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無限転生 -転生勇者の魔王譚-  作者: ホモンロ
第三章 玉座の少年
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第三十三話 『聖剣狩り-06』

 拳が重なる。ぶつかり合った衝撃が烈風を生み出す。

 気流を孕んだ砂埃は舞い、轟音が空間に響き渡る。

 舞い落ちる埃の中、ファントマは身体を伝う骨の軋む音を聞きながらその初撃の重さを見極めた。


「――グ……ウゥ……ッ!」


 どうやら、身は耐えているらしい。

 あまりの衝撃から零れ出す声に、自身の安否の認識を一瞬ほど遅れて理解する。

 重い。という次元ではない。

 まともに貰っていればそのまま肉塊と化していたことだろう。


 流石彼の魔王に、単純な腕力では捻じ伏せることは出来ないとまで言わしめただけのことはある。

 その前情報を持っておいて力比べをしたがるのはファントマの悪い性分だ。

 旺盛すぎる好奇心もさることながら、この死地においてもファントマの戯言が止まる気配はなかった。


「チクショウ、さすがに重てえ。けど……、ハワード(あいつ)の一撃ほどじゃあねえよなぁ!?」


 番人の初撃、そしてハワードとの試合に負った致命傷。

 それらはもはや比べられる領分ですらないが、敢えて彼の男に負わされた痛みに擬えることで全身に響く鈍痛を打ち払う。

 無論、拳を合わせただけでこれほどの衝撃を産んだ番人の力は、かつてファントマが対峙してきたあらゆる存在の中で紛れもなく頂点であることは論ずるまでもない。

 されど、ハワードに付けられた屈辱と同じ感情を覚えるにはまだ尚早だ。

 少なくともこの一連に口角を挙げている内は、その圧倒的な膂力に絶望することはないだろう。


 ファントマは独りでに安堵している。

 まだ、己の欲求が満たされていないことを再認識した。

 圧倒的な腕力の差を見せつけられたこの状況で、未だ愉しむことを出来ている己が強さへの渇望を手放していないことに人心地ついたのだ。

 不思議と、ファントマは異様なまでに落ち着いている。


「もっと、もっと、愉しもうぜ。どちらかがぶっ倒れるまで殴り合うんだ。聖剣のことなんて忘れちまってよ」


 今の一撃が互いに様子見であったことを自覚しながら、ファントマは改めて提案する。

 聖剣を狙う侵略者とその番人という立場を捨て、ただこの命の取り合いに興じようと。

 無論、そんなものが無理な思い付きだということなど端から分かっている。

 ファントマの言葉が番人の矜持に付け込めるほどの効力はない。

 ファントマ自身の気の持ち様として、そこに邪念のない戦いを望んでいるだけだ。


 あれこれと考えられるほどの余裕がないことはむしろファントマを愉悦へと傾倒させている。

 魔王も聖剣もない、鋭利な思想に仕上がっていく。

 冴え切った脳内は、目まぐるしく勝利への道筋を描き続けていた。


「分カラナイナ。聖剣ヲ欲サントセヌ者、何ヲ望ミ、何故聖域ヘト立入ッタ」


「興が醒めるようなこと言うんじゃねえ。殴り合いの最中にモノを考えるなんて自分で夢から覚めてるようなもんだ。理由なんていらねえんだよ。俺の望みは、最初から戦い(コレ)だけだぜ」


「……心得タ」


 巨躯ながらに納得のいっているという素振りではないらしいが、ファントマの言葉に他意はないと見ているようだ。もとより、隙を見て聖剣のみを奪っていこうにも、その隙が見当たらないことはファントマからしても喜々とするばかりだった。

