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わが『妹』に会いに行く話


 高校生活は長い人生のうちたった三年しかない。

 しかしその三年のうちで、人は大きく成長し、その後の人生を左右するようになる。

 進学校なら勉強量でその先の未来が決まるだろう。

 専門的な学校なら自分の研究次第で就ける職業が違ってくるだろう。

 そう、そんな大切な日常なのだから、うすぼんやり過ごしている暇はないのである。

 通常ならば。

 

 これは、うすぼんやりとして過ごしていた、俺への罰なのだろうか。

 そう思えるほど。

 妹と俺は、仲が悪かった。


 ※※※※※※※※


 浅倉家の朝は早い。

 朝食を用意するのも俺の役目である。

 俺は軽い目玉焼きとご飯を用意すると妹に声をかける。

 「出来たぞ」

 「……」


 妹は「いただきます」とだけ言うと席につき、さっそく食事を始めた。

 俺はそれを慣れた光景として諦めて食事につく。

 自分で言うのもなんだが中々の味だ。

 やがてテレビのニュースが午前7時を指す。


 通学の時間。

 俺達兄妹は同じ高校に通っており、それが家からけっこう遠いところに位置しているので、いつも早めに家を出なければならない。

 だが妹は俺と一諸に登校するなど地獄に堕ちるにも等しい罰だと考えているようで……


 「じゃあ、いつも通り五分後に出てよね」

 食事を終え、支度をし終えた妹は、顔に嫌悪をにじませながら言う。


 はいはい、言われなくても分かってますよ。

 「ふん」

 そういって妹は扉を開け、高校に向かっていった。

 俺はその五分を軽くテレビを見たり、スマホをいじったりするのに費やした。


 そろそろ頃合いだと考え、俺も玄関を出る。

 鍵を閉め、冷たい冷気に体を震わせながら通学路を行く。

 妹の姿はもうどこにもなかった。

 「ほお」と息を吐いた俺の歩調は速い。


 しばらく行くと、同じ制服を着た集団に出くわした。

 彼等も同じ高校の生徒だ。

 仲良さそうに通う奴等を恨めしく思ったりしていなくもない。

 さりげなく彼等を避けて道を行くと


 「お、けんやじゃん」

 ……声をかけられたくない奴にかけられてしまった。

 「おーい!!け・ん・や!! 」

 こんな近距離で大声を出さなくても分かっている。

 「……なんだよ」

 「一諸に行こうぜ」


 そうやってぽんと肩を叩いてきたのは東ケイ。

 俺の一応――友達?ということになるのか。

 とにかく朝から絡みたくない奴ではある。


 何故かと言うと……

 「けんやさん、どうかしたんですか?」

 ケイの横に、腕を絡ませて立っている女。

 きちんと制服を着こなし、むしろ長いくらいにスカートをはいている。

 丸顔の、そこそこかわいらしい美女と言えるだろう。

 そんな彼女がブ男と言っていいケイとにこやかに並んで立っている。


 これはどういうわけか。

 「ねえ、お兄ちゃん、けんやさん、元気がなさそうですよ」

 「ほんとにどうしたんだ、けんや」


 そうやって仲良さそうに顔を見合わせる二人。

 そう。

 一見正反対の二人だが、彼等は実は兄妹なのだ。

 しかもかなり仲が良い。

 どこかの兄妹とは違って。


 ……そのテンションが羨ましいから声をかけられたくなかったとかいうわけじゃないぞ。

 「ねえ、お兄ちゃん、どうしたんでしょうね」

 「なあ、どうしたんだろうな」


 一応体裁としては俺の身を案じていることになるのだろうが、傍から見るとただのラブラブのバカップルである。

 「……暑苦しいな、お前ら」

 「暑苦しい? あたしはただ、お兄ちゃんへの溢れる愛が止められないだけですよ」

 「そうだ。俺はただかわいらしい妹への愛が止められないだけだぞ」


 バカだ。

 完全なバカである。


 俺は二人の熱気にあてられ、ひいていく自分を感じていた。

 しかし遠いな、高校。

 こいつらといると時間の経過がいつもの倍に感じる。


 「ねえ、お兄ちゃん」

 「なあ、妹よ」


 二人のバカ会話はまだ続く。

 やがてぞろぞろと道を埋めていく高校生達。

 その波に乗るようにしていると、なかなかに立派な、大きな門が見えてきた。

 俺達が通う、私立西院高校の鉄門だ。

 生活指導の大滝という教師が、その鋭い眼光を生徒達に向けている。

 「ほら、早く入れ、お前ら」


 歩みののろい学生達に喝を入れている。

 当然その矛先は俺達にも向けられるが……


 「おい、お前ら……」


 ちょっと諦め気味で言う大滝。

 歴戦の猛者を前にしても、まったくゆるぐことのない東兄妹は……


 「あ、先生。おはようございます!! 」

 「おはようございます。先生!! 」


 にこやかに挨拶をする二人。

 これだけなら爽やかな二人だが、仲睦まじく両腕を絡ませているのでそれも台無しである。


 「ねえ、お兄ちゃん」

 「なんだ、妹よ」

 ほんと、どこかの兄妹とは大違いだ。


 「お、おお……」


 大滝ももううんざりしているのか「さ、さっさと入れ」とだけ言って他の生徒の指導に当たる。

 その背中には、心なしか、哀愁が漂っている。


 俺はこのよわい40を超えた中年男性に気の毒な思いを抱きながら、その門をくぐった。

 東兄妹のバカっプルぶりはしかしまだ続く。


 「ああ、妹よ」

 「おお、お兄ちゃん」

 「ああ、妹よ」

 「おお、お兄ちゃん」


 二人でロミオとジュリエットをやっている。

 

 お前ら同じ苗字だろうが。

 

