敗しちゃったことがあって、その時にお姉さんが乱入っていうか、助けに入ったらお姉さんのキャラが大受けして。最初は宮藤さんとセットだったんだけど、いつの間にかお姉さんばかりが出るようになって、宮藤さんはあんまりテレビで見なくなって……』
宮藤が引退を考えるほどになった、偶然できた、目の上のたんこぶのような存在。
「お姉ちゃんも、お父さんもお母さんも喜んでくれて。私も、お姉ちゃん好きだし……離れて、頑張って、それで。一緒に共演できて、嬉しいんだけど」
怖い。
シンプルなその言葉を宮藤が言って。何か返そうとしたその瞬間。
ブザーが鳴って、アナウンスが流れ始めた。視線を上に移せば、天井に映し出された星空がゆっくりと回り始める。
それに、何を言おうとしたのかも忘れてしまい、しばらくナレーションが流れるのをただ聞いて。
横を見れば、宮藤は何も見ていなかった。
まだ体を横にしたまま、下を向いて、震えて。
星空が映す光の中で、彼女の滴がそれを反射している。
「……………………ぁ」
それを指で拭うと、こちらと目が合う。
濡れた瞳は、縋り付くようにこちらを見ていて。
「宮藤」
小さく、星空を指さして。
「あの星は……ベガって言って」
『こちらに見えるのが、アルタイルです』
間違えた。
「違うじゃない」
「星なんてどれも似たようなもんだろ」
「プラネタリウムに来て言う言葉じゃないわよ」
「ともかく」
せっかくの話を忘れそうだ。
「あの、七夕の織姫と彦星がベガとアルタイルなんだってさ」
「デネブは?」
「カササギって鳥なんだと」
「鳥……?」
「なんでも、織姫と彦星が会えるように橋を架ける神様的なもんらしい」
「ふぅん。それで」
「いや、損な役割だなって」
「えぇ……」
宮藤が引いた。
「神様をそんなふうに言うんじゃないわよ」
「いや、だってそうだろ? わざわざカップルのために1年に1回橋架けてイチャイチャするの見にゃならんのだから」
「ロマンチックの欠片もないわね」
「でも、俺はそっちの方が好きなんだよ」
ベガとアルタイルが人で、有名な悲恋の伝説があって。それでも年1回会える幸福があって。
デネブは鳥で、二人より有名度は落ちて、見守るために橋を架けるだけ。
それでも。
「俺は地味でも頑張っている奴の方が、応援したくなるんだよ」
もう一度、彼女の方を見れば。
その瞳から、もう涙は流れていなかった。
『デネブはギリシャ神話で、ゼウスが白鳥に変身した姿と言われています』
ん、ゼウスってめちゃくちゃ有名で強い感じの神様じゃなかったっけ。
『大変美しいスパルタ王妃のレダに惹かれたゼウスは白鳥となって、裸で水浴びをしている彼女の元へ舞い降ります』
「ゼウス!」
つい突っ込んでしまった。大声にならなくて良かった。
『そしてレダはゼウスと関係を持ち、二つの卵を産むのです』
「人妻!」
ゼウスもレダも何やってるんだよ。あと、ゼウスが白鳥なのに関係を持って、レダが二つの卵を……? 気になりすぎて星空に集中できねぇよ畜生!
「アンタはデネブが好きなんだっけ」
「今の話で嫌いになった」
「すぐに嫌いになるんじゃないわよ」
言いながら、宮藤は笑う。もう、視線はこちらを向いてはいない。
「そうね。アンタは地味でも頑張っている奴が好きなんだもんね」
「そうだよ」
少し眠くなってきた。ここのところ色々あって気疲れしていたし、プラネタリウムの音楽とナレーションはどうしても眠気を誘う。
「断じて鳥になって人妻と関係持つ奴が好きなわけじゃないからな」
「分かってるわよ」
大きなあくびとともに、自然と瞼が重くなる。
「分かってるわよ」
宮藤がそう言って、星空が遠くなって。
何か聞こえた気がして、もう返事は曖昧にしかできなくて。
「ばーか」
突かれた頬に反応することもできず、瞼の後ろの星空の光を淡く感じて。
そのまま、力が抜けていくのに身を任せてしまえば。
次に頬に触れた何かに、気づくことはできなかった。
お読みいただきありがとうございました!
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