 立ち会った相手が強者であれば強者であるほど悦んでしまう被虐趣味的な気質を、これ以上にくすぐられる感覚は未だかつて享受したことはない。

 ファントマと番人、そのいずれかが倒れる以外の方法での決着はないことを互いに意識する。


「次は本気で行くぜッ!」


 顎先を狙ったファントマの拳に対し、番人は素早く間に腕を噛ませそれを防いだ。

 巨躯故の身体の重さを一切も感じさせない身のこなしは、巨大だからこそ大きい的という認識すら改めなくてはならないらしい。

 転じて、見上げた顎先を狙い中空に跳んだファントマに繰り出された掌打。

 身を翻してファントマの拳を防いだ腕を足場にし、掌打の軌道から逃れる。

 一切の気の緩みがそのまま命取りとなる攻防に、ファントマの口角は更に吊り上がっていく。


 未だかつて味わったこともない緊張感だ。

 一撃で勝負を決する、という意味ではハワードとの試合にも近いのだろう。

 否、状況が己の拠点であるかそうでないかという差は大いに影響される。

 現に今こうして拳を交える状態においても神殿の持った神気は聖剣の間に踏み入ったことでより強く、確実にファントマの身体を蝕んでいた。

 長引けば長引いていくだけ不利になる状況。同時に、勝負に焦っても待ち受けているのは死の運命だ。その細やかな調整のまだるっこしさもファントマには向いていないだろう。

 もっとも、勝敗までをハワードに擬えるのなら、その結果はファントマの屈辱が表している。


 この勝負に敗北を喫する時は、恐らく屈辱を感じる間もなく息絶える。

 例えばこの場にサファイアが居たとして、即時回復を施されたところで番人の一撃を貰った瞬間に死という状態に至ることだろう。怪我人の治癒と死者の蘇生は領分が違うのだ。

 あるいはレイヴンならばそれも可能とするのかもしれないが、それをされるぐらいなら死んでいた方がまだ幾分もましである。

 この愉悦を感じられない生ならば、ファントマにとって死と同義だった。

 あるいは、その後ろ盾の無い状態こそ愉悦に没頭できる極限の状態と言えるのだろう。


「どうした、背中の羽は飾りかよ!」


 どの一打も洗練された力を込めた斬り込みは決め手に欠け、反撃の凄まじい薙ぎ払いを躱し続けた状況に進展はない。

 幾度か攻防を繰り返す中でファントマが目敏く指摘したのは、巨躯の背に番えた歪の大翼だった。

 己が不利になる窮地を呼び込むだけの分かりやすい挑発だ。

 大袈裟なまでの体躯に広げた大翼がただの飾りであるはずもない。

 それがここまでの経過に飾り以外の役目を果たしていないことが、命の取り合いにおける全霊を求めたファントマの好奇心に触れたのだ。


「……ワレ、汝ヲ強者ト認メヨウ」


 己の言葉が番人に対して扇情的な効力を発揮していたのかは知れるところではないが、よもやファントマも好奇心に命を取られるとまでは思うまい。

 少なくとも逆上ではないことだけは分かっている。感情の通わない極めて冷え切ったその歪な音声を了解と見て、ファントマは満面の喜色を湛えた。


 大翼に血が通い、その上下に合わあせて凄絶な風圧が吹き荒ぶ。

 確と地を踏みしめなければ身体を持っていかれそうだ。

 巨躯を重たそうに持ち上げる羽ばたきは、それだけで凄まじい膂力を感じさせた。

 その巨体から見ればこの広い空間も鳥籠の如き一端に過ぎないのだろう。

 番人は大翼がただの飾りではないことを証明して見せた。

 塵を巻き上げる激しい気流を帯びながら中空を舞う番人は高みからファントマを見下ろしている。

 それでも、場違いな喜色が衰えることはない。


「ようやく本気を出してくれるってえことで良いんだな!?」


「無論ダトモ」


「話が早くて助かるぜ。そういうことなら、死んでも悔いは残らなそうだ!」


 本気を引き出させるという行為がファントマの中で唯一の気がかりを開き直す。

 つまるところ、全力同士で戦うという前提にようやく至ったのだ。


 相手が浮いていようと関係がない、ファントマはほとんど捨て身に近い突進で一気に近付く。

 そこに思考は存在しなかった。最高潮に達した愉悦という最大の行動原理に従った本能がファントマの身体を衝き動かしている。

 無謀な行為も愉悦が正当化させるのだ。

 愉悦のためならば、ファントマは死さえ厭わず無理やりにでも血肉を掻き立てることだろう。


 地と空の優劣は敢えて取り立てるまでもなく、よもや馬鹿正直に突貫が来るとも想像していなかったのであろう番人は虚を衝かれながらも手の甲でファントマの肉体ごと討ち払った。

