mission80 土砂降りの中で選択せよ!
もう一周水族館を見て回り、外に出てみれば。
「めっちゃ雨!」
「土砂降りだね……」
朝の晴天が嘘のような雨が降っていた。なんだこの天気は。
「ミュージアムショップで傘買って帰ろっか」
「そうだな。こういう時、傘も売ってるからありがたいな」
と、ミュージアムショップに戻ってみれば。考えることは皆同じなのかビニール傘は売り切れ、魚達の柄のまともな傘も売り切れ、開くとクラゲ達が子供用のメリーのようにぶら下がる傘しか残っていなかった。しかも。
「最後の一本、だね」
相合傘を悪くいう気はないが、傘くらいは選びたかった。
『ぷぷーっ! バカみたいな傘に入るのにお似合いの顔だぷん!』
『お前はイルカと一緒に泳いどけよ』
バカみたいなカッスはともかく。
「差したはいいものの、もう傘の意味ないかも……」
「それでも、ないよりマシかもしれんから、桐生は入っとけよ」
「ほーちゃんも」
割とでかいから二人入るのは余裕とはいえ、こんな傘に入るのはと言っても桐生は納得してくれず。何回か入って別にいいよとやりとりして、距離も詰められて腕まで取られれば、断る理由は弱くなっていった。
腕まで、取られれば?
いつのまにか、俺の腕に回された腕は桐生としても勢いでしてしまったものらしく。距離を詰めるために仕方なくされたそれは、離されることなく、俺達は歩みを進めていた。
が。
「ひょわぁぁあああ! ほ、ほーちゃんに、すーちゃん! 入れてぇぇぇ!」
「うわぁぁあああ!? って、妖怪かと思ったら、箱森じゃねぇか!」
俺達よりずぶ濡れになって雨女というよりは海坊主のようになっていた箱森は迷わず傘に入ってきた。触れただけでめちゃくちゃに服が濡れる。お前は少し遠慮しろよ。
「は、鼻水もめっぢゃ出ちゃって、ほーちゃんティッジュありゅ?」
「いやお前そんくらい自分でなんとか」
言いかけて、箱森を見れば両手で花を抱えている。そういや、明日の墓参りの花を買いに行くとか言ってたな。
「仕方ねぇな……」
傘の持ち手を桐生に預けて、鞄からティッシュを出し、受け取ることもできない箱森の代わりに、そのまま鼻をかんでやる。
「赤ちゃんかお前は……」
「だってぇ……こんなに降ると思わなくって」
涙なのか雨なのか鼻水なのか分からないが、びしょびしょになっている顔もハンカチで適当に拭いてやってようやく落ち着いた。製作陣は何を考えて箱森をこんなキャラにしたんだよ……。
「私達もこんなに降ると思わなくてびっくりしちゃった。ぴよちゃんも災難だったね」
「すーちゃん優しい……好き……」
俺も大分優しくしたはずだが。
「箱森は墓参りの花買いに行ってたんだな」
「うん! みけちゃんと赤来戸くんと行ってきたんだ。二人は結構前に帰ったはずだから大丈夫だと思うけど……」
「お前はこんなところで何してたんだよ?」
「え? 占いのラッキースポットが水族館だったから……」
「なんでそんな無駄にアクティブなんだよ……」
そして、ラッキースポットに行こうとしてこんな雨に襲われたところを見ると、アンラッキー以外の何者でもなさそうだが。
「お願いっ! この雨を鎮めるために一緒に水族館に」
「行かねぇよ! 帰るところなんだよ!」
目的違ってきてるじゃねぇか。あと、ラッキースポット如きで雨が止んでたまるか。
「でも、さっき帰る時に見たら今日はこの雨で早く閉まるみたいだったよ。ぴよちゃんも帰った方がいいんじゃないかな?」
さすが桐生。ナイスアシストだ。
「そ、そんな……じゃあ、私はどうすれば……」
「家に帰れよ」
なんで思考停止するんだよ。道は一つしかないだろうが。
「ほら、この傘と雨で水族館みたいなもんだ。これで我慢しろ」
「えぇ……私、妥協したくない」
