外伝編:
これは、セラたちが宗教の森へ迷い込むより、ずっと前の話。
胡散臭い笑顔で人を煙に巻く男、マサユキ。
巨大な毒蜂を従え、妖しく笑う女、ミレナ。
あの奇妙な夫婦にも、始まりがあった。
そしてその始まりは、あまりにも間違いだらけだった。
外伝編:正規教ザバス
―マサユキとミレナの出会い―
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第一話:勇者じゃない男
日本、とある地方都市。
高校二年生、マサユキ は、放課後の教室で居残りをしていた。
理由は簡単。
提出物未提出。
授業態度不良。
やる気不明。
教師に叱られながら、彼は思っていた。
(俺って、何かすげぇ才能ある気がするんだけどなぁ)
その瞬間だった。
教室の床に魔法陣が現れた。
「え?」
眩い光。
爆音。
机と椅子が吹き飛ぶ。
そしてマサユキは消えた。
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目を開けると、そこは巨大な神殿だった。
金の柱。
白い床。
大勢の騎士。
涙を流す神官たち。
そして玉座の前で、王が叫ぶ。
「おお! 来てくださったか!」
「伝説の勇者よ!」
マサユキは一瞬で理解した。
(来た……! 俺の時代……!)
胸を張る。
「いかにも」
「俺が勇者です」
王も神官も拍手喝采。
「勇者様! 魔王を倒してください!」
「国をお救いください!」
マサユキは頷いた。
「任せてください」
(やべぇ超モテる)
その時、神官長が震える声で言った。
「……ですが陛下」
「勇者の名は確か、“ワダ”では……?」
静寂。
王が固まる。
騎士が固まる。
マサユキも固まる。
「……誰?」
慌てて召喚記録が調べられる。
羊皮紙が開かれ、古文書が読まれた。
「救世の者、東方より来たる。名は……ワダ」
王が青ざめた。
「ではこやつは」
神官長が咳払いした。
「……別人です」
全員の視線がマサユキへ刺さる。
「いや、待って?」
「勇者じゃなくても、何かしら重要人物かもしれないじゃん?」
「つまみ出せ」
「早いって!」
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その日のうちに、マサユキは城門の外へ放り出された。
パン一つ。
銅貨三枚。
そして“異世界人注意人物”の札付きで。
「クソがぁぁぁ!」
「ワダって誰だよ!」
「本当にいるのかよ!」
怒鳴りながら森へ歩く。
行く当てもない。
知識もない。
能力もない。
だが妙な自信だけはあった。
「まあ何とかなるだろ」
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そして迷った。
深い森。
奇妙な鐘。
木々に吊るされた札。
風が吹くたび、どこからともなく声がする。
「ザバス……ザバス……」
「……うわ」
マサユキは引き返そうとした。
だが来た道が消えていた。
木々が動く。
地面が脈打つ。
森そのものが迷宮だった。
「やばい」
「これ普通に死ぬやつだ」
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羽音が響いた。
ぶぅぅぅぅぅん……
巨大な影が頭上を覆う。
黄色と黒の縞。
鋭い針。
馬ほどもある毒蜂。
「ぎゃああああ!」
マサユキは全力疾走した。
だが一瞬で追いつかれる。
転倒。
絶体絶命。
その時――
「やめなさい」
鈴のような声がした。
蜂がぴたりと止まる。
木陰から現れたのは、一人の少女だった。
長い髪。
透き通る肌。
黄金色の瞳。
頭には小さな触角のような飾り。
ミレナ
彼女はマサユキを見下ろし、首を傾げた。
「弱そう」
「初対面でそれ言う!?」
「でも面白そう」
ミレナはくすりと笑う。
「あなた、人間でしょう?」
「珍しいわ。巣に来なさい」
「巣?」
背後を見ると、無数の毒蜂が整列していた。
「断ったら?」
ミレナは優しく微笑んだ。
「針で眠ってもらうだけ」
「行きます!」
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こうしてマサユキは、
毒蜂族の巣へ連行――もとい招待された。
後に宗教の森を騒がせる、奇妙な夫婦の物語は、ここから始まる。
マサユキは最初から特別な男ではありません。
むしろ、
* 勘違いされ
* 持ち上げられ
* 即座に捨てられ
* 森で迷う
という、かなり情けないスタートです。
しかし彼の強みは、能力ではなく図太さです。
一方ミレナは、ただ妖艶な女性ではなく、
若くして群れを率いる“新女王”。
二人の関係は、恋愛というより
珍獣を拾った女王と、生き延びたい男 に近い形で始まります。