 挑発までしておいて策のない単純な捨て身とは戦略性も何もあったものではない。

 衝撃を逃がし上手く着地を決めたファントマは続けざまに同じ突進を繰り返す。

 同時に、番人の固めた拳がそれに応じた。


 拳に秘められた殺意が唸りをあげて急速に近付いてくる。

 雌雄を分かち得る地と空の優劣の差は、死の覚悟に近い感情をファントマに覚えさせた。

 それはファントマにとって初めての感情、というわけではなかった。

 日頃から彼の魔王という、ファントマ個人どころかこの世界の命運さえ手に握った支配者の存在を相手にしている緊迫感は比べ物にならない。

 むしろ戦いの最中で愉悦に没頭した、その中に芽生えた僅かな感情など些細なものだ。

 愉悦に傾倒した思考のない本能の中に存在する、酷く冷静な感情が戦いへと呼び戻す。

 ファントマは、愉悦に溺れていなかった。


「――ヌッ、ゥウウ!?」


 優劣の差はどう足掻いても覆ることはないが、予想外の動揺に喚いたのは番人の方だ。

 馬鹿正直な突進が番人の虚を衝いたように、続けざまで繰り返したはずのファントマの突進に弄された策は再度番人の意表を突いたのだ。

 否、それは決して策と呼べるだけの上等な手段ですらないのだろう。


「掴まえたぜ……」


 くぐもった声で呟いたファントマの腕にはどす黒い鮮血が滴っている。

 しかしそこに痛覚を伴うような所作はなく、その血がファントマ自身のものではないことは明らかだ。

 ともすれば紛れもなく番人の血。

 右眼を抑えた番人の腕からもまた、溢れ出るように鮮血が垂れていく。


 真正面から衝突し合うには体格差を含めたあらゆる条件で危険だということは思考の存在しない本能の部分でも理解していた。

 ならばそれを避けるのは生物としてあまりにも当然の反応である。

 ファントマの愚直なまでの戦いへのこだわりが、真正面からの馬鹿正直な突進という残像に錯覚を見させたのだ。


 状況を端的にまとめるとすれば、突進に見せかけた陽動にまんまと嵌まって振り下ろされる番人の腕に身を翻し、跳躍と相対し合う勢いのまま巨躯を駆けあがったファントマが顔面に襲い掛かった、というところだ。

 思考はない、その深層に存在する戦いの本能が愚直なだけの突進では終わらせなかった。

 視界を奪ったという状態は明確にファントマを優勢にする。

 一進一退の拮抗した状況に、一筋の活路が切り開かれたのだ。


「さあ。まだまだ、愉しませてくれるよな?」


 絶えず獰猛な笑みを湛えたままファントマは嘯く。

 その返答は、巨躯の肩を上下させる重たい呼吸音が応じる。

 巨躯に肺が空気を取り込む量も尋常ではない。

 尋常ではない量の溜め込んだ空気を一気に解放することで、ファントマの戯言に応えた。


「グゥウ……アァオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 歪な巨獣の激昂。

 脳髄を直接掴まれたように頭の中に響いてくる咆哮は、それだけで圧し潰されてしまいそうなほどの重圧だ。

 この広い空間が音に合わせてびりびりと振動している。


 番人が、聖剣を守る守護者としての矜持に保たれていた理性を捨てた。

 それが示唆する意味とは。この先は守護者としてではない、牡牛と獅子と蝙蝠の歪な巨獣としての野生の解放である。

 触れた者の全てを薙ぎ倒さんとばかりの、乱雑な暴力がここに解き放たれた。


 壁も床も天井もない、前肢が壁を突き破り、後肢が床を抉る。大翼が広い空間を飛び回りながら、彼の巨獣の眼に映る全てを蹂躙していく。

 そこにはファントマの姿というものが明確に映されていないことだろう。

 その根拠に、未だかつてない興奮に喘ぐファントマの脚は、荒れ狂う波の中で一歩も動いてはいなかった。


 無差別な暴力はファントマの肉体を捉えることはなく、しかし、そこに踏み入る隙すらも与えず猛り狂い続ける。

 手を付けられなくなったという意味では更に状況は膠着していた。

 ファントマもまた激しい劣情を抱えながら、独りでに身を悶えさせている。

 ファントマが動き出さないことが、より空間を破壊し尽くす波を自由にさせていた。

 迫り来る破壊の波の中、変わらず脚を止めながら愉悦を噛み締めるように呟く。


「最ッ高だ……! これが俺の求めていたもの、乾いた心を潤してくれる至上の戦い。例えこの身が朽ちようとも本望のままに消えれそうだ」


 ファントマはここに来て明確に死を覚悟した。

 あるいは死期を予感した塩らしさが招いたのか、柄にもないふとした言葉が漏れ出てしまう。


「聞こえちゃあいねえだろうがレイヴン様よ、礼を言うぜ。この戦いに巡り合わせてくれた感謝だけは、初めて心の底から嘘じゃないと断言する。……だから、聖剣を持ち帰るのがこの手でなくても許してくれないか……?」


 神殿の外に居るレイヴンの耳に届くはずのない言葉は、暴れ狂う巨獣の轟音に掻き消される。

 今まで浮かべていた獰猛な笑みが、ファントマにして、穏やかな笑みに移ろいだ。




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