生意気なわが妹の話
挿し絵は「あるまたく」様(@arumataku)よりいただきました。
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帰宅したのは午後5時を過ぎた頃だった。
俺の名前は浅倉けんや。高校二年生。
私立西院高校に通うごく普通の高校生だ。
しかし俺を迎える「おかえり」の声はなく、俺は一人寂しく玄関をくぐる。
家族がいないわけではない。
確かに父は母が死んだ後、家族を養うために各地を転々とする高給の仕事についた。
そのため滅多に家にいないし、いたとしても疲れて眠っているのがほとんどだ。
だが、彼が養っているのは俺一人ではない。
俺はわざと「ただいま」の声を大きく出すと、反応を見る。
……沈黙が部屋にこだました。
俺はため息をついて、リビングのドアを開けた。
「……いるじゃねえか」
俺の声にようやく気がついたのか、そいつが俺の方に視線を向ける。
浅倉ルナ。
俺の唯一の妹。
そしてーもう原因なんか忘れてしまったがー絶賛喧嘩中の妹だ。
いや、喧嘩というのはあくまで相手をまともに見ているものだからまだいい。
俺達のは相手にあくまで不干渉というかーそこにいるのにいないものにしているというのかー
とにかく、まるで他人と一緒にくらしているような有り様なのだ。
今も妹は、手にしていたファッション誌に、何事もなかったかのように目線を戻している。
それがまた様になるほど美人ときているから腹ただしい。
ほんのり化粧した顔。
整えられた髪に、筋のとおった鼻。
きつい印象を与えるーそして事実きつい性格のー美少女と言っていいだろう。
まあ、だから俺に何があるわけでもないんだが。
俺は無視されたことに若干の腹を立て、そのままリビングに入ると、無言で冷蔵庫の方に行く。
冷気を浴びて取り出した牛乳をごくごくとやった。
鞄を手に2階の自室にあがろうとしたところで。
妹が声をかけてきた。
「ちょっと」
「……なんだよ」
「分かるでしょ。ご飯よ。ご飯」
妹は何でもそつなくこなす超人だが、ひとつ徹底的に苦手な物がある。
それが料理だ。
親父は全国を転々としていて、母は亡くなっているとなれば、当然兄妹のうち、どちらかが食事を用意しなければならない。
事実兄妹二人ならではのルールを設けており、食事も当番制ということになっているのだが……
こいつは料理が出来ないので、実質いつも俺が担当することになっているのだ。
「分かるでしょ?」
と妹が言う。
俺はぴくりと眉をひそめて
「あのなあ……作れないっていうのなら、せめてコンビニで何か買ってくるとか」
「そんなものにお金を使いたくない」
そういって妹はまたさっさとファッション雑誌に視線を戻している。
「!?っ……こいつ!!」
本当は言いたいことは山ほどある。
しかし「他人」である俺達はいくら言葉をぶつけあったところで思いが通じあうわけもなく。
無駄なことは俺はしない主義だ。
俺はそれでも重い足取りで2階に向かうと、自分の部屋に入り、鞄をベッドの上に放り投げる。
制服から私服に着替え、妹にさんざん毒づいた。
それから階段を降りると、リビングに再び入り、何をそんなに熱心に見るものがあるのか、俺にはてんで分からないものに夢中になっている妹を無視。
冷蔵庫から適当な材料を出すと、さっそく仕度にかかる。
妹が手にかけることなどないので、実のところキッチンは俺の思うように慣れている。
手についた器具達に若干の哀愁を覚えながら、俺はサラダに主食にと、次々と物をこしらえていく。
やがて出来上がったそれはさすがに高給料理店のフルコースとまではいかないが、それなりに満足のいくものが仕上がったと思う。
配膳を済ませ、俺は妹に声をかけた。
「おい、出来たぞ」
「あっそっ」
あ、あっそっ!?
頑張って作った人間に対して言う言葉ではない。
しかし妹はそんな俺の様子は気にせずさっさと席につくと
「いただきます」だけはちゃんと言って食事に手をつけ始めた。
「……ピクピク」
俺は自分の青筋が動くのを感じながらも、こいつに何を言っても無駄なことは分かっているので、諦めて椅子を引く。
箸を割って手を伸ばした肉の旨さが体に染みる。
自分で感動するくらいだから中々の味だと思うのだが、妹は何の感想も漏らすことなく淡々と飲み込んでいく。
勿論、会話などない。
気まずさを通り越してそれが当たり前になっているのだから恐ろしい。
俺は無言でテレビをつけると、それを気晴らしに食事を進めた。
やたらテンションの高い芸能人の声だけが響いている。
やがて食べ終えた妹は「ごちそうさま」だけ言うと席を立ってそのまますたすたとリビングから出ていった。
おおかた、自分の部屋であのお気に入りの雑誌の続きでも読むのだろう。
もちろん、食器の片付けや洗い物も俺の仕事だ。
あいつが担当することなどない。
こんなので、仮に俺が病気になったりしたら、あいつはやっていけるんだろうか?
……俺が心配する義理もないか。
それに妹のことだ、そうなったらそうなったで、病にふせっている俺に悪態をつきながら適当に買い物を済ませるに決まっている。
まったくしゃくな話だ。
俺は自分の食事を終えると、寂しさを紛らわせるためテレビはそのままにしておいて、皿洗いにかかった。
流れる水が冷たい。
二~三十分はそうしていただろうか。
やがて片付けを終えた俺がリビングから出ると、丁度妹が浴室のドアを開けたところだった。
「あっ……」
一瞬無言で見つめ合う二人。
上気した頬に、艶々とした肌。
やっぱり顔だけは美人だな、こいつ。
そう思っている俺の考えでも見透かしたのか妹は
「キモっ……」
それだけ呟くとさっさと2階に上がっていった。
「……」
俺はそれに肩を落とすと、いや所詮は「他人」同然なのだからと自分に言い聞かせる。
……それでも時々疑問に思うのだ。
一つ歳の離れた兄妹って、こんなものなのだろうか、と。
階段を上がる俺の足は重かった。




