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『妹』が二人いた話

 俺が『デジタル・ファミリー』を始めたのは、ケイに誘われたのがきっかけだった。

 もともとゲームは好きな方だったから、抵抗なく始められたのだと思う。

 架空の『家族』を作るゲームだと聞いて、最初困惑したのは確かだが、現実の妹との関係が冷え切っていた俺は、『妹』と出会うことに専心した。

 

 『デジタル・ファミリー』では自分が選択した『家族』のカテゴリーに従って、自動的に『家族』が振り分けられるシステムだ。

 俺の場合は『妹』を、相手の場合は『兄』を選択し、人数やそれまでのプレイ履歴など色々な要素を勘案した結果、『家族』が配分される。

 

  妹の愛に飢えていたのか、だれかととにかく仲良くなりたかったのか、その当時の心境はあまり覚えていないが、とにかく俺は『妹』を選択し。


  そうして最初にできた『妹』が、『トーコ』だった。

 

  ※※※※※※※※


  住んでいる『家』のレベルや年齢、通う高校のレベルなどは、課金などによっていじったり、選択することが可能だ。

  

  『家族』に関してもそれは同様で、例えば、相手があまりプレイしていない人間だったり、性的な発言など、問題行動が見られたり。


  とにかく、そうした不安要素を取り除いて、選択したうえで、条件に合致した『家族』が配分される。

  

  プレイ初日。

  俺はVRギアを取り付け、そのあまりのリアルさに驚きつつ、とにかく『家族』に会うことにした。

  初心者ということもあり、『人間』のアバターをもちろん選択。

  『妹』を希望し、同じような初心者を選択する。


  しばらくお待ちくださいの表示が宙に浮かぶ。

  やがてマッチング成立の文字と共に現れたのは、黒髪の美少女だった。


  突然その空間に、まるで召喚されたように現れた彼女は、しかし動じることもなく、ゆったりした動作でこちらを見やる。

  そしてにっこり笑んで見せた。


  「あなたが、私のお兄様ですか? 」

  「え、あ、ああ」


  相手の落ち着いた態度に、こちらが臆してしまう。

  少女は笑みを保ったまま

  「お名前は何と申しますの? 」

  「ええと……ケンヤだ」

  

 本名にしなかったのは、警戒の意味もあるし、単に現実とは違う世界だということを実感したかった思いもある。

 まあカタカナかひらがなかの違いだけなんだけど。


 少女は「ケンヤ……」と思案するような顔で俺のアバターの名前をつぶやくと


 「私はトーコと申します。よろしくお願いしますわ」

 と述べたのだった。


 ※※※※※※※※

 

 最初は、いやに丁寧な言葉遣いといい、ゴスロリ気味の服装といい、完全にキャラを作りに来ているという感じがした。

 別にそれ自体は悪いことではない。

 俺だって、アバターの外見は現実よりイケメンだし、優しい口調に、出来るだけ現実を忘れられるようにしてある。

 

 だが、どうやら彼女は本当のお嬢様のようだった。

 ぽつりぽつりと漏らした言葉から類推するに、彼女はいわゆる深窓の令嬢で、めったに外に出ない。

 厳格な親の元で育った彼女は、しかし年を経るにつれて好奇心が湧いてきて。

 ついには、執事に内緒で頼み、VRゲームを買ってもらったのだという。

 つまりは……ゲーム内なので変な話ではあるのだが……『デジタル・ファミリー』ではじめて、外の世界を知ったのだという。

 

 「まあ、なんですの、これは? 」

 「それはラーメンっていうんだよ、トーコ」


 苦笑しながら教える俺。

 もちろん本当に食べられるわけではないのだが、味の再現は可能なので、味覚にラーメンという油の海が広がっていく。

 トーコは感激したように

 「おいしい!! おいしいですわ。お兄様」

 「そうか? ならよかった」


 トーコとは同じ高校を選択した。

 学年が一つ下の少女として、授業を受ける日々。 

 あくまでゲーム内の学校なのでユーザーが飽きないように、授業にポイント制を導入して、服装と交換できたり、現実ではありえない授業があったりはするのだが。

 それでも、そんな高校生としての日常生活が、彼女には新鮮なようだった。

 

 放課後の帰り道、寄り道してゲーセンに行く。

 「まあ、これは何ですの? お兄様? 」

 「クレーンゲームだよ、トーコ」

 「これは何ですの? お兄様? 」

 「レーシングゲームだな」

 「これは何ですの? 」

 「格闘ゲームだよ」

 まさに、好奇心の塊である。

 カラオケに行っても

 「はじめて聞きましたわ!! 」

 「そうなのか?有名な歌なんだけどな」

 「はじめて歌いましたわ!! 」

 「上手だったよ、トーコ」


 家に帰っても、その好奇心はとどまることを知らない。

 「唐揚げはこうして、こうやって作るんだ」

 「まあ、お兄様は料理もお出来になりますのね!! 」

 「一諸にやってみるか? これはこうしてだな……」

 「わああ……切れました!! はじめて切れましたわ!! お兄様!! 」


 テレビをつければ


 「この方達は小さな箱の中で、なにをやってますの? 」

 「実際にそこにいるわけじゃないんだ。カメラで撮影して、それが電波に乗って、それを受信して…」

 「……なんだかわかりませんが、とっても難しそうですわ」

 「でも、楽しいものだぜ」


 逆にこちらが教えられることもあった。

 「ずいぶん難しい本読んでるんだな……」

 「あら、難しいどころか、当時の読み物の定番でしてよ」

 「……えーと、この、『ベオウルフ』?が、か?」

 「あたし、イギリス文学が好きなんですの」


 現実の世界を忘れ、楽しむ『妹』との日々。

 そこで培われる絆が、よりいっそうゲームを楽しいものにしていく。

 一諸に学校に通うだけで、発見を十も二十もする彼女を、本当の妹のように思えてくる。


 だが、そんな日々も長くは続かなかった。

 

