第四話:
異世界の小さな集落・ルナ村で暮らし始めたセラ。
人々との触れ合いの中で、少しずつ“誰かと共に生きること”を知り始めていた。
しかし平穏は長く続かない。
干ばつと飢えに苦しむ周辺地域から、武装した盗賊団が村を襲撃する。
粗末な武器しか持たぬ村人たちは恐怖に震え、ルナ村は壊滅の危機に陥る。
守れば、また誰かが死ぬ。
何もしなければ、目の前の人々が死ぬ。
残酷な選択を迫られたセラは、再びその力を使う。
激流となった水は盗賊たちを打ち倒し、村を救った。
だがその代償として、遠く知らぬ誰かが再び命を落とす。
歓声に包まれる村の中、セラだけが沈黙していた。
さらに戦いの最中、森の奥から放たれた一本の矢が盗賊の頭目を止める。
そこに立っていたのは、銀の気配を纏う謎の弓使い――
その姿は、セラの失われた記憶を強く揺さぶる。
人を守る喜び。
救いの裏にある死。
そして、月のような面影。
神の子セラは、人の世界で初めて“痛み”を知っていく。
第四章:盗賊団襲来
雨の匂いがしていた。
空は朝から曇り、村の上に重たい雲が垂れ込めている。
ルナ村の人々は、畑へ出る者、井戸へ向かう者、家畜の世話をする者――いつも通りの朝を始めていた。
だが、セラだけは違和感を覚えていた。
「……静かすぎる」
広場の端に立ち、村の外を見つめる。
風の流れ。
土の揺れ。
遠くの気配。
目には見えないが、何かが近づいていた。
「また難しい顔してる」
リナが後ろから現れる。
手には籠。中には干し芋が入っていた。
「食べる?」
「いらない」
「じゃあ見てるだけ?」
「近い」
「何が?」
セラが答える前に――
鐘が鳴った。
カン、カン、カン、と村の警鐘が荒々しく打ち鳴らされる。
見張り台の男が叫んだ。
「賊だァ!! 盗賊団が来るぞ!!」
村の空気が一変した。
女たちは子どもを抱えて家へ走る。
男たちは鍬や斧、古びた槍を掴む。
村長ガイウスが怒鳴った。
「門を閉じろ! 若い者は柵へ!」
土煙の向こうから、十数騎の影が現れる。
粗末な鎧、曲刀、獣のような笑い声。
先頭の大男が馬上から吠えた。
「水を寄越せ! 食料も女もだ!」
リナが歯を食いしばる。
「また来た……」
「知っているのか」
「干ばつで他所の村も荒れてるの。最近ずっと略奪ばかり」
セラは盗賊たちを見る。
恐怖に震える村人たちを見る。
助ければ――誰かが死ぬ。
何もしなければ――目の前の誰かが死ぬ。
「……選べ、か」
クロノスの言葉が脳裏をよぎる。
盗賊たちは柵へ矢を放ち始めた。
一本が男の肩に刺さり、悲鳴が上がる。
門が軋む。
「セラ!」
リナが腕を掴んだ。
「お願い……!」
その声で、体が動いた。
セラは前へ出る。
門の前に、一人で立つ。
盗賊の頭目が鼻で笑った。
「なんだァ? 餓鬼が英雄ごっこか?」
セラは何も答えない。
ただ手を上げた。
地面が震える。
乾いた土の下から、水が噴き上がった。
濁流となって盗賊たちへ襲いかかる。
馬が嘶き、男たちが投げ出される。
「な、なんだこりゃあ!」
「魔術師だ!!」
さらに水流は鞭のようにうねり、剣を弾き、足を絡め、敵を地へ叩きつける。
村人たちは息を呑んだ。
「すげぇ……」
「神官様だ……!」
だがセラの顔色は変わらない。
耳の奥で、もう聞こえていた。
――水音。
遠く、知らぬ場所で。
誰かが沈む音。
「……っ」
胸が締めつけられる。
初めてだった。
痛い、と感じたのは。
その隙を、頭目は見逃さなかった。
泥まみれで立ち上がり、短剣を抜いて突進する。
「死ねェ!!」
リナの悲鳴。
「セラ!!」
間に合わない。
そう思った瞬間――
一本の矢が飛んだ。
頭目の手首を貫き、短剣が落ちる。
森の方角。
木陰に、銀色の影が立っていた。
弓を下ろす細い腕。
月光のような冷たい気配。
セラの脳裏が揺れる。
銀の髪。
凛とした瞳。
忘れたはずの痛み。
「……アル……」
次の瞬間、影は消えていた。
誰も気づいていない。
リナだけがセラの顔を見る。
「今、誰を見たの?」
セラは答えられなかった。
盗賊たちは総崩れとなり、逃げ出していく。
村に歓声が上がる。
「勝ったぞ!」
「助かった!」
「セラ様だ!」
人々が駆け寄る。
だがセラはその声が遠かった。
また誰かが死んだ。
そして今――
誰かが、見ていた。
夜。
宴が始まっても、セラは一人井戸の前にいた。
そこへリナが来る。
今日は笑っていない。
「助けてくれてありがとう」
「……礼はいらない」
「そういうと思った」
彼女は隣に座る。
「でもね」
「みんな助かった。それも本当」
セラは井戸の水面を見る。
自分の顔が揺れていた。
「俺のせいで、誰かが死んだ」
リナは少し黙り、やがて静かに言った。
「それでも、ここにいる私たちは生きてる」
「その重さから逃げるな。でも、それだけを見るな」
セラは彼女を見る。
人間は、なぜこんな言葉を言えるのか。
弱いのに。
短い命なのに。
「……難しい」
「でしょ?」
リナはようやく笑った。
「だから、一人で抱えないで」
その言葉が、胸の奥へ落ちていく。
遠くの丘で、時の神がそれを見ていた。
クロノスは静かに呟く。
「人に触れれば、神ではいられぬ」
「さて、どこまで堕ちるか……セラ」
空では、厚い雲の切れ間から月が覗いていた。
登場人物
セラ
本作の主人公。
海の神の子とされながら神々に拒絶され、異世界へ追放された少年。
水を操る力で村を救うが、そのたびに遠くで誰かが溺れ死ぬ呪いを背負っている。
第四章では初めて「守れた喜び」と「犠牲の痛み」を同時に味わう。
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リナ
ルナ村に住む少女。
明るく芯が強く、村人たちの中でも行動力がある。
セラを気にかけ、孤独な彼に寄り添おうとする存在。
第四章では苦しむセラに「結果だけを見るな」と語りかける。
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ガイウス
ルナ村の村長。
老いてなお冷静で、村をまとめる責任感の強い人物。
盗賊襲来の際には村人たちを指揮し、最後まで村を守ろうとする。
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盗賊団頭目
干ばつで荒れた土地を渡り歩く略奪者。
力と恐怖で村々を支配してきた男。
ルナ村を襲うが、セラの力と謎の矢によって敗北する。
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アルテミス(謎の弓使い)
アルテミス を思わせる銀の気配を持つ存在。
森の中から矢を放ち、セラを救う。
セラの失われた記憶と深く結びついているようだが、その正体はまだ不明。
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クロノス
時の彼方からセラを見守る古き神。
人の心に触れ始めたセラを観察し、次なる変化を待っている。




