mission83 そして、雨は上がる。
「……これでいいのか?」
「うん……」
明日の朝まで、限定の恋人である春日野みけのと。
俺は、映画を見ていた。
「この映画きっと面白くないぞ……」
「最初からそんなこと言わないのっ。ほーちゃんは本当にホラーが嫌いなんだから」
この世界のホラー映画がどんなものかは分からないが、こんな謎の声が響き渡る中で見るものでないことは確かだ。というか、あの謎の声が響いてるだけで怖い。みけは怖くないのかよ。
ちらりとみけの方を見ると、視線が合った。何も言わずに、こちらを見ている。
「ほーちゃん」
「……どうした、みけ」
「くっついて、いい?」
「まあ……少し、なら」
ソファに座りながら、お尻だけ動かしてみけが移動して。俺の左腕にくっつくくらいの位置に来た。触れたところが、いつもより固くなっていて。みけの緊張が伝わってくる。そう緊張されると、俺が緊張してくるんだけど。
『キャーッ!』
「うわっ!」
「あははっ!」
みけは平気なのかよ……。割とこの映画怖いぞ。
「ほーちゃんは、昔から怖いの苦手だよね」
「人間苦手なものがひとつやふたつはあるようにできてるんだよ」
「そうだね。虫も苦手だし」
「まだ二つ目だから問題ないだろ」
「自分の恋愛も苦手だし」
「それは……」
苦手というか、相手がいないだけというか……まあ、苦手か。
「でも、怖いの苦手なのに……夜の学校に、太郎助けに行ったんだよね」
「なんで知ってるんだよ」
「太郎から聞いたの」
「あのおしゃべりが……」
「他にも色々聞いたよ。みけのが熱出していけなかった夏祭りの時、鼻緒切れて困っていたらほーちゃんがおんぶしてくれた話とか」
「あったな、そんなこと」
「うん。その後、みけのにもお土産買ってきてくれて」
「まあ……祭りって、行けないと悲しいだろうし」
「ほーちゃんは……優しいよね」
画面の中では、感染症に冒されてゾンビ化した男優を、女優が優しく抱きしめている。
「そんなことないだろ」
「あるよ」
優しく、抱きしめて。
「いっぱい……あるよ」
愛を、ささやいている。
「みけのがキーホルダーなくした時に探してくれた」
「野球くんが不良に絡まれていたら助けてあげてた」
「宮藤さんが泣いていたら家まで送ってあげてた」
「太郎が七並べでいじわるしてたらちゃんと助けてくれた」
「プールでみけののこと可愛いって言ってくれた」
「いつも良い子って、みけののこと褒めてくれた」
「ぴよちゃんとまた話せるように話してくれた」
「すみちゃんが一人でいたら気にして、ハンバーガー屋さん一緒に行ってあげてた」
「ボランティア活動、面倒って言う人も多いのにすごく頑張ってた」
「一緒に遊ぶとき、遅れちゃったけどすごい汗かいて走ってきてくれた」
ぽつり、ぽつりと。雨が降るように、呟いて。
「いっぱい、いっぱい。数えられないくらい、あって。そんなの、好きにならない方がおかしいよ……っ!」
あの日、俺のことを好きだと告白したみけのに。
俺が……冷たく言った言葉に、返すように。
『そう言うなら……理由を教えてくれよ』
『俺が一番近くにいたから、そう思っただけだよ。勘違いだ』
どうにかして、その言葉を否定するように。
「柔らかくて、ふわふわの金髪も……ちょっと可愛い感じの顔も。ぶっきらぼうなのに、ちゃんと見ていてくれて、優しいところも」
涙が落ちるのと、同時に。
「全部、だいすき……だいすき、だよ……っ!」
今できる、みけの精一杯の愛情表現に。
「……みけのが、最初にすきだった。みけのが、一番ほーちゃんのこと知ってて。みけのが……一番、ほーちゃんをすきで。誰より、知ってて。今だって、ずっと…………だいすきで、ずっと」
一日限りの恋人役だというのに、返せる言葉は何も、なくて。
せめて。
「ありがとう……」
この前振りほどいてしまった手を、握って。
一度唇を噛んでから、みけの方は見ずに。伝える。
「ずっと、見ていてくれて……ありがとう」
この世界で、俺が……古井戸ほまれというキャラクターじゃなく、俺が頑張ってきたことを、言ってくれたから。
『……君のことは、忘れないよ』
画面から目を離して、みけの方を見れば。
今度は――――目が、合わなかった。
「ほーちゃん…………ほーちゃん……」
その後、泣き疲れて眠ってしまったみけは、そのままこちらにもたれかかって、その頭は滑り落ちて。俺の膝に乗ってきた。
自然とその頭に手を置いて、滑らせる。それを、繰り返して。繰り返して。
『よーし、無事に映画が完成したぞー! いえーい!』
画面の中では、死んだはずの男優も、あれほど泣いていた女優もみんな笑顔で手を繋いでいて。
「劇中劇オチかよ…………」
テレビの電源を切り、みけの顔を見て、天を仰ぐ。
「あー……………………」
雨は、夜のうちに止んでいた。
◇ ◇ ◇
「じゃ、帰るな」
「うん」
翌朝。この時代に衣類乾燥機があった春日野家に感謝をしつつ、無事に乾いた衣服を身にまとった。うん。服ってタオルよりも優れているもんだな。知っているようで知らなかった。
「ほーちゃん」
「うん」
玄関まで見送ってくれたみけは、恋人ではもうなく。
映画を見ただけで、恋人らしい時間なんてほとんどなく、終わった。
「まだ、朝だから……その、ほっぺだったら、いい?」
その言葉から思い浮かぶのは、昨日の風呂場のことで。
「まあ……外国人も、するしな」
「うん。昨日の映画でもしてたから」
昨日、アホのカッスを誤魔化すためとはいえ、自分からしてしまったから。断る理由としては薄かった。
「じゃあ、最後に」
「うん……最後だから」
瞳を瞑る。顔を近づけたのか、みけの熱が近くに伝わってきて。
少し当たる髪はこそばゆくて。吐息は、妙に熱くて。
「え――――?」
唇に、柔らかな感触が掠めた。
「これでおしまいっ! バイバイっ、ほーちゃん」
言って、微笑んだみけの瞳からは。
滴が一筋流れて。
扉を開ければ、澄み切った青空が広がっていた。
お読みいただきありがとうございました!
ほまれと春日野みけの編でしたが、少しでもみけのを可愛いと思って頂ければ幸いです。




