雨の癖っ毛とストレートヘア
「加川先生よろしいでしょうか?」
中学国語教師の加川は作り笑顔で振り返った。
そこには加川が思った通り、大人っぽい気品とそれでいて少年らしさを兼ね備えた自分のクラスの生徒――青木絢斗が立っていた。
加川は元々この青年が苦手だった。ただ、最近もっと苦手になったような気がする。それには明確な理由があった。
「先生、白井さんのことでお話が」
最近、白井涼花が学校に来なくなったことで、毎日のように面談を持ちかけられているからだ。
最初は理由をつけて断ったりしていたのだが、この学校の校風として生徒は教師との面談を好きな時に出来る、というものがあり断るのも難しくなってきたのだ。
ただ、加川は面倒くさいから、という理由で断り続けていたわけではない。そこまで人間腐っていない。
涼花が学校に来なくなったことを絢斗が加川に相談してもなににもならないと分かっていたからだった。
(変に期待を持たせてもどうだろうか)
「分かった、教室で待っていろ」
加川は絢斗が教室に入っていくのを見届けるとこっそりため息をついた。
加川が雑務を終わらせ、面談用ノートを持って教室に入ると絢斗は無駄に姿勢をただして外を眺めていた。
梅雨のためか最近雨が多い。加川は癖っ毛のため嫌いなのだが、サラサラストレートヘアの絢斗は楽しげに雨を眺めている。
絢斗は加川に気付くと軽く頭を下げた。品行方正過ぎないか、と加川は思う。
「忙しいのにすいません」
すいません、と整った眉を下げる様子から見るに本当に申し訳なく思っているようだ。加川は若干穏やかになる。
「いや、いいんだよ。で、どうした?」
「白井さんのことです」
予想通りといえば予想通り。
加川は眼鏡を掛け直し、少し冷たい視線で絢斗を見る。
「青木くんは白井さんの事は関係ないでしょう」
「ですが、白井さんが来なくなった理由に俺は絡んでいます」
その通りだ、と加川は思った。しかし、言うこともなければ絢斗に責任を負わせる必要もない。加川は自分のことをいい教師だとは思っていない。型にはまった給料が貰えればいいというだけの教師だ。
それでも、教師らしいことはする。絢斗には関係ないことだ、と諦めさせることも時には大事だと思っていた。
「桜木には注意をしたが」
桜木玲は絢斗に告白をし振られ逆恨みをした。
言ってしまえばそれだけ、とも言える。
「白井はちょっと嫌になって来なくなっただけだ、すぐに来る。友だちもよく家に様子を見に行っているようじゃないか?」
加川は教師になってから5年という新任でもなければベテランでもないという微妙な時期ではあるが5年なりに沢山の生徒を見てきた。
学校のいじめで転校した生徒、夏休み明けから急に来なくなった生徒。そして、実はこのクラスにも名簿には載っていないが堀香苗という一切学校に足を踏み入れない生徒がいる。
白井涼花は厚い人望を持つ女子生徒の憧れのような生徒だ。
桜木玲と取り巻き達には嫌われているが、学校に来なくなってからというものの級友たちが家にプリントを届けに行ったりメールをしたりと甲斐甲斐しく世話をしているそうだ。
あともう少ししたら来るだろうというのが加川の持論だった。
「白井さんが、涼花が傷ついていないとでも思ってるんですか?」
青木はいつもより低い声でつぶやくように言った。机の上に置かれた手は拳を握っており、怒りに悶えているようだった。
「靴に水をかけて、傘をボロボロにして、すれ違いざまに暴言を吐き転ばせる。それに傷つかない人間なんていませんよね、どんなに桜木が成績がいいからっていじめを見過ごすんですか?」
(そんなに桜木を気に入っているわけじゃないんだけどなぁ)
加川が玲を気に入っているかと言われたら気に入っているという部類に入るだろう。ただし、そこまで特別扱いしているわけではない。いじめを黙認するほど教師をやめているつもりは無い。
玲は成績優秀で勉強に勤しむ姿勢が熱心なため先生に気に入られやすい。加川よりももっと分かりやすく優遇している教師は他に大勢いる。
(それに今回の件は桜木が悪かった。ただ、桜木にだって言い分はあるだろう。だから言いづらいんだよな)
「桜木さんから白井さんに謝罪をすればいいのか?」
「そんなの求めてません」
即答した絢斗に加川は目を瞬かせる。
(玲が涼花に謝ればどんなに気がすくだろう、と思っているだろうに)
絢斗はそう思う一方で涼花がそんな事を求めていないのも分かっているのだろう。そこで自分の気持ちを押し付けないことが彼のイケメンぶりにつながっているということを絢斗は知らない。
これが罪な男だ。
「白井さんのご両親への適切な説明をお願いします」
絢斗なりに色々と考えて出した結果なのだろう。
(この前面談した時は教頭が主体だったから口出せなかったもんな)
玲を気に入っているのは主に教頭だったりする。
絢斗は頭を下げる。涼花の両親は今回の一件の内容を恋愛絡みの痴情のもつれぐらいにしか知らない。
「俺は家でも涼花が辛い思いをしているなんて嫌です」
絢斗は真っ直ぐ瞳を見開いて穏やかに言い放った。




