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無限転生 -転生勇者の魔王譚-  作者: ホモンロ
第二章 鳥籠の姫君
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第二十三話 『鳥籠の姫君-02』

 草の匂いが香る、長閑な平原が広がっている。

 澄んだ青空の下、貧しいながらも気丈に暮らす彼らの日常に降り立った死の色は、全てを奪い去っていく。


 そこは勇者が生まれ育った村。

 村から互いに視認できる程度の位置へ姿を現す。

 ユークリッドの地から計れば星をひっくり返す程遥か遠く、勇者の背にはその距離の分だけ人々の想いが負われていた。

 勇者ブレインが散った日、ブレインの耳に聞こえた呪いの声はこの村人たちのものだった。

 彼らの期待や希望を裏切った後悔は今でも消えない。


 レイヴンの眼前に広がるのは懐かしき故郷だ。

 もう一度帰る時は、必ず魔王を倒してからと覚悟を決めて旅に出た。

 それがこんな形で帰ってくることになるとは、運命の悪戯にしても皮肉が効きすぎている。

 もはやレイヴンの心の中に郷愁を感じる隙も無い。

 故郷を潰すことに、何の躊躇いもなかった。


 閑散とした、それでいて活気づいた平穏な村。

 今この瞬間、数分後に待ち受ける惨状を想像できる者がどれだけ居たことだろう。

 魔王の従える彼らだけが、この後の悲劇を強く想像できている。

 日常の中へ忽然と現れた死の恐怖にそれと気付けた村人は一人も居ない。

 気付けたからと言って、彼らの運命に変わりはないのだが。


 魔王を筆頭に、その傍らの四人と数十体に及ぶ骨の騎士たち。

 レイヴンの遠い記憶で覚えている限りに、魔王が従える部隊はこの小さな村の住人の数すら優に超えている。

 過剰なまでの、されど魔族のほんの一握りでしかない戦力が集った。

 ユークリッドの戦乱と比べれば微々たるものだ。

 それでも、一介の村人たちに抵抗する手立てはないだろう。


 凄惨なまでの残虐さだ。ただの辺境の村を襲撃するには大げさすぎる人員である。

 その全てが、主にレイヴンの個人的な感情が起因していることなど誰も知らない。

 理由など何でも同じなのだ。

 ただレイヴンの命令だから従う者が居て、ただレイヴンの意思に滅ぼされる村がある。

 今から起きる事象とは、それだけのことなのだ。


「この数、この距離を転移するとは大したものだ。疲れただろうガーネット。悪いがまた帰りも頼むことになる。村の滅びゆく様でも眺めながら休んでいてくれ」


「いえ、この程度のことはどうということもありません。レイヴン様の御傍にて安らわせていただきす」


「……そうか。まあ、好きにすると良い」


 そう言っているレイヴンの表情は、絶えず顰めたまま村を眺めていた。

 話しかけたレイヴンの方が気の入っていない態度である。

 労い通り、これだけの兵士及び陸を超えるほどの転移はガーネットにしか成せない所業だろう。

 ガーネットは相変わらず凛としたままレイヴンの傍らに佇んだ。

 どうということもないはずのない魔力や精神の消耗を、彼女自身が否定するのなら今のレイヴンにはそれを一々気に留めるだけの余裕はない。


 思いつめた表情が物語る、悲しみと背徳感。

 レイヴンにとって勇者としての旅路は何だったのか。そう、自分の胸に尋ねざるを得ない悲痛の宿命。

 これから行われる行為は自分で自分を否定しているのと同義だ。

 かつては守るために戦った。今はその手に掛けようと対峙している。

 それでも、この選択以外にレイヴンが先に進む方法はなかった。


 今正に、配下の彼らへと投じられる下命は残虐そのもの。

 魔王の立場に生まれ変わったという事実の他は、何もレイヴンの行動を肯定してくれない。

 他ならぬレイヴン自身の真意でさえ本当に望んだ形ではないのだ。

 誰に咎められようと、この方法だけは変えることが出来なかった。


「――ファントマ。これから俺が歩く先の邪魔する者共を全て蹂躙しろ。それ以外は捨ておけ」


 あるいは、邪魔する者と限定したことはレイヴンの中で僅かな救いなのだろうか。

 否、それは慈悲ではなく、目標へとただ真っ直ぐに向かう過程で食指が伸びないだけだ。

 レイヴンの中で決めた秘め事に不純物を取り込みたくないという歪んだ誠実さである。

 もとより、この魔王の前に抗う気を起こす者がどれだけ居るかという話ではあるが。


「……ああ?」


 恥を晒した身内の前に、久方ぶりに姿を現したファントマが機嫌悪そうなのはいささか仕方のないことだ。

 それにしても未だ不貞腐れた態度はファントマの幼稚さを誇張している。

 ファントマは嘲笑交じりに卑下しながらレイヴンの下命を拒んだ。


「こんだけ居んだから俺じゃなくてもいいんじゃあねえか? なんせ病み上がりなもんで、レイヴン様の期待に添うだけの働きを出来る自信がねえよ。何より、ただの人間に負けちまったような小者だからなあ」


