『妹』が二人いた話
俺が『デジタル・ファミリー』を始めたのは、ケイに誘われたのがきっかけだった。
もともとゲームは好きな方だったから、抵抗なく始められたのだと思う。
架空の『家族』を作るゲームだと聞いて、最初困惑したのは確かだが、現実の妹との関係が冷え切っていた俺は、『妹』と出会うことに専心した。
『デジタル・ファミリー』では自分が選択した『家族』のカテゴリーに従って、自動的に『家族』が振り分けられるシステムだ。
俺の場合は『妹』を、相手の場合は『兄』を選択し、人数やそれまでのプレイ履歴など色々な要素を勘案した結果、『家族』が配分される。
妹の愛に飢えていたのか、だれかととにかく仲良くなりたかったのか、その当時の心境はあまり覚えていないが、とにかく俺は『妹』を選択し。
そうして最初にできた『妹』が、『トーコ』だった。
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住んでいる『家』のレベルや年齢、通う高校のレベルなどは、課金などによっていじったり、選択することが可能だ。
『家族』に関してもそれは同様で、例えば、相手があまりプレイしていない人間だったり、性的な発言など、問題行動が見られたり。
とにかく、そうした不安要素を取り除いて、選択したうえで、条件に合致した『家族』が配分される。
プレイ初日。
俺はVRギアを取り付け、そのあまりのリアルさに驚きつつ、とにかく『家族』に会うことにした。
初心者ということもあり、『人間』のアバターをもちろん選択。
『妹』を希望し、同じような初心者を選択する。
しばらくお待ちくださいの表示が宙に浮かぶ。
やがてマッチング成立の文字と共に現れたのは、黒髪の美少女だった。
突然その空間に、まるで召喚されたように現れた彼女は、しかし動じることもなく、ゆったりした動作でこちらを見やる。
そしてにっこり笑んで見せた。
「あなたが、私のお兄様ですか? 」
「え、あ、ああ」
相手の落ち着いた態度に、こちらが臆してしまう。
少女は笑みを保ったまま
「お名前は何と申しますの? 」
「ええと……ケンヤだ」
本名にしなかったのは、警戒の意味もあるし、単に現実とは違う世界だということを実感したかった思いもある。
まあカタカナかひらがなかの違いだけなんだけど。
少女は「ケンヤ……」と思案するような顔で俺のアバターの名前をつぶやくと
「私はトーコと申します。よろしくお願いしますわ」
と述べたのだった。
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最初は、いやに丁寧な言葉遣いといい、ゴスロリ気味の服装といい、完全にキャラを作りに来ているという感じがした。
別にそれ自体は悪いことではない。
俺だって、アバターの外見は現実よりイケメンだし、優しい口調に、出来るだけ現実を忘れられるようにしてある。
だが、どうやら彼女は本当のお嬢様のようだった。
ぽつりぽつりと漏らした言葉から類推するに、彼女はいわゆる深窓の令嬢で、めったに外に出ない。
厳格な親の元で育った彼女は、しかし年を経るにつれて好奇心が湧いてきて。
ついには、執事に内緒で頼み、VRゲームを買ってもらったのだという。
つまりは……ゲーム内なので変な話ではあるのだが……『デジタル・ファミリー』ではじめて、外の世界を知ったのだという。
「まあ、なんですの、これは? 」
「それはラーメンっていうんだよ、トーコ」
苦笑しながら教える俺。
もちろん本当に食べられるわけではないのだが、味の再現は可能なので、味覚にラーメンという油の海が広がっていく。
トーコは感激したように
「おいしい!! おいしいですわ。お兄様」
「そうか? ならよかった」
トーコとは同じ高校を選択した。
学年が一つ下の少女として、授業を受ける日々。
あくまでゲーム内の学校なのでユーザーが飽きないように、授業にポイント制を導入して、服装と交換できたり、現実ではありえない授業があったりはするのだが。
それでも、そんな高校生としての日常生活が、彼女には新鮮なようだった。
放課後の帰り道、寄り道してゲーセンに行く。
「まあ、これは何ですの? お兄様? 」
「クレーンゲームだよ、トーコ」
「これは何ですの? お兄様? 」
「レーシングゲームだな」
「これは何ですの? 」
「格闘ゲームだよ」
まさに、好奇心の塊である。
カラオケに行っても
「はじめて聞きましたわ!! 」
「そうなのか?有名な歌なんだけどな」
「はじめて歌いましたわ!! 」
「上手だったよ、トーコ」
家に帰っても、その好奇心はとどまることを知らない。
「唐揚げはこうして、こうやって作るんだ」
「まあ、お兄様は料理もお出来になりますのね!! 」
「一諸にやってみるか? これはこうしてだな……」
「わああ……切れました!! はじめて切れましたわ!! お兄様!! 」
テレビをつければ
「この方達は小さな箱の中で、なにをやってますの? 」
「実際にそこにいるわけじゃないんだ。カメラで撮影して、それが電波に乗って、それを受信して…」
