mission81 土砂降りの、中で。
「来てくれたのは嬉しいけど、この天気じゃ出かけられないよぉ」
泣き笑いのような顔で、みけは言う。
それはそうだ。どこに行くかも言われてはいなかったが、この土砂降りの中で出かけようと思う人間はいないだろう。
それでも。
「まぁ……約束してたからな」
ギャルゲーにおいて、大事なイベントかもしれないから守った。ただ、それだけだ。
「それじゃ、帰るわ」
「え、ま、待って!」
俺が踵を返すより早く、みけは俺の腕を掴む。
「そんなにびしょ濡れじゃ……風邪引いちゃうし」
「いや、だから家に帰って」
近所だからあと少しだし、みけの家に居座る理由も。
『オロローンオロローン』
「ほら、あめふらしも来ちゃったし」
「あめふらし!?」
確かにめちゃくちゃでかくてキモい謎の声は聞こえたけども! そんなファンタジーな設定いきなり出てくるか!?
『恐ろしいぷんねぇ。ちょっとちびってしまったぷん』
『ああ、ファンタジーな設定はあるか……うん、トイレ行けよ』
カッスはともかく。
「みけ、その……あめふらしっていうのは」
「あめふらしっていうのはね、雨を降らせる妖怪で……見た方が早いかな?」
開けてほしくもない玄関の扉が開けられた。
「ほら、あの動いてるの」
「もういい。閉めよう」
あのウミウシみたいな巨体も、それが吐き出していた紫色の液体も。もう何も考えたくない。
「そ、その、だから。今出ると危ないから……今日は、家に」
泊まっていかない?
そんなみけの、小さな声は。
あの、あめふらしを見た後じゃなければ、もっと別の気持ちで聞けただろうに。
◇ ◇ ◇
「ほーちゃん、みけののシャンプーとか使っていいからねっ!」
顔を赤らめて押し込まれた風呂には、家族それぞれでメーカーが異なっているシャンプーやコンディショナーが並んでいた。みけのはどれだよ。
「みけ、これどれ使えばいいんだ?」
「えっと……みけののは、緑色の透明なのだよ」
緑色の透明なのは3つあった。
「みけ……緑色の透明なやつのうちの、黒字の文字が書いてあるのと、出るとこが白いのと、あとなんか猫みたいな絵が後ろにあるののどれだ?」
「あ、猫みたいな絵が描いてあるのっ!」
これか。ようやく分かった。みけに言われたものを手に取ると、後ろからもう一つ緑色の透明なやつで猫みたいな絵が描いてあるのが出てきた。両方使いかけ……もういいや、適当に出して使おう。
『ぷーん、人の家のお風呂もなかなか心地良いぷんねぇ』
「お前さっき漏らした後、ちゃんと洗ってから入ったんだよな。そうだよな!?」
「ほーちゃん何かあったー?」
「あー、大丈夫。虫がいただけだ」
しかし、自分が思っていた以上に体が冷えていたらしい。夏だからと油断していたが……染みこむような暖かさに自然と息をつく。
『生き返るぷんねぇ。一日の疲れが根こそぎ取れていくようぷん』
『お前は何もしてないくせに……』
『お前だって楽しい思いしてたぷん』
『どこがだよ』
『桐生すみれとデートして、箱森ひより含めて相合い傘して、春日野みけのの家で風呂に入ってるぷん。おまけにこの前は宮藤まなみとキスしてたぷん』
『さらっと嘘混ぜてんじゃねぇよ』
プラネタリウムには行ったがおっさん付きだったし、箱森は事故みたいなもんだっただろうが。
『太郎より良い感じになってどうするぷん』
『良い感じも何も誘われたから行ってるだけで……』
言いながらも、それは実感していたところだった。
最近、一人での活動も多くて太郎をきちんと見ることができていない。スライドで本命になった綾咲かなえが二学期からのキャラだとしても……俺ばかりがゲームキャラと一緒にいることに違和感はある。
『太郎が何してるのか……お前は把握してるのか?』
『我はお前と一緒にいたから何も知らないぷん』
『このゴミが……』
『最近罵倒が直接的になってきてないかぷん!?』
また攻略本も読んでおかないとな……綾咲のこともちゃんと調べて……あと、太郎のステータスを確認して……フラグも今度……それから――――。
「ほーちゃんっ!?」
みけの叫ぶような声で目を覚ました。危ねぇ……寝てたのか。危うく死んでよくわからんエンディングを迎えるところだった。
『ガボゴボガボ』
「お前も寝てたのかよっ!」
「えぇっ!?」
カッスはとりあえず投げ飛ばして陸には出たから、多分なんとかなるだろう。
「み、みけのは寝てないよ」
「ああ……悪い。寝起きで混乱していたみたいだ」
と、急に立ち上がったせいか視界が歪んだ。壁に右手をついて、滑って。慌てて支えようとしたみけの肩に頭が乗る。
「あ……ごめん」
「いいよっ! 全然。それより、大丈夫?」
「ああ……ちょっと、湯あたりでもしたかな」
目を何回か閉じて開ければ、少し意識が持ち直した気がする。
「ごめん、みけ。濡れたな」
「う、ううん。私も……1時間くらい経ってて、呼んでも声しなかったから。勝手に入っちゃって、ごめんね」
かなり待ってもらっていたのか。悪いことをした……と、ぼんやりとみけの顔を見ていたが、やけに赤いことに気付く。
そういえば、俺は湯船につかっていて。ということは。上も、下も。
「あ、わ、私。それじゃあ」
そのまま、みけは風呂場から立ち去ろうとして。
『グァゲボァッ!?』
そのへんに投げ捨てられていたカッスを踏んで足を滑らし。
「きゃあっ!?」
「うわっ!」
音を立てて、風呂の水が跳ね。浴槽から手を伸ばして受け止めた俺もバランスを崩して。
「痛ってて……」
「ぁ…………」
なんとか抱き留めたものの、右腕を思いきり強打した。恨むからな、カッス。
「ほー、ちゃん……」
衝撃に思わず瞑った瞳を開けてみれば、思いのほかみけの顔が近くて。
被ってしまったお湯が、彼女の髪から滴り落ちる。
その、瞬間に。
柔らかな感触が、唇を掠めた。
お読みいただきありがとうございました!
風呂場で足を滑らせたりバランスを崩したかどうなるかを確かめにお風呂掃除に行ってきました。
取材……?




