第二話:
異世界へ召喚され、勇者と間違われ、即座に追放された高校生マサユキ。
命からがら迷い込んだ宗教の森で、毒蜂族の新女王ミレナに拾われた彼は、巨大な蜂の巣へ招かれることになった。
だが、女王の座には必ず旧き権威がつきまとう。
若き王には、必ず古き王が牙を剥く。
外伝編:正規教ザバス
第二話:毒針の晩餐
森の奥深く、巨大樹の幹をくり抜いて築かれた毒蜂族の王巣。
壁一面に琥珀色の蜜が流れ、
無数の六角房が天井まで連なっている。
羽音。羽音。羽音。
働き蜂たちが忙しなく飛び回り、
兵蜂たちは槍のような針を携えて門を守っていた。
その中央、黄金の蜜で飾られた卓へ、マサユキは座らされていた。
「……落ち着かねぇ」
左右には兵蜂。
後ろにも兵蜂。
前にも兵蜂。
完全包囲である。
ミレナは向かいの席で優雅に脚を組み、蜂蜜酒を口にした。
ミレナ
「歓迎しているのよ」
「処刑台にも見えるけど?」
「気のせい」
「絶対違う」
その時だった。
巣全体が震えるほどの重低音が響く。
どしん。
どしん。
どしん。
働き蜂たちが一斉に道を開ける。
巨大な影が現れた。
古びた王冠。
節くれだった四枚羽。
人の三倍はあろう巨体。
腹部には幾重もの戦傷跡。
毒蜂族の先代支配者――
古王女ベスパ
「……これが、人間か」
声だけで卓の杯が揺れる。
マサユキは乾いた笑みを浮かべた。
「初めまして、気さくにマサユキで」
「黙れ」
「はい」
古王女ベスパは鼻を鳴らした。
「弱い。細い。臭う。頼りない」
「よくもこんなものを巣へ入れたな、ミレナ」
ミレナの瞳が細くなる。
「私が決めたことよ」
「若き王の気まぐれだ」
「人間など災いしか呼ばぬ」
兵蜂たちがざわめく。
古王女の言葉には重みがあった。
長く群れを守ってきた実績。
血と戦で築いた威厳。
ミレナが王位を継いでも、なお彼女を慕う者は多い。
「今すぐ追い出せ」
「さもなくば――」
ベスパの尾針が持ち上がる。
岩をも砕く巨針。
その先端がマサユキへ向いた。
「私が潰す」
「ちょっと待って!? 話し合いって知ってる!?」
ミレナが立ち上がった。
空気が変わる。
彼女の背から薄紫の羽が広がり、
甘い香りが巣全体を満たす。
「ベスパ」
「その針、下ろしなさい」
「命令するな、小娘」
次の瞬間。
ミレナの瞳が黄金に輝いた。
羽音が止む。
兵蜂たちが一斉に膝をつく。
働き蜂たちまで床へ伏した。
本能に刻まれた絶対命令。
現女王の威圧だった。
「私は王よ」
「過去ではなく、今を率いる者」
古王女ベスパが一歩退く。
その巨体が初めて揺らいだ。
「……っ」
「この者に触れれば、私に逆らうと同じ」
巣全体に沈黙が落ちる。
やがて兵蜂たちが叫んだ。
「女王陛下に忠誠を!」
「ミレナ様に従え!」
「人間を保護せよ!」
空気は一変した。
先ほどまで敵意に満ちていた視線が、
急に歓迎ムードへ変わる。
蜂蜜皿が並び、花粉菓子が運ばれ、
マサユキの椅子にまで金布が掛けられた。
「手のひら返し早っ!」
ミレナは満足そうに微笑む。
「これが王の力よ」
マサユキも笑った。
「……なるほどね」
その笑みを見て、古王女ベスパだけが眉をひそめた。
「貴様……何をした」
マサユキは首を傾げる。
「何も?」
だがその背後、誰にも見えぬ文字が浮かんでいた。
《固有技能:空気支配》
場の流れを読み、
相手の感情を誘導し、
都合の良い空気を作り出す。
勇者の剣でも魔王の力でもない。
最悪にして厄介な、処世術の才能。
先ほど兵蜂たちがミレナ支持へ雪崩れたのも、
彼の無意識のスキルが後押ししていたのだ。
古王女だけは、それを本能で感じ取っていた。
「この男……群れを乱す」
マサユキは蜂蜜酒を掲げる。
「じゃ、歓迎会ってことで!」
歓声が上がる。
ミレナは楽しげに笑い、
古王女ベスパだけが静かに睨んでいた。
宗教の森にて。
人心を操る男と、毒針の女王の奇妙な共生が始まる。
今回は、ミレナが女王として群れを掌握していること、そして古王女ベスパという旧勢力の存在を描きました。
しかし本当の危険人物は別です。
マサユキには剣も魔法もありません。
けれど、
* 場の空気を読む
* 人をその気にさせる
* 流れを自分に向ける
という、非常に厄介な能力があります。
本人が自覚薄いのもまた危険です。
ミレナは力の王。
マサユキは空気の王。
この二人が組めば、まともな国ほど困ります。