「……なんだかわかりませんが、とっても難しそうですわ」
「でも、楽しいものだぜ」
逆にこちらが教えられることもあった。
「ずいぶん難しい本読んでるんだな……」
「あら、難しいどころか、当時の読み物の定番でしてよ」
「……えーと、この、『ベオウルフ』?が、か?」
「あたし、イギリス文学が好きなんですの」
現実の世界を忘れ、楽しむ『妹』との日々。
そこで培われる絆が、よりいっそうゲームを楽しいものにしていく。
一諸に学校に通うだけで、発見を十も二十もする彼女を、本当の妹のように思えてくる。
だが、そんな日々も長くは続かなかった。
トーコと出会って……というか、トーコの兄になって、二か月ほど経った頃だったろうか。
突然、別れは訪れた。
その日もいつものように、学校から帰るや否や、ログインをして、『家』へと赴いた俺。
トーコがやってくるまで、本を読みながらぼーっとして待っていた。
するとふいに鳴ったピンポン。
俺は「もう来たのか」なんてつぶやきながら、玄関を開けたことだと思う。
そこには、知らないおっさんが立っていた。
年のころ50くらいで、白髪が交じり始めている。
まあ、あくまでアバターなので、本当の年齢などわかりはしないのだが。
それでも、そのおっさんは、こちらを見るとその年齢にふさわしい声で
「君か? トーコの兄と名乗っている輩は? 」
「名乗るっていうか、ゲーム上そうなっているというか……」
俺は当惑しながら
「というか、あなたは……? 」
「私はトーコの父だ」
おっさんはそういって俺をにらんで
「くだらん。こんなゲームに入れ込みおって」
それから、苦々しそうに
「あんたも同罪だ。私の大事な娘を、よくもたぶらかしてくれたな」
「たぶらかすって……俺は単にトーコと一諸に遊んでただけで」
「言い訳はけっこう」
おっさんはそういって、「ふう」と息を吐いて
「ともかく。娘の悪影響になりそうなものは取り払わねばならん。
私はそうやって娘を育ててきたし、これからもそうするつもりだ」
そこでぎろりと再び俺をにらんで
「そういうわけで。トーコとのくだらん家族ごっこはこれっきりにしてもらう。
……アカウントも、何もかも、あれには破棄させる」
「なっ……えっ? 」
「そういうことだ。文句は許さん。こうやって、わざわざアバターとやらを作って、申し立てに来ただけでもありがたいと思ってもらおう」
そうしておっさんは腕時計を見やると
「そろそろ時間だ。これで失礼する」
「ちょっ……えっ」
混乱する俺。
頭がまっ白になって、言葉を紡ぐことが出来ない。
「さようなら」
「なっ……」
最後にねめつけるようにして俺を見ると、おっさんはその場で消えていった。
ログアウトしたのだろう。
後には、何もない。
いつもの玄関と、風景がそこにあるだけ。
俺は動揺して
「えっ……ど、どういうことだ? 」
状況をうまく飲み込むことが出来なかった。
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そうやって……大げさな言い方をすれば、生き別れた『最初』の『妹』。
それがトーコだったのだ。
俺の驚きに、少女……トーコはうなずいて
「やっと気が付いていただけたのですね!! お兄様!! 」
「気が付いたというか……」
改めてみやると、確かに、彼女の風貌は、ゲームの中の『トーコ』そっくりだった。
「でも、なんでこのオフ会に? お前、確か自分のお父さんに……」
「ええ。父にゲームを取り上げられてしまったのです。まだ高校生だった私には、どうしようもないことでした」
「本当に、すみませんでした」と頭を下げるトーコ。
でも、と彼女は付け加えて
「お兄様のことを忘れたことは一度もございませんわ!! わたくし、ずっとお兄様のことを想っておりましたのよ」
そして彼女は再び俺にテーブルごしで抱き着いた。
途端に周囲の注目を集める二人。
俺は慌てて彼女を自分の体から話して
「でも、お父さんは? 」
「あの頑固だった父も、さすがに娘が大学生になったら、束縛ができなかったようで」
彼女は苦笑して
「それで、あたし、ゲームも再び買って。でも、以前のアカウントが分からなくなってしまったので、お兄様を探しても、見つかりませんでしたの」
でも、とトーコは嬉しそうに
「このオフ会の存在を知って。もしかしたら……と淡い期待を抱いて参加したところ、お兄様と出会えたのです!! 」
「そ、そうなのか」
きらきら目を輝かせている彼女に、俺は呆然として
「すごい……偶然だな」
「偶然ではありません。やはり、お兄様とわたくしは、運命の糸でつながれているのですわ!! 」
そんなふうにして話していたからだろうか。
背後に立った彼女たちに、最初は俺は気が付かなかった。
相変わらずにこにこしているトーコと対面していた俺に、その声はかかる。
「あんた……誰、その女? 」
「っ!? ……ルナ? 」
「あら、そちらは……? 」
目と目が合う二人。
妹。
なんだか、やりにくくなってきた。




