内治派と東征派
人材が足りなかった。
益州に入る前の劉備軍は傭兵団として、大陸各地の有力者の元を転々としていた。養われる流浪の軍団に人物が集まるはずもなく、またその必要もなかった。だが今となっては、その傭兵団が国を持つに至った。諸葛亮は劉備と吟じて劉璋の配下を登用して適所に配し、登用に漏れた者の中で反逆心を持つ者は句扶を隊長とする暗殺部隊に排除させた。そして益州の東には元劉璋配下の李厳を、魏国と接する北方漢中には劉備からの信任篤い魏延を、南へは老練な施政官である向朗を置いて益州内の体制を整えた。戸籍の整理、法の確立、治安維持、そしていずれくるだろう魏軍との戦いに備えた軍の増強と編成、やるべきことは山ほどある中、法の確立に心血を注いだ法正と劉巴が死んだ。長きに渡って劉備に仕えてきた孫乾、簡擁、伊籍らも益州の風土が合わなかったのだろうか、死んだ。皆、多くの経験を積んだ優秀な文官達であった。
蜀にとっての不幸は続いた。東の荊州で関羽が呉軍に敗退し、関羽は討死して荊州の地が呉に奪われた。益州を奪れば荊州は呉に明け渡すという約束があり、関羽は劉備と諸葛亮に相談もなく呉の言い分を突っ撥ねた。
それで魏軍との交戦中、呉軍に後背を突かれ関羽軍は壊滅したのだった。優秀な人材の多くも荊州と共に失った。
諸葛量は苛立った。荊州の敗戦を分析してみると、その原因は荊州劉備軍内での内部分裂にあることがわかった。関羽の峻烈な気質は一面から見れば民に対する仁徳と言えたが、味方にとっては時に反感の的になる。関羽は政を為す者は清廉の道を行くべきだと言い、その道から少しでも外れた者は懲罰の対象とした。正義に一途であり過ぎた。
一州を治める器ではなかったのだ。荊州を任せられる者が関羽を置いていなかった。統治能力の高い者がいたとしても、自尊心の高い関羽は荊州を治めるのは自分の他無いと思っていたことだろう。
――もし自分が荊州を任されていたら
少なくとも荊州を失うことはなかった。だが諸葛亮が益州にいなければ、益州内の体制はこれほど早く整うことはなかった。せめて自分の代わりになる者がもう一人でもいればと思わずにはいられなかった。
山積みとなった仕事の中で書簡に目を通していると、外から足音が聞こえてきた。この足音は、蔣琬。そう思った直後、蔣琬がその姿を見せた。
「王平という者、どうだ」
「洛陽にいる家族への想いを残しているようですが、その想いは蜀への恨みとはなっておりません」
蔣琬はまだ若く女も酒も好きであったが、仕事はこちらの意を汲んだ上で卒なくこなしてくれる。才気のある、蜀にとっての良い人材だと諸葛亮は見ていた。
「軍内ではどうだ」
「軍での勤務も怠りなく、最近は弩の練習をよくしております」
「よろしい。ではいずれ、直接 見に行ってみよう。ところでお前、そろそろ新しい仕事をしてみないか」
蔣琬の眼が輝いた。
「軍事のことでしたら、喜んで」
「馬鹿者、軍の上に立つ者は先ず国政を知らねばならぬと何度言わせるのだ」
「おっとそうでした。また田舎に飛ばされたらたまりませんので、もう言いません」
国府での会話であったが、その調子は流浪の時代となんら変わってはいなかった。諸葛亮はそんな態度を咎めることなくむしろ楽しんでいたが、いずれは変えていかねばならないと思っていた。
「呉と戦だと息巻いてるのが軍にいますが」
「お前ならどうする、蔣琬」
「蜀がこれ以上戦を続けるのは無謀な気がします」
「その通りだ。今は国内に力を溜め込まなくてはならない。対呉戦を止めるのは国政を担う我々の務めだ」
「しかし、張飛将軍は今にも呉へと飛びだしていきそうですよ」
「……あの方には困ったものだ」
張飛は血の気が多く、流浪の時にはその蛮勇が大いに力を発揮した。まだ地盤を持たなかった劉備軍の今日があるのは、張飛や関羽の持った蛮勇によるところが大きい。だが今の劉備軍はもう流浪の軍ではなく、国に属する軍なのだ。私情に駆られた軍は、国を不幸にするだけだ。
「だがそんなことはお前の気にすることではない。それより法をやれ、蔣琬。法正殿や劉巴殿がつくった法を、お前らが受け継いでいくのだ」
