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『妹』の悩みを聞く話

 それはアイカが見せた初めてのぎこちない笑顔だった。

 今までは本心から快く周囲をなごませるような笑顔を見せていた彼女。

 だが、「中身」を知ってしまった今となっては、その笑顔も真実とは思えない。

 俺は出来るだけ平静を装って


 「やあ……アイカ」

 それから思い直して

 「いや……ルナ?」

 「その名前では呼ばないで」


 アイカはそういうと怒ったように眉をひそめて

 「頼むから。やっと決心がついたんだから」

 といった。


 俺は気圧されて

 「決心?」

 「そう」

 こくりとうなずくアイカ。

 その瞳には、確かに覚悟が読み取れた。

 俺はここで怒らせるのも得策ではないと考え


 「分かったよ。……ルナ……じゃなかった、アイカ」

 と頷いた。

 「入って」

 その様子を見て満足したのか、アイカは俺をいつものように中に招き入れる。

 どこまでも続きそうな長い廊下を行くと、実際の家とは比べ物にならないくらい豪勢なリビングがあった。


 アイカはキッチンに立つと

 「兄さんは紅茶?それとも……」

 そこでアイカはいったん言葉を切って

 「……コーヒー?」


 紅茶は『ケンヤ』としての俺の好み。

 コーヒーは「けんや」としての俺の好みだ。

 この問で彼女は、俺が「どちら」の「あに」としてここにきたのか、

 見極めようとしている。

 俺はごくりとつばを飲み込む。

 それから、アイカの警戒するような視線を俺は避けて


 「も、もちろん紅茶で」

 「そうよね。『兄さん』は紅茶が好みなんだものね」

 そういってささっと準備をする彼女。

 やがて運ばれてきたそれはいつも通りのアイカの味がした。


 「ふう……」

 と一息吐いたアイカは、リビングのテーブルに俺と対面して座る。

 それからつとめて気軽な口調で

 「ねえ、兄さん」

 「なんだ、アイカ?」

 「あたしね、相談事があるの」

 やっぱりか、と思った。

 「妹」には、悩みごとがあった。

 といって、友人に相談できる種類のものではないし、世界を飛び回っている父や、仲が悪い「俺」に

 相談することもできない。

 だから、その中間的な。

 『兄』ではあるが実の家族ではない。

 『兄』ではあるが、「兄」ではない人間に相談しようと思ったのだろう。

 プレイの様子から信頼できる人間だと思い、現実で会うことにした。

 

 ところが、現実で待っていたのは、アイカの『兄』ではなく、「ルナ」の「兄貴」だった。


 となると、悩み事の行き先場がなくなる。

 深刻な――それが本当にどれほどのものかはわからないが少なくとも当人にとっては深刻であろう――悩みなだけに、いつかこうなるのではないかとは思っていた。

 つまり、もう一度『家族』の仮面をかぶり、それぞれが『ケンヤ』と『アイカ』として会うということだ。

 現実で言い出し辛くなった今、理想の方で対処するしかない。

 そういうことだろう。

 アイカはゆっくり言葉を紡ぎだすように


 「ええとね……お兄ちゃん」

 「ああ」

 「ちょっと予想外のことがあったから、そしてやっぱりその地点では話しづらいことだから、『ここ』で話したいんだけどね」

 「ああ」

 「相談、聞いてもらってもいい?」


 「もちろんだ」

 そっちがそうくるなら。

 あくまで、悩み事の為に、『家族』ごっこを、仮面をつけて続けるというのなら。

 こっちも理想の兄貴でやってやろうじゃないか。


 そう思い、こちらは耳を傾ける。

 「ええとね。……大したことではないんだけど」

 「ああ」

 「現実世界でね、ちょっと嫌なことがあって」

 「うん。なんでも言ってくれ」

 俺は力強くうなずく。


 アイカはその言葉に、はっと顔を向け、感動したように

 「……ありがとう」

 「当然だろ。俺はお前の兄ちゃんなんだから」

 「うん……」

 そうして、彼女は話し始めた。

 彼女の悩み、悔しさを。


 ※※※※※※※※


 「私ね、自分でいうのもなんだけれど、中学の頃、頭が結構良かったから、高校は、地域でも随一のトコにいったんだよね」


 知っている。

 そして驚くなかれ、あの私立西院高校はけっこう頭の良い学校だったのである。

 あんな妹馬鹿でも通えるくせに。

 俺は余計な雑念を振り払うと『妹』の話に集中して


 「それで?」

 「うん。それでね。もう2学期の冬なんだけど」

 アイカはすごく言いづらそうに

 「端的に言うと、友達ができないの」


 「……そう、なのか?」

 「うん。全然。誰とも、こう、心が通い合っている感じがしないっていうか」

 友達がいない。


 それは普段のルナの姿を思えば、非常に現実離れした、ありそうもないことだった。


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