先が思いやられるぜ…
クロノスの技なのか、魔法なのか、それともよく分からない何かで移動した俺たちは、気が付くと見渡す限りの平野に立っていた。
「ギリギリセーフってとこだな」
どうやら俺はギリギリで存在を保つことができたらしい。
ダンジョンの存続どころか、その前に俺自身が消滅するところだった。
「言いたいことはあるが……俺はここでダンジョンを経営するんだな?」
「そうだ。早速、ダンジョンの卵を作ろう」
「ダンジョンの卵?」
「そうだ。ダンジョンがいきなりバーンと生えるわけないだろ」
「いや、『生える』って……まあいいや。俺はその卵作りで何をすればいいんだ?」
「まずはコンセプトを決める」
「コンセプトか……うーむ……」
必死に頭をひねってアイデアを絞り出す黎二。しかし、いきなり素人がダンジョンのコンセプトを考えろと言われても、そう簡単には思いつかない。
「クロノス、なんかヒントをくれ」
「自分で考えろよ。お前の生命線だぞ」
クロノスは肩をすくめた。
「まあ、他のダンジョンマスターの例を挙げるなら【草原】【溶岩】【鉄】とかだな」
「むずいって……もっと!」
「欲張りめ。ダンジョン経営はハイリスク・ハイリターンか、ローリスク・ローリターンだ。何かを犠牲にすれば、その分だけ大きな対価が得られる」
そう言って人差し指を立てる。
「あと、他のダンジョンとコンセプトが被ってると卵は作れない。独創性も必要だ」
「なるほどな……」
少し考え込んだあと、俺は口元を緩めた。
「よし、決まった」
「早いな!」
「次はどうしたらいい?」
「両手を地面にかざしてこう唱えろ。
『クリエイト・ダンジョンエッグ コンセプト○○』
○○にはお前のコンセプトを入れればいい」
「オーケー。じゃあ――」
俺は両手を地面へ向ける。
「クリエイト・ダンジョンエッグ コンセプト【無害】」
その瞬間――
ズゴゴゴゴゴ……!
轟音とともに地面が割れ、地下へ続く石造りの階段が姿を現した。
「む、【無害】!?」
クロノスが目を見開く。
「何考えてんだお前!? これじゃ攻略者を迎え撃てねぇじゃねーか!」
俺は得意げに胸を張る。
「ふっふっふ。【無害】っていうのはな――」
「**ダンジョンは人に危害を加えない。そして、人もダンジョンに危害を加えられない。**そういう意味だ!」
クロノスは唖然とした。
そんな縛りは聞いたことがない。
ダンジョンとは存在そのものが脅威だ。
危害を加えないだけでも十分重い制約なのに、危害を受けないまで付けるなど、普通ならリスクとリターンが釣り合わない。
「お前……他にどんな縛りをかけた?」
「ああ。リスクが足りないと思って二つ追加した」
「何だ?」
「一つは、このダンジョン経営で利益を得ないこと。もう一つは、このダンジョンで生み出した物を俺自身は使えないことだ」
「利益を得ない!? 意味が分からん! 利益がなきゃどうやって生活するんだ!? ダンジョンマスターだって飯も食う、水も飲む! しかもダンジョン資源まで使えないって、水も飯も武器も作れるのに全部捨てるのか!?」
「何言ってんだ?」
俺は首を傾げる。
「給料はもらうぞ?」
「……は?」
「利益っていうのは最後に余る金のことだ。人件費は経費だから普通にもらう」
「…………」
クロノスの思考が止まった。
「地球にはNPO法人ってのがあってな。利益を構成員で分けないだけで、給料はちゃんと払われる。俺はその仕組みを使っただけだ」
言ってしまえば、自治体が公共施設の管理をNPOへ委託する指定管理制度みたいなものだ。
まあ、今は立場的に俺自身がそのNPOなんだけど。
どれだけ指定管理関係でNPO法人とやり合ったと思ってる。
「じゃあダンジョン資源は?」
「俺は運営者として使えないだけだ。必要なら他人から買う。売買まで禁止されたわけじゃない」
「…………」
クロノスはしばらく黙り込んだ。
「細けぇ理屈はよく分からんが……リターンが認められたなら問題ないんだろうな」
そう言って気を取り直す。
「ちなみに、人間がダンジョンに出入りしたり、泊まったりするとDP――ダンジョンポイントが貯まる」
「DP?」
「ダンジョンマスターはそれを使ってモンスターや鉱物、設備なんかを生み出せる。一番大事な資源だ」
「なるほど」
俺は頷く。
「交流人口と定住人口の増加だな」
「お前の言うことは時々よく分からん」
クロノスは苦笑した。
「とにかくDPを稼いで、それを使ってダンジョンを発展させる。それが俺たちの使命だ」
なるほど、なるほど。
それはつまり――
「なんて簡単な仕事だ……!!」
クロノスは大きくため息をついた。
「……お前、本当にそう思ってんのか?」
「もちろん」
「先が思いやられるぜ……」
そう呟いたクロノスの声を、平野を吹き抜ける風だけが聞いていた。