 トーコと出会って……というか、トーコの兄になって、二か月ほど経った頃だったろうか。

 突然、別れは訪れた。


 その日もいつものように、学校から帰るや否や、ログインをして、『家』へと赴いた俺。

 トーコがやってくるまで、本を読みながらぼーっとして待っていた。


 するとふいに鳴ったピンポン。


 俺は「もう来たのか」なんてつぶやきながら、玄関を開けたことだと思う。

 

 そこには、知らないおっさんが立っていた。

 年のころ50くらいで、白髪が交じり始めている。

 まあ、あくまでアバターなので、本当の年齢などわかりはしないのだが。

 それでも、そのおっさんは、こちらを見るとその年齢にふさわしい声で


 「君か? トーコの兄と名乗っている輩は? 」

 「名乗るっていうか、ゲーム上そうなっているというか……」


 俺は当惑しながら


 「というか、あなたは……? 」

 「私はトーコの父だ」


 

 おっさんはそういって俺をにらんで

 「くだらん。こんなゲームに入れ込みおって」

 それから、苦々しそうに

 「あんたも同罪だ。私の大事な娘を、よくもたぶらかしてくれたな」

 「たぶらかすって……俺は単にトーコと一諸に遊んでただけで」

 「言い訳はけっこう」

 

 おっさんはそういって、「ふう」と息を吐いて

 「ともかく。娘の悪影響になりそうなものは取り払わねばならん。

  私はそうやって娘を育ててきたし、これからもそうするつもりだ」


 そこでぎろりと再び俺をにらんで

 「そういうわけで。トーコとのくだらん家族ごっこはこれっきりにしてもらう。

  ……アカウントも、何もかも、あれには破棄させる」

 「なっ……えっ? 」


 「そういうことだ。文句は許さん。こうやって、わざわざアバターとやらを作って、申し立てに来ただけでもありがたいと思ってもらおう」

 そうしておっさんは腕時計を見やると

 「そろそろ時間だ。これで失礼する」


 「ちょっ……えっ」

 混乱する俺。

 頭がまっ白になって、言葉を紡ぐことが出来ない。


 「さようなら」

 「なっ……」


 最後にねめつけるようにして俺を見ると、おっさんはその場で消えていった。

 ログアウトしたのだろう。


 後には、何もない。

 いつもの玄関と、風景がそこにあるだけ。


 俺は動揺して

 「えっ……ど、どういうことだ? 」


 状況をうまく飲み込むことが出来なかった。


 ※※※※※※※※


 そうやって……大げさな言い方をすれば、生き別れた『最初』の『妹』。

 それがトーコだったのだ。


 俺の驚きに、少女……トーコはうなずいて


 「やっと気が付いていただけたのですね!! お兄様!! 」

 「気が付いたというか……」


 改めてみやると、確かに、彼女の風貌は、ゲームの中の『トーコ』そっくりだった。

 「でも、なんでこのオフ会に? お前、確か自分のお父さんに……」


 「ええ。父にゲームを取り上げられてしまったのです。まだ高校生だった私には、どうしようもないことでした」

 「本当に、すみませんでした」と頭を下げるトーコ。


 でも、と彼女は付け加えて

 「お兄様のことを忘れたことは一度もございませんわ!! わたくし、ずっとお兄様のことを想っておりましたのよ」


 そして彼女は再び俺にテーブルごしで抱き着いた。


 途端に周囲の注目を集める二人。

 俺は慌てて彼女を自分の体から話して

 

 「でも、お父さんは? 」

 「あの頑固だった父も、さすがに娘が大学生になったら、束縛ができなかったようで」

 彼女は苦笑して

 「それで、あたし、ゲームも再び買って。でも、以前のアカウントが分からなくなってしまったので、お兄様を探しても、見つかりませんでしたの」


 でも、とトーコは嬉しそうに


 「このオフ会の存在を知って。もしかしたら……と淡い期待を抱いて参加したところ、お兄様と出会えたのです!! 」

 「そ、そうなのか」

 

 きらきら目を輝かせている彼女に、俺は呆然として

 「すごい……偶然だな」

 「偶然ではありません。やはり、お兄様とわたくしは、運命の糸でつながれているのですわ!! 」

 

 そんなふうにして話していたからだろうか。

 背後に立った彼女たちに、最初は俺は気が付かなかった。


 相変わらずにこにこしているトーコと対面していた俺に、その声はかかる。

 「あんた……誰、その女? 」


 「っ!? ……ルナ? 」

 

 「あら、そちらは……? 」


 目と目が合う二人。


 妹。


 なんだか、やりにくくなってきた。


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