まだ続くメロンクリームソーダ
「私は、もう中学には戻る気はない」
と言い放った涼花は喉を潤すためにコーヒーをすすった。特に長々と喋ったわけではないが、どことなく不安だったからだ。
香苗はなんてことなく、メロンクリームソーダのアイスとソーダの境目にストローを入れることに集中している。
彼女にとって中学に行かないことは日常に他ならない。ただ、絢斗はそうではなかった。
「もし、今回のことがなかったら、通ってた?」
絢斗は唇を噛み、目を伏せる。
絢斗との恋愛絡みの件で学校にいかなくなったとしても、涼花を虐めた玲が悪いのに。
彼はイケメンと囁かれるいや、大騒ぎされているのと同時に異名を誇っている。【gently】直訳すると粗暴ではなく気品を持って、柔らかくだ。簡単に言えば、振るのが上手。
その異名を聞いた時に涼花は思ったものだ、全く欲しくない異名だな、と。
絢斗は思いを伝えられた相手にきちんと誠意をもってお断りする。ちゃんと断るし、それでいて相手を傷つけない一番の方法を模索する。ただ、慣れすぎて振るのがうまくなりちょっとこなれ感があるが。
だから、絢斗が玲をこっぴどく振って逆上させ、玲が涼花をいじめたなら絢斗にも責任があるだろう。ただ、今回は玲が一方的に涼花を嫌ったというだけだ。
しかし、絢斗がもっと早く気付いて助けられたなら、と思うなら、そのことに関して絢斗にもほんの少しの責任が生じる。
涼花は自分勝手なことを思う。責任なんてやめて、と。
どんなに感じるな、と言われたとて感じてしまうのが人間で、些細なことで悩んでしまうのが人間で、しかたない。涼花はそれを理解しているのに責任を感じるな軽くなれと思う。
涼花はもう一度コーヒーをすする。絢斗と涼花の間に沈黙が流れた。質問に答えることが出来ない。そんな中で声を上げたのは香苗だった。
「私は基本的にはよっぽどのことがない限り学校に行ったほうがいいと思うよー、学校にいかないと何でも自分で選んで選択して周りに責任を押し付けられないからねー。私にだって学校に行けなくなった原因はあるよ、その原因がなければ今頃、学園生活をエンジョイして彼氏作ってただろうねー。」
香苗が言葉を切り、メロンクリームソーダのアイスをすくい口に運ぶ。軽い口調だが百戦錬磨。彼女だって様々な場面を切り抜けてきただろう。
アイスを飲み込むと彼女は言う。
「でもさぁ、私が不登校生だからこそ出会えなかった人とかいるんだよね。学園生活とその人達を比べるとさぁ、学校行ってないほうが得ているものが多いから、私は、あの時原因がなければってあんまり思わないんだよね」
真っ直ぐな瞳で告げる香苗はきっと嘘偽りを言っていない。
涼花は紅茶に口をつけた絢斗の方を見る。
「絢斗。加川先生に私の親へきちんと説明するよう言ってくれてありがとう。だから私はさっぱりした気持ちで不登校になれる。元々学校が好きじゃないのは知ってるでしょ」
「吹っ切れた?」
涼花の顔色を伺うように、絢斗はさり気なく顔を覗き込んだ。整った表情は少し寂しげでそれでいて明るい。
絢斗の自分の気持ちを隠さないところは、涼花が彼を好きになった理由だ。人目を気にせず、自分の思うままの感情を出し、人に躊躇しない。それでいて人を気遣える絢斗を涼花は好きになった。
「お陰様で」
「自由になれたならよかった」
絢斗が言った、その言葉は涼花を全肯定してくれる言葉だった。
外が夕日に染まる家路。絢斗はバスなので、涼花は香苗といっしょに電車に揺られていた。人の少ない電車は貸し切りとまではいかないが人が少ない。学生がちらほらといるぐらいだ。
メロンクリームソーダで剥がれたリップを塗り直した香苗はリップをしまうと背もたれに寄りかかる。
「いい男ですねー。あっ取らないから」
香苗は大げさに首と手をブンブン振る。ちょっと本気で危険を感じている、という様子の香苗に涼花はギロリと睨む。
「私がどうこう言える問題じゃないし」
「でもさぁー、涼花ちゃん?」
「なに?」
涼花は夕日が眩しいので目をつぶる。もう時刻は5時だと言うのに夏が近づき日が長くなった。
「いい男は先着順だからね?」
「大丈夫、私の前に先着している人は何人もいる」
「んーそうだねぇ。でもさ、不登校生って彼氏できないからなる前に作っといたほうがいいよ。涼花ちゃんはまだ不登校に片足突っ込んでるだけじゃん?まだ間に合う!」
不登校に片足を突っ込んでいる、というのはどういう状態なのか。だが、8年間不登校の香苗は2ヶ月ほどのペーペーの涼花など片足突っ込んでいる状況なのかも知れない。
それはさておき、香苗の言葉は身にしみた。涼花も絢斗もなあなあでもう告白しあったも同じような感じになってしまったので、これは長引いて長引いて結局なしになり得ない。ちょっとドキリとした。
「・・・・ご忠告受け取っておきます。」
涼花は珍しく香苗の言葉を大真面目に受け取った。
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