第六話:
登場人物
セラ
本作の主人公。
海の神の子とされながら、その出自に大きな謎を抱える少年。
人を救うたび、別の誰かが命を落とす呪いを背負っている。
感情表現が乏しく、自分の気持ちにも鈍い。
しかしリナと過ごすうちに、「一緒にいたい」「失いたくない」という感情が芽生え始めている。
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リナ
ルナ村に住む少女。
明るく素直で、強さと優しさを併せ持つ。
孤独なセラを放っておけず、自然と隣に立ち続ける存在。
第六章ではセラへ好意をはっきり伝え、彼の心を大きく揺らす。
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アルテミス
月と狩猟を司る女神。
セラの失われた過去に深く関わる存在。
森の影から二人を見つめ、言葉にできない感情を抱えている。
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クロノス
時を超えてセラを見守る古き神。
選択と喪失の先に何があるのか、静かに観察している。
第六章:忘却の契り
―セラとリナの関係は―
朝の村は、いつも通りだった。
井戸には人が並び、
畑には鍬の音が響き、
子どもたちは裸足で走り回る。
何も変わらない。
だが、セラの中だけが違っていた。
昨夜の森。
銀の髪。
冷たい瞳。
そして、胸を裂くような言葉。
――あなたは、ポセイドンの子ではない。
あの女神の言葉が、頭から離れない。
「また難しい顔してる」
後ろから、ぱん、と背中を叩かれた。
振り返ると、リナが立っている。
籠いっぱいの果実を抱え、にやにやしていた。
「最近そればっかり。老けるよ?」
「……老けるとは何だ」
「そういうところよ」
彼女は笑いながら、セラの隣へ座った。
「はい」
赤い果実を一つ差し出す。
「いらない」
「食べなさい」
「なぜ命令する」
「私が年上だから」
「嘘だな」
「ばれた」
リナはけらけら笑う。
その笑い声を聞くと、胸の中の重さが少しだけ薄れた。
「……お前は変だ」
「それ、この前も言われた」
「俺に触れても怖がらない」
「触れたら呪われるの?」
「……近い」
リナの笑みが少し止まる。
だがすぐに肩をすくめた。
「じゃあ今さら遅いわね」
そう言って、彼女はセラの肩にもたれた。
「……離れろ」
「嫌」
「なぜだ」
「落ち着くから」
セラは言葉を失う。
理解できない。
自分に寄りかかって、なぜ落ち着くのか。
「お前は、変だ」
「それ褒めてる?」
「分からん」
「じゃあ褒め言葉ってことにしとく」
また笑う。
その笑顔を見ていると、昨夜感じた鋭い痛みとは違う、穏やかな何かが胸に広がる。
その日の夕方。
セラは村外れの丘にいた。
風が草を揺らし、遠くの空が赤く染まっている。
「ここにいた」
リナが息を切らせて登ってくる。
「皆で夕飯なのに、勝手に消えないでよ」
「……一人になりたかった」
「却下」
彼女は隣に座る。
「何かあった?」
「ない」
「ある顔してる」
「……」
セラはしばらく黙っていた。
やがて、ぽつりと言う。
「俺は、ここにいていいのか分からない」
リナはすぐには答えなかった。
風の音だけが流れる。
「ねえ、セラ」
「なんだ」
「ここって、どこ?」
「……村だ」
「違う」
彼女は胸を指差した。
「あなたの中の話」
その言葉に、セラは息を止めた。
「追い出された場所ばかり見てるんでしょ」
「神様の国とか、過去とか、知らない誰かとか」
「でも今いるのは、ここ」
リナは丘の下の村を指差す。
煙が上がり、人の声が小さく聞こえる。
「ご飯作って待ってる人がいて、
あなたが帰る場所がある」
「それじゃ駄目?」
セラは答えられなかった。
胸の奥で、何かが強く脈打つ。
「……お前は」
「うん?」
「なぜそこまで言う」
リナは照れくさそうに笑った。
「好きだから」
風が止まった気がした。
セラは固まる。
意味は分かる。
だが、その言葉を向けられたことがない。
「……好き、とは」
「そこから!?」
リナは顔を赤くして頭を抱えた。
「一緒にいたいとか、心配するとか、放っておけないとか!」
「あなたがいなくなると嫌だなって思うこと!」
「……呪いではないのか」
「違うわよ!!」
彼女は本気で叫んだ。
そして、少しだけ俯く。
「でも……返事は今いらない」
「あなた、まだ色々分かってない顔してるし」
セラはしばらく黙り、やがて静かに言った。
「……俺も」
「え?」
「お前がいないと、少し静かすぎる」
リナの顔が真っ赤になる。
「それ……ずるい」
「何がだ」
「天然でそれ言うの、反則」
彼女は笑いながら、そっとセラの手を握った。
セラは振り払わなかった。
そのぬくもりが、不思議だった。
失われた記憶の痛み。
女神の残した傷。
神々の嘘。
それらとは別の場所にある、確かな熱だった。
遠く、森の奥。
銀の瞳がその光景を見つめていた。
アルテミスは静かに目を伏せる。
「……遅かったのね」
月だけが、その言葉を聞いていた。
セラの心の声
……なぜ、こいつはいつも近い。
……うるさい。騒がしい。勝手に笑う。
……だが、いないと妙に静かだ。
……触れられても嫌ではない。
……手を握られているのに、振り払いたくない。
……好き、とは何だ。
……守りたい、とは少し違う。
……失うと嫌だ。
それは、同じ意味なのか?
……リナが笑うと、胸の重さが軽くなる。
……これが、人の言う“特別”なのか。
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リナの心の声
また一人で抱え込んでる。
本当に不器用。
でも優しい。本人だけ気づいてない。
怖いんだろうな。
助けるたび誰かが死ぬなんて、そんなの一人で背負えるわけない。
もっと頼ってくれたらいいのに。
最初は変な人だと思った。
今も変だけど。
でも、誰より真っ直ぐで、誰より寂しそう。
笑ってほしい。
ここにいていいって思ってほしい。
……好き。
返事なんてまだいらない。
ただ、少しずつでいい。
私のことを、帰る場所みたいに思ってくれたら。
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二人のすれ違う本音
セラ
「そばにいてほしいが、その言葉を知らない」
リナ
「好きだと伝えたが、急がせたくない」
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次章への感情の火種
* セラはリナを“失いたくない存在”として意識し始める
* リナはセラの過去の女の存在をまだ知らない
* アルテミスは二人の距離を見て揺れ始める