「馬鹿なことやってないで早くいくぞ」

 俺はそんな二人を無理やり引きはがすと、兄の方を教室に引きずっていく。

 そう、恐ろしいことにこの妹馬鹿は俺と同じクラスなのである。

 「もう、大胆だなあ、けんやは」

 やっと一人で立てるようになったケイがそんな身の毛のよだつことを言う。


 「お前らが異常なだけだ」

 「お前のとこの兄妹もいい勝負だと思うけどね」


 二人して教室に入り、そのまま席につく。

 ちなみにケイの席は俺の丁度前なので、つくづく絡みづらい人間である。


 「どうして?」

 「そんなに仲の悪い兄妹も珍しいって話」


 ケイが心底噛みしめるように言う。

 俺はため息をついた。

 「兄妹ねえ……」

 もう既に他人という感じなんだがな、あいつは。


 そんな会話をしながら、俺達は一時限目の用意に入った。


 ※※※※※※※※※※


 いつも通りの授業を終え、そのまま帰途につく俺。

 部活に入っていないので、帰りはいつも早い。

 ちなみに妹ラブのケイはと言うと、どこか二人で出かけるところがあるとかで、さっさと教室を飛び出していった。


 まあ、その方が楽に帰れるというもんだ。

 同じように何の部活にも入っていない生徒達に混じって家路を辿る。

 もう季節は冬に入りかかっていて、そのせいか天は冷気を存分にふりまいていた。

 吐く息が白いことにテンションが若干あがる高校2年生。

 家に着いたのは昨日と同じく午後5時頃だった。


 「ただいま」に対する返事は相も変わらずない。

 てっきりまた無視されているのかと思ったが、リビングの扉をあけても誰もいなかったのでどうやらそういうわけではなさそうだ。

 まあ、妹のことだ、大方どこかへ男友達と一諸に遊びにいったりしているんだろう。

 あいつのことを気にするだけ損というものだ。

 俺は自分にそう言い聞かせるとそのままリビングに入り、丁度昨日から出し始めたこたつに足を入れた。


 両腕をまくらにして寝転ぶ。

 これが中々に気持ちいい。

 余計なことを全て忘れて、快楽の中へ……

 そんな感じで2ー3時間は過ごしていたのだろうか。

 いきなり耳元で声が聞こえた。


 かと思うと顔面に強烈な衝撃が走る。

 「ぐわっ!!」

 「いつまで寝てんのよ、このぐうたら」


 妹だった。

 実の妹が寝ている兄に対して顔面キックかましてきやがった。

 「お前……」

 俺が抗議の声をあげようとすると妹が逆に怒って


 「あのねえ、今日はあんたが食事当番のはずでしょ。なにサボって寝てんのよ」

 そういってねめつけてくる。

 俺はこたつから起き上がると妹に見下ろされるようなかっこうで

 「それは……というか」


 当番制といいながら、いつも俺に押し付けているのはお前じゃないか。

 そういってやろうかと身構えた時


 「ま、いいわ。あんたなんかに始めから期待していないから。」

 そう言うと、手のひらをこちらに突き出してくる。


 「……なんだよ」

 「食事代よ。適当に外で済ませてくるから、食事代をよこしなさい」

 「なんで俺が……」

 「あんたの責任でしょうが」


 確かに今日は俺が悪いのかもしれない。

 だが、たかが睡魔に襲われて食事を用意するのが遅れただけで、なんでこんなにせめられなきゃならんのだ。

 こいつは……

 「っ!? ……てめえ」

 「なに? なにか文句でもあんの? 」


 冷たい視線。

 実の兄に向ける目線ではない。

 俺はその視線にたじろいで

 「……ほらよ」


 カバンから財布を取り出すと、そのまま二三枚諭吉を抜き出して手のひらにたたきつけた。

 「ふんっ」

 妹はそれだけ呟くとさっさとリビングを出ていく。

 俺はその後ろ姿を見ながら、やはりこいつは「他人」も同然の存在なのだと認識しはじめていた。

 情の通った兄妹のやりとりではない。


 こういう時は、相手をてってい的に自分と関係ないものだと思いこむことに限る。

 でないと精神がもたないから。

 俺は頭をふりふり、自分にそう言い聞かせると立ち上がり。

 自分用に、簡単な食事を作り始めていた。


 ※※※※※※※※※※


 その夜。

 妹はいつの間にか食事を済ませて帰ってきていたが俺を当然のように無視するとそのまま二階へあがっていく。

 こっちはこっちではらわたが煮えくりかえりそうなほど怒りに駆られていたので完全無視。

 もう兄妹なんていっていられる間柄でもない。

 テレビをつけて、ぼーっと観賞にふける。