「そう言ってくれるなよ。ファントマ、お前には早く戦いの勘を取り戻してもらわなければ困る。一介の村人とハワードを比べても仕方がないだろう。それとも、お前は本当にただの村人にも負けてしまうほどの小心者なのか?」


 それはハワードとの決闘に乗せた時の手口と同じではあるが、どうにもことファントマに限っては効果的らしい。

 その単純さこそファントマらしさとも言うべきか、故に純粋な戦いに関しての命令を下し易い。

 レイヴンの勇者と魔王の心を持ち合わせた複雑な事情に、これだけ扱い易い存在は重宝される。


「……ケッ。分かったよ。やればいいんだろ、やれば」


 使われ易さというものを自覚しながらなのか、ファントマは半ば妥協したように頷いた。



 ◆



 日常の音が絶えない村で、一人、また一人と作業の手は止められていく。

 貧しいながらに気丈さが溢れ返る騒々しさの中へ、誰かの訝しげな声は嫌に反響する。


「――な、ま……魔王……ッ!?」


 誰が最初にその存在を気づいたのか。

 誰か、と当たりを付けるまでもなく、皆の視線は決まって一点に奪われていた。


 そこにあるのは魔王の姿だ。

 威風堂々と佇み、まるでそこに居ることが当然のように君臨している。

 まだ村の何処かから聞こえてくる生活音が、その光景との齟齬を生み出して、村人たちが畏怖を覚えるまでの時間を遅らせる。

 次第に頭の中で認識が追いついていき、居てはならないはずの存在に騒めきが村を覆っていく。


 彼らの中の誰か一人でも実際に魔王の姿を見たことのある者は居ないだろう。

 それでも、この村に突如と現れたその先頭の存在が魔王であることは一瞬で理解した。

 状況と風貌、そのどれをとっても魔王であることの証明に足り得る。

 なぜこんな場所にと、彼らの脳裏を言葉にするのなら全てその一言に集約される。

 疑念が先走る脳内を落ち着かせたのは、他ならぬ魔王自身の言葉だった。


「先にお前たちへ忠告しておこう。抗うなよ。抵抗したところで、無駄に命を落とすだけだぞ」


 優しさの皮を被った悪魔の囁き。

 口調に倫理感はなく、抗うことで手間を掛けさせるなと印象付けているだけの言葉だ。

 それは当然、敵対する立場の相手への抑制力は発揮しない。

 建て前といった体裁が強い言葉に、素直に身を差し出す者は居なかった。


 よもやここは勇者の生まれ育った村だ。

 勇者を勇ある者に育て上げた彼らが物怖じすることはない。

 ただで悪に屈するような愚者は居なかった。


 レイヴンは頭の片隅にハワードの姿を浮かべながら、流石という言葉を呑み込む。

 同じく襲撃された立場である両者で、魔族に取り入った強かさのハワードと、無謀とも言える勇気で立ち向かおうという村人たち。

 ハワードの立場と彼ら村人の引き合いに、そのどちらが優れた選択か、今のレイヴンに決めることは出来なかった。


 村人たちは各自なけなしの武具を取り出し、農具までも持ち合わせて抵抗の意思を表した。

 無駄に終わった忠告がレイヴンに溜息を吐かせる。


「……そういうわけだ。頼んだぞ、ファントマ」


「辞めときゃいいモノをよ。まったく、余計な作業をさせやがる」


 それは敢えてなのか、レイヴンの耳に聞こえるような声でファントマは呟く。独り言にしては大きな声で、愚痴に聞こえるようでその実、声色はどこか喜々とした感情を含んでいる。

