表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜間回収係の記録~絶対に中身を見てはいけない回収物~  作者: 釜瑪秋摩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/22

回収物№6958――音のないオルゴール【後編】

「さて――キミ。そろそろ保管作業に入ろうか」


 管理人の明るい声が、沈黙を破った。タブレットを小脇に抱え、もう歩きだしている。


「あ……はい」


 俺は回収ボックスを持ち直し、慌ててその後を追った。


「アナタ。青葉さんは、少しここで待っていて。遅い時間だから、カレに送らせるからね」


 舞日は黙ったまま頷き、深々と頭を下げている。

 一度、振り返ったとき、街灯の下でぽつんと立つ舞日の姿が、やけに小さく見えた。

 それが酷く寂しげで、離れがたい気持ちになった。


 保管庫の中は、いつもと違いざわめいていた。

 人が多いわけじゃない。係員たちの動きもいつも通り。なのに、忙しない空気に満ちていた。

 静かすぎても違和感が溢れるけれど、こうもざわめいていると、気味の悪さが際立って感じて嫌だった。


 管理人に指定された棚にボックスを置いた瞬間、側面が微かに震える。

 これはいつも通り。そして、いつも通りの、完全な無音。


「回収ナンバー、六九五八(ろくきゅうごはち)。回収日時、九月七日。保管庫ナンバー、十三(じゅうさん)S(えす)二八九一(にはちきゅういち)番」


 タブレットに入力しながら、俺はさっきまでのことを思い出していた。

 今のところ、記憶が消えているとは思えない。回収からここまでの自分の行動を、きちんと辿れる。

 ほっとすると同時に、もう旋律が全く聞こえてこないと気づいた。


「――削られた分は()()()()んだよね」


 管理人がポツリと呟いた。誰に向けた言葉か分からないけれど、向き合っているのは俺だけだ。


「あの……俺……」


「あー、キミね。明日は健康診断に行ってね」


 ……またか。


「この間、行ったばかりですけど」


「具合、悪くなってたじゃない」


 それは、確かに。


「それと、さっきも言ったけど、彼女、送ってあげてね」


「いや、でも、俺……」


「こんな時間に、こんな場所から、一人で帰らせるの?」


 それもそうか……。

 保管施設から彼女のアパートは遠い。この時間、この場所で、タクシーを捕まえるなど不可能だろう。

 車に戻ってエンジンをかけると、舞日が待つ街灯まで移動した。


「乗って」


 助手席に乗った舞日がシートベルトをつけるのを確認してから、車を走らせた。

 この行為はルール違反に近い。上司にも近づくなと言われたばかりだ。

 とは言え、管理人の指示でのことだ。きっと不問だろう。


「……同じ小学校でしたよね」


 唐突に、舞日が言う。

 ハンドルを握る手に力がこもった。


「違うよ」


 小学生の時の記憶など、ほとんどないのに、即答していた。


「私たち、四年二組だった……」


 クラス名を聞いて、頭の奥で音楽が鳴る。一瞬、身構えたけれど、さっき聞こえた旋律とは違い、記憶の中から引き出されたかのような感覚だった。


 音楽室。

 オルゴール。

 窓際の席。

 黒板の前に立つ、小さな背中。


 目はフロントガラスの先に延びる道路を見ているのに、頭の中で断片的なシーンが浮かんでは消える。

 そこに空白がある。クラスメイトや先生の姿が曖昧で、ぼんやりと揺らいでいた。それなのに、黒板の前に立つ背中だけが、妙にくっきり浮かぶ。なぜ、この人のことだけ覚えているんだろう。


「……覚えてない」


 はっきりと思い出せない気持ちを、正直に口にした。

 舞日は少しだけ笑った。

 寂しそうでも、怒ってもいない。


「そうですよね」


 その言い方が、胸に引っかかる。

 信号が変わり、ブレーキを踏むと、俺はその色を見つめた。


 赤が滲む。


 この仕事は、回収物の記憶に触れる。触れすぎれば、削られるのだろうか。

 ――もしかすると、俺は、もう何かを失っているのかもしれない。自分でも気づかないうちに。


 舞日と会った時は、ただ守りたいと思ったけれど――。


 今は、彼女に対して別の感情が湧いていた。

 違和感と、ほんの少しの胸の痛みが。


 今年は残暑が厳しくて、夜もまだ蒸し暑い日が続いている。なのに、今夜は肌寒い。以前の回収の時、舞日の部屋が……近づいた時の体温が、そして掴んだ手首が、とても冷たかった事を思い出した。

 今、肌寒いのも、彼女のせいだろうか。


 バックミラーで、そっと様子を窺ってみると、シートに身を預けて真っ直ぐ前を見つめていた。街灯を過ぎるたびに明暗を繰り返す舞日の顔が、やけに綺麗に見える。


 同じ小学校で、同じクラスだったというのが本当ならば、俺と舞日は同じ歳か。

 あのアパートの部屋の感じや、こんな時間に出歩いている事を考えると、結婚しているとは思えない。


 恋人は――いるんだろうか。


 いや、違う。俺はそんなことを気にする立場じゃない。

 ないはずなのに……気になってしまう。

 ミラーに映った舞日の視線が動いたのが見えて、俺はぱっと視線を逸らした。


『近づくなと言ったはずだ』


 上司の言葉を思い出す。

 なぜ、何度も同じことを言うんだ?

 そんなにも警戒しないといけない、何があると言うんだろう。


 ルールにある『詮索しない』を、俺は自分の都合のいいように受け止めて、知らないままでいすぎたんだろうか。全てとまでは言わなくても、知っておくべき事があるんじゃないだろうか。


 それでも……知らないでいる方が、楽ではある。

 淡々と回収をして保管すればいい。疑問も違和感も、奇妙な体験も、全部気のせいで済ませられる。知ってしまうと、好奇心が抑えられずに、知りたい欲求がどこまでも続きそうで怖い。


 気づけば、いつの間にか舞日のアパートの前まで来ていた。


「ありがとうございました」


 車を降りた彼女は、小さな声でそう言って頭を下げる。


「いえ……もう遅いので早く休んでください」


 俺の言葉に舞日はもう一度、頭を下げた。それを見て、思わず助手席の窓を降ろすと、無意識のうちに身を乗り出していた。


「あの、本当に……気をつけて」


 アパートは目の前なのに、何を気をつけろと言うのか。

 自分の語彙力のなさに呆れた。


「それは、空木さんの方です。運転、気をつけてください」


 かすかに微笑む舞日に、何か言いたいのに言葉が見つからない。

 胸の奥に変な痛みを感じながら、車を出した。

 俺の車が角を曲がるまで、見送ってくれている舞日の姿を、バックミラーで見つめながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