 何がそんなに面白いのか、芸人たちが盛んにリアクションを取っているバラエティが映っていた。


 特に笑いどころもなさそうなのに、効果音だけはこれ以上ないほどの盛り上がりを示している。

 俺はテレビをつけっぱなしにしながら、スマホをぼーっといじくり始めた。

 特にやることがない時はいつもこうしている。

 ネットで今見ているテレビの反応を確かめたりするのもその一つだ。


 予想通り、みんなつまらないつまらないと言いながら、けっこう真剣に番組を考察していた。

 そんな様子に苦笑しながらも、俺はテレビを見続ける。


 そうして何時間か経った頃だろうか。

 「げっ」

 という顔をして、妹がリビングに入ってきた。


 なんだよ、「げっ」って。

 同じ家族なんだからリビングでくつろいでいたって不思議はないだろうが……

 というかよくそんな心底いやそうな顔をできるよなお前。

 実の兄に対してする表情ではない。


 妹はまるで嫌な虫でも目にしたように苦悶に顔をにじませながらこちらに近寄ってくると

 「あのさ、あたし見たいテレビがあるんだよね」

 「……だから?」

 「とっとと出ていってくれない?」


 「……てめえ」

 仮にだ。

 仮に家族が見たいテレビを独占していたとしよう。

 そうした場合、普通の家族ならどうするだろうか。

 「ちょっと見たいテレビがあるから、チャンネル替えてもいい?」


 とか


 「今から見たいテレビがあるんだけど、一諸に見ない?」

 とか。

 普通はそういう態度をするはずだ。

 ところが、この妹様ときたらそんな殊勝な態度はまったく取る素振りを見せず。


 ただ「見たいから出ていけ」ときたもんだ。

 これには俺もさすがにイラっときて

 「お前なあ……今俺がテレビ見てただろうが」

 「ただの健康番組じゃん。あんたそんなものに興味があるわけ? 」

 「興味のあるなしじゃなくて、それが人に物を頼む態度かっていってんだよ!! 」

 「勘違いしないでくれる? これは頼んでるんじゃなくて、命令してるんですけど」

 「め、命令……」


 「そ、分かったらさっさと出ていってくれる? 」

 ほら、こう来た。

 これがこいつのいつものやり口なんだ。

 兄を兄とも思わない。

 兄妹の関係をなんとも考えない。


 むしろ虐げて、平気な顔して居座っている。

 俺も気分を害して

 「ああ、そうかよ」


 リモコンをドシンとローテーブルの上に叩きつけると、そのまま二階へと上がっていた。

 背後では「ふん」という妹の声が聞こえてくる。

 何が「ふん」だ何が。

 こっちが思い切り悪態をつきたいところだ。

 俺はしかしやりあっても無駄なことは分かっているので出来るだけ自分を抑えて


 それでも自分の部屋のドアをどしんと閉めると、そのままベットに倒れ込んだ。

 まったく、いつからだ?

 いつからこうなった??

 俺達にもかつては普通の家族のような絆があったような気がするんだが……


 ……考えていても仕方がない。

 だが、こうやって枕に顔をうずめていても中々気分は晴れてくれない。

 ……久しぶりに、「アレ」をやるか。

 やっている最中は楽しくても、いざ現実に戻ると途端にむなしくなってしまうアレを。

 それでも夢中になって、やってしまうアレを。


 ……いっとくが、下ネタ的な「アレ」ではないぞ?


 俺はむくりと起き上がると、そのまま自分のデスクに向かう。

 我ながらきれいに整理している方だと思う。

 それでも多少散らばっている教科書のたぐいを退けて、俺はノートパソコンを引き出した。

 「どこにやったかな……」


 それからある物を探しにかかる。

 しばらく使っていなかったので手間取るかと思いきや、「それ」は案外近くで見つかった。

 「よし……」

 「それ」を俺はパソコンにつなぐと、しっかり固定出来ているかどうか確かめる。


 最新の機器なだけに、ちょっとした不具合も心配なのだ。

 だが起動したパソコンに映し出された画面は、それが問題ないことを示している。

 「じゃあ、やるか」


 俺は一人つぶやくと、「それ」を……

 完全没入型VRギアを頭にセットした。

 それを装着する間際に見えたのは、パソコンの上で踊る『デジタル・ファミリー』の文字。

 俺は、『妹』に会いにいった。






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