 腐ってもファントマらしさは健在のようだ。


 ハワードとの試合における自信の喪失と弱者を相手にする傲慢は別物である。

 戦いの場にのみ愉悦を見だすファントマにとって、失った自信による欲求不満は膨大なものだろう。

 今正に迎えようとする戦いの瞬間を、誰よりも望んでいたのは他ならぬファントマなのだ。

 口とは裏腹に滲み出てしまう感情が、ファントマ自身、自分に必要なものを気付かされていた。


「――さあ、行こうか」


 開戦の合図はあまりにも淡白だ。

 村人たちは村の門を跨がせまいと決死の形相で武具を強く握っている。そんな彼らに失礼なほど、レイヴンは淡々と歩を進めていく。

 道を塞ぐ者はファントマが蹴散らし、その中央を闊歩するようにレイヴンは続いた。

 更にその後続に従える一軍は、ただ足並みを揃えるのみで手は出していない。

 されど、それだけで村人たちに絶望的な圧迫感を与え続けている。


 時間にしてものの数分。

 レイヴンの歩調は乱れることなく、悠然とした足取りは村の中央広場へと辿り着く。

 ファントマが嬲っていった村人たちの中には当然、見覚えのある顔があった。

 千度の世界を渡った今でさえ嬲り倒されていった彼らの名を呼ぶことも出来る。

 もっとも、『勇者ブレイン』の名を捨てたレイヴンが今更彼らの下へ擦り寄るのはお門違いだろう。

 何より、かつての友人や知人たちの苦痛の表情に、今のレイヴンは特別な感情を抱くことは無かった。


 顔や名さえも覚えているかつての激しい後悔と、魔王として臨む非道な淡白さ。

 自分で自分が分からなくなるほど乱れた情調にも、歩に戸惑いはない。

 そんなことよりも、レイヴンは果たすべき使命に迷いなく進んでいく。


「……そろそろいいだろうファントマ。最早彼らに抵抗の意思は消え失せた。愉しんでいるところ悪いが、手を止めてくれ」


「あぁっ? チッ……、んだよっ。ようやく温まってきたとこじゃあねえか。こんなので終わりじゃあ生殺しだぜ」


「まあ、そう言ってくれるなよ。久々に体を動かして血が騒ぐか? また別の機会を与えてやる。今回はこれで終わっておいてくれ。見ての通り、武器も手放したような者を相手にしてもつまらんだろう?」


 ここが勇者の故郷で、例え勇ある者たちの村だとしても、尚立ち向かってくる者は次第に減っていく。

 それは立ち向かった者から順に嬲られていくからではなく、皆が立ち向かおうという意志を放棄し始めているのだ。

 武具を手放す者、身を縮ませ震えることしか出来ない者、最早目に映るのは臆病な人間ばかりだ。

 否、彼らの誰もが最初から臆病だったわけではない。

 たった一体、先頭の蹂躙者に立ち向かうことすら無謀だと気付かされたのだ。

 その後ろは更に村の総人口を優に上回る骨の兵士達。

 勇気でどうにかなる数ではなかった。


 手を止められ露骨に不機嫌になったファントマは唐突に多弁になる。

 不安定な感情が暴走を始める。


「――いいや、愉しいんだよ。アイツと……、ハワードと試合してやりあって気付かされた。負けたことで、気付いちまった。俺は戦うことが好きなんじゃねえ……! 蹂躙することが好きなんだってなあッ!?」


 自制心を失ったファントマの口は止まらない。

 戦うことに、蹂躙することに気持ちが昂ったのか、鋭利な牙はレイヴンへと向けられた。


「礼を言うぜレイヴン様よ、こんなにも愉しいのは久々だ! この手で俺より弱い奴を嬲る感触が気持ちイイんだよ! だから! 今俺を止めるのはアンタだろうと許さねえ! 俺にッ! こいつらを嬲らせろオ!」


「――ダメだ。下がれ」


 熱量の差が際立つほど、レイヴンは冷淡に一蹴する。

 最早相手にすることすら放棄したような、レイヴンの視界の中には既にファントマの姿はなかった。

 ファントマは言い表すことのできない威圧感に息を呑む。

 相手にされていないと気付いたことで、レイヴンの中で自分が末梢的な存在だと思い知らされたのだ。

 何を物申そうという思いもそのまま萎み込んだ。


 レイヴンがただ一点に見つめるのは広場の更に先にある通りの曲がり角。

 忘れるはずのない、その先に広がる景色の記憶。

 レイヴンはおもむろに呟く。


「アリーシャ……」


 村のざわめきの中で、聞こえていたとすれば傍らのガーネットだけだろう。

 馴染みのない女性の名を呟いては、また悠然と歩を進めていく。


 喪失感に拉がれたファントマの横を通り過ぎ、真っ直ぐと視線の先へと誘われるような足取りのレイブン。

 心ここに在らずとばかりに、その先にある光景へと捉われている。

 この期に及んで、レイヴンの歩を妨げる存在はなかった。




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