「ゴミみたいなわがまま言うな」
「ゴ、ゴミって言った! すごい悪口っ!」
今すぐ放り出したくなった。なんなんだよコイツは。箱森と桐生にサンドイッチされて歩いているが、箱森が濡れているせいで右側がやたらと濡れるし、文句多いし……。
「ほら、お花もあるし。今日はお家帰ろ、ね」
「……うん、すーちゃんがそう言うなら」
桐生の言うことなら聞くのかよ。相変わらずカースト上位に弱いな。
「あー、それにしても雨すごいね。明日晴れるかな」
「お墓参り行くんだっけ?」
「そうそう。ね、ほーちゃん」
俺に振るな。桐生が変な目で見るだろうが。
「太郎と笹川も一緒だけどな」
「そ、そっか……四人で、行くんだね。そっか」
「うん、私のお母さんのお墓参りでね……」
そういえば。
桐生も箱森も母親がいないんだっけ。いつの間に仲良くなったかは知らないが、そうした共通点もあってのことなのかもしれない。箱森が例の偶数でないといけない墓の話をしていると、本屋こと箱森の家に着いた。
「ありがとう。偶然二人に会えて良かったー! あれ、二人に?」
やめろ、今更気付くな。面倒くさい。
「箱森、花を早く処理しないと大変なことになるぞ」
「あ、そうだった! じゃあね、二人ともっ! ん……二人?」
疑問を口にしながら家に入っていった。頼むからややこしくするなよ。
「悪かったな、桐生。じゃあ、桐生ん家行くか」
「うん……」
腕に込められる力が、少しだけ強くなった。
水族館を出て以降、ずっと組まれている腕も、触れている体も。雨の中なのに、そこだけは温かくて。
「桐生を送ったら……この傘に一人で入らなきゃいけないのか」
嘆息する俺に、桐生は笑う。
「可愛いよ?」
「俺が可愛くないんだよ」
「……可愛いよ」
「どこがだよ……」
「そういうところ」
そのまま、雨音だけを聞いて、歩いて。桐生の家に着けば。
「もう川じゃねぇかっ!」
「雨すごいね…」
帰ろうとする俺を引き止めて、タオルを持ってきてくれた桐生もあれからさらに酷くなった雨に心底驚いていた。
「ごめんね……私が引き止めちゃったから」
「いや、タオルはすごく助かった」
箱森のせいで風邪を引くところだったから、それは助かった。
けれど。
「また濡れそうだな……」
「ね、ねぇ。ほーちゃん」
桐生は、俺の服の裾を掴んで。
「もう、遅くなってきたし、この天気だし。よかったら」
その先の、言葉を聞いて。この前泊まったばかりのこの家に泊まることに、そんなに抵抗感もないのに。
『じゃあ、夕方でも、夜でも。いつでもいいから。出かけたいところが……あって』
『……戻ったら、連絡する』
みけとの、そのやりとりを。
『うん……待ってる』
あの、縋り付くような声を思い出して。
川のようになっている外を見て、掴まれて、引っ張られているような服の感触は温かいのに、冷たく振り続ける雨を見て。
「悪い、桐生」
立ち上がって、服を掴んだいた桐生の指が、その力が、静かに離れていくのを感じて。
俺が使うには、アホみたいな傘をーー差した。
「今日は、帰るよ」
言って、走り出す。
冠水しているから、足はとられるし、さっきタオルで拭いたところがまたひどく濡れていくのに。
「本っ当……この製作陣は、バカみたいなところばっかリアルに寄せて作りやがって」
文句を言いながら。
走って、走って。
「みけっ!」
インターフォンを鳴らして、その声を待つ。
「ほーちゃん……?」
桐生と入っていた、アホみたいな傘は、閉じて。
「約束どおり、来たぞ」
全身から水を滴らせて、箱森以上に妖怪みたいな見た目になっているだろう俺を見て。
「ほーちゃん……」
春日野みけのは、嬉しそうに笑った。
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