「俺みたいな飲んだくれが、法ですか」
「飲んだくれだから分かるということもある。やるべきことは既に費禕に伝えてある」
「費禕とですか。俺がいうのはなんですが、あの博打好きが法なんかできるもんですかね」
悪口を叩くが、蔣琬と費禕は仲が良い。組ませれば、お互い切磋琢磨してくれるだろう。
「もし費禕がおかしな仕事をすれば、いつでも首を落としてやろう。もちろん、お前もな。分かったらさっさと行け」
苦笑して蔣琬が退出して行った。
いたずらに頭の固い男より、人の喜びを知る者こそが法を司るべきだと諸葛亮は思っていた。遊び好きでも蔣琬と費禕の二人の中には強靭な気概と責任感があることを、流浪の頃から兄のように接していた諸葛亮はよく知っている。
蜀の民政を整えることが諸葛亮に与えられた使命であり、民政に関してはある程度のところまで諸葛亮の好きにできる。手が届かないのが軍である。その軍が、蜀にとって困った存在になりつつあった。軍権の大部分は張飛将軍に掌握されており、今回の呉討伐戦への準備も張飛を中心にして展開され始めていた。だがそれには明瞭な勝ちへの見通しがあるわけでなく、取られたものは取り返すべしという子供染みた思考しかない。それも国を傾ける程の大戦である。
益州攻略戦、漢中奪還戦と続けて国力を疲弊させた蜀ができるはずもない戦だ。いくらそう訴えようと、仇討ちの話を出されると諸葛亮は黙るしかなかった。仇討ちを否定することは義と忠を否定することと取られ、下手をすれば自分の地位が危うくなる。故郷を取り戻したいという荊州出身者たちの声も小さくなく、無視できるものではなかった。
何としても、大軍の東進は止めなくてはならない。劉備は関羽の死を嘆くも、諸葛亮の意見に同意してくれていた。しかし対呉戦を望む者たちの声を無視してしまえば蜀は内部から崩壊しかねない。そんな中で、魏の主である曹丕が漢の帝をその座から追い、自らが帝位に就いたという情報が入った。諸葛亮は爆発寸前にある蜀軍の目を北に向けようと画策した。漢の臣であった曹丕の不忠を詰り、漢の帝であった劉協は曹丕の手によって殺されたと宣伝した(実際に劉協は殺されておらず、山陽候に封じられていた)。そして劉備に蜀の皇帝になるよう勧めてその通りにさせ、その祝賀のため呉討伐の話を先送りとさせた。こうして時が経てば東進の気勢は徐々に熾火となっていくだろうと目論んでいた諸葛亮だったが、その火はおさまるどころか劉備が帝位に就くと意気はさらに上がり、手のつけようもなくなってきた。
ふざけるな。
諸葛亮はそう叫んでやりたかった。諸葛亮を中心とする文官の努力によりようやく蜀はここまでまとまってきたのだ。それが無謀な軍人の私的な感情のために全て失おうとしている。それに戦があれば、人が死ぬ。ただでさえ不足している人材をさらに少なくしてどうしようというのだ。そんな諸葛亮の危惧を尻目に張飛の口ぶりは、文官は軍人のために働けばいいと言わんがばかりであった。
夜、夕食をすませた諸葛亮はいつものように自室に戻った。そして、虚空に言葉を投げた。
「いるか」
部屋の隅の陰が起き上がり、人の形となって諸葛亮の前で膝を折った。
句扶である。入蜀後の国内平定時に見つけて拾った山岳民族だ。句扶の眼には全てのことに対し何も期待していない冷徹さがあり、諸葛亮はそこが気に入り暗殺をやらせていた。句扶の義母に財物を送ると意外なほどに忠実に働くようになったのだ。
「将軍、張飛だ」
諸葛亮は独り言の如く呟いた。
「将軍、張飛」
句扶はいつもと同じように標的の名を復唱すると、音もなく姿を消した。
諸葛亮はもう流浪軍の策略家ではなく、一国の宰相なのだ。義兄弟がなんだと言っていては国を治められないということを、張飛を粛清することで劉備にも理解してもらわなければならない。不忠であると詰られようが、自らの手で建てた国が潰れてしまうくらいなら、何とでも言うがいい。感情的な者が国の上に立つことは、それだけでもう罪なことなのだ。
汚れてしまえ。汚れずして良い仕事ができるはずもない。諸葛亮は句扶がいなくなった自室で寝具に身を包み、眠れない体を無理矢理意識の底へと落した。




