ねえ、要するに泥棒猫ってこと?
赤子が母親の裾を掴むように香苗が鈴花の裾を引く。服装がモード系なのに対して、仕草のギャップが違いすぎる。どうしたのだろうか、と鈴花は香苗を見た。香苗は愛らしく首を傾げている。
「ねえ、要するに泥棒猫ってこと?」
「だから、青木くんは私などという、好きな人の好きな人を害するような人に好かれてしまう」という玲の言葉に対して、囁くような声で香苗が言った。なんだろうか、稲妻のようなものが体を走る。
(絶対わざとだろう、それに少し楽しんでいるだろう)
「香苗さんは随分はっきりと言うんですね?」
少し身を乗り出した玲が香苗の顔を覗き込む。それにしても、初対面の人に言われた言葉にしては玲は落ち着いている。問いただすなんて、普通はできないだろう。
「聞こえてましたー?でも、疑問形なので断言はしてませんよー!私のほんの少しばかり失礼な事を言っただけですからー。本題に戻ったほうがいいのではー?」
絶対にほんの少しばかり失礼ではなく、とっても失礼な気がする。疑問形だろうが、その疑問を口にした時点でそれは無礼者だ。だが、それはさておき本題に戻りたい。それは玲も同じだったようだ。
「私はいじめを実行していたわけではありません。鈴花ちゃんや青木くんが思うよりずっと陰湿なことをやっていました。」
それに対して、鈴花はなんの感情を浮かばなかった。点と点が繋がったというのが正しいだろう。鈴花のものに手出しをしたりすることは、玲が行ういじめにしては幼稚だと認識していた。
「友人に青木くんのことが好きだと話して、鈴花ちゃんの事を悪く言いました。ただ、それだけとも言えます」
そうだ、それだけとも言えよう。ただ、その内容が問題だ。陰湿で玲を助けたいと思わせるような内容だったのだろうか。
正直、考えたくもない。誰だって、自分の悪口の想像などしたくないものだ。
玲の言葉はただ、冷静さだけがこもっている。絢斗への恋情は見当たらない。それが、不気味だ。恋情の類がこもっていないの言葉なはずなのに、絢斗への恋心を思わせる。
この人は好きなのだろう。本当に好きなのだろう。
いつもは普通なのに、たまに変なことをするところとか、人の目を気にせず好きなことを語れる強さとか。意外にお母さんが買ってきた服を着ているところとか、オロナミンCはCM風に飲むところとか。そのすべてが愛らしくて、かっこよくて。玲は好きなのだろう。
絢斗は静かに紅茶をすする。何も言わない。ただ、眉をひそめて、いたたまれなさに耐えている。
――(私も絢斗が好きだ)
鈴花は静かにコーヒーを口に運ぶ。生暖かなコーヒーは心地が良くて、苦みが口を覆う。鈴花は静かに耳を傾けた。
「言葉って怖いんですよ、どんどん伝染していく。鈴花ちゃんへのいじめが始まって私、止められなかったんです。いえ、言い方が自分に甘いですね、止めなかったんです、私は」
絢斗はじっと玲を見つめている。憎しみも、怒りもこもっていない瞳は、異風だ。
「・・・許しません」
自然と口から言葉が出た。きっとこの言葉は本心なのだろうな、と鈴花は俯瞰で思う。
「・・・うん」
これが言いたかったのだ。きっと、この許さないという言葉を言いたかったんだ。鈴花はややスッキリとした気持ちでコーヒーを口に運んだ。




