重い恋バナ後編
「えっなになに?」
香苗は呑気に身を乗り出す。涼花は控えめ口を開き、そして香苗に青木絢斗とのことをぽつりぽつりと話し始めた。
――涼花と絢斗が初めてお互いを認識したのは入学式の後の公園でだった。
そして、初めて話したのは中学校の入学式が終わって家路についた時だ。CMのごとく公園のジャングルジムの上で絢斗は一人でオロナミンCを飲んでいた。
また、その公園は香苗と涼花が久しぶりに再会した公園と同じである。
絢斗の容姿ははっきり言って人より優れていた。これが噂のイケメンさんね、と涼花は思いながら一瞥しようとしたのだが、声をかけられた。
『同じ中学だよね、よろしく』
絢斗は同じ中学の涼花にジャングルジムの上でCM風にオロナミンCを飲んでいる様子を見られても焦った様子は見せなかった。
――強い人だな。
学校内で白井涼花という人間を演じることしか出来なかった涼花は絢斗のありのままの姿に好印象を持った。
いつからだろうか、絢斗の友人となり、ありきたりの恋をしたのは。
――そして、不運にも両思いになってしまった。
人によってはそれは幸運だと言うだろう。いや、10人に9人はそう言うに違いない。
涼花と絢斗はお互いに時期を見計らっていて、後少しで付き合うのだろう、というのが互いの思いだった。
その頃からだった。
ロッカーが荒らされるようになった。
靴が水浸しになっていた。
失くしたと思っていた傘がカッターで切られていた。
水玉模様の傘を失くしたと思い、ステンドグラスの傘を買ったのだ。ただ、なくしたわけじゃなかった。故意に奪い、故意に切り刻んだ。
ただの痴情のもつれとして先生はまともに対応することはなかった。絢斗を好ましく思って涼花を傷つけた首謀者は先生に気に入られていたので。
ぷつりとなにかが切れた。
何もかもめんどくさくなった。
今までの、したくもない友人づきあいも、愛想笑いも。
涼花が学校に行かなくなってさぞ喜んでいるだろう、と涼花は思う。今涼花を見たら嘲笑うだろう、と。
涼花は話し終わると香苗の顔色を伺った。
香苗は行けなくなった理由を涼花が話すのを気長に待つ予定だったのだろう。肩透かしを食らったのか、少々呆然としているようだった。
涼花は二日前、香苗に久しぶりに会った時は絶対に言うまいと思っていたことを吐露してもいい……というかさせて欲しいぐらいに思っている。それは何より回復に一歩近づいたことでもあった。
香苗は香苗で思うところがあるのか涼花の瞳を見据えながらなにか考えているようだった。
そして、口を開く。その後に続いた口調が先程と変わらなかったことが空気が冷たくならなかった一因になった。細やかなところまで気遣いが素晴らしい、と涼花は素直に思う。
「いやー、オロナミンCの彼はモテモテだね」
涼花は今日一日で香苗のことを少しばかり理解したような気がしていた。香苗はどこまでも人を気遣い、どこまでも人を思いやり、それでいて自分勝手だ。ただ、そこがバランスが取れていて人間らしい。
「アホな奴らに好かれて、イケメンも大変だね」
その声には侮蔑と怒りがこもっていた。ただ、その侮蔑と怒りが首謀者に向けられたものなのか、絢斗に向けられたものなのかは涼花には分からない。
「今は勝った気でいるんでしょ?アホだねー、アホアホ」
「まあ、彼女の思惑通りには行ったからね」
涼花はコーヒーを一口すすった。その味覚的な苦さが涼花の苦い気持ちを誤魔化してくれる。
「でもさー、丁度よかったんじゃない?涼花ちゃんってちょっと敏感な所あるでしょ?匂いとか音とか学校で辛くなかった?それに愛想笑いしすぎてない?気を使いすぎたり、素を出さなすぎたり、人に相談しなかったり」
「丁度よかったんじゃない?」そんな言葉がこだまする。「丁度よかった」その言葉は何だか涼花を不登校にさせた奴らに勝てた気がしたから。
「丁度よかったね」
「うんー、いい時期にありがとうってねー」
「本当だね」
(私、悔しかったんだ)
涼花はぼやけてきた視界を手で拭うと、スマホを取り出しメールを打ちはじめる。メールを送った相手――絢斗からすぐに返信が返ってきた。
「香苗ちゃん、明後日って空いてる?」
絢斗と話すには勇気が足りないが、香苗がいるなら話せる気がした。
「いいよー」
すべてを察した香苗から間延びした返事が返ってくる。




