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夜間回収係の記録~絶対に中身を見てはいけない回収物~  作者: 釜瑪秋摩


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4/22

回収物№851――鳴り続ける留守電

 ――夜行物品管理(やこうぶっぴんかんり)株式会社――


 この仕事を見つけたとき、俺は正直、その仕事内容を半分も信じていなかった。


「夜間回収係」


 求人サイトにはそう書いてあった。

 仕事内容は簡単――不要物の回収。

 ただし勤務時間は深夜のみ。午前零時から午前四時まで。


 怪しい。どう考えても怪しい。


 それでも応募したのは、給料が妙に高かったのと、生活費が底をつきかけていたからだ。


 近年の企業は、社員にとって働きやすいように改革されている。

 けれど、待遇がどれほど改善されても、人と人が接する以上、どうしたって限界はある。

 俺は、それに耐えることができなかった。それだけのこと。


 面接は、駅から離れた古い雑居ビルの三階だった。

 薄汚れて文字の消えかかった看板。


『夜行物品管理株式会社・東京第一支部』


 中にいたのは、四十代くらいの男だった。渡された名刺には『所長』と書かれている。

 形式通りの面接を終えた。


「時間は守るタイプか?」


 それが最初の質問だった。


「まあ……普通には」


 所長は頷き、書類を数枚差し出した。

 契約書だ。


「重要な注意事項は三つだけだ」


 ――回収物を私的に開封しないこと

 ――依頼内容を詮索しないこと

 ――回収は必ず夜間に行うこと


「簡単だろ」


 所長は言った。

 確かに簡単だ。

 とは言え……。


「あの……妙なことに巻き込まれる……なんてことは……」


「妙なこと、というと?」


「えっと……その……例えばですけど……」


「犯罪に関わることなのか気になる、と」


 馬鹿なことを聞いてしまった。

 犯罪者に「これからやるのは犯罪ですか」と聞いて「そうだ」と答えるワケがない。


「そこは安心してくれていい。決して犯罪に関わることはない」


「……はあ」


「回収物も主に不用品」


「不用品……」


 不用品回収なら日中でも良さそうなのに、深夜なのはなぜなのか。

 所長は契約書を手に、上から順に説明を始めた。

 俺も慌てて書類を確認しながら、文字を追う。


「勤務時間は午後十一時から午前五時までの六時間になる。ただし、回収に限っては午前零時から四時までの間のみ」


 ネットに書いてあったのは、回収の時間だったのか。


「前後の時間は、回収前の準備や回収物の保管処理などに費やされると思ってくれ」


「……はい」


「近い場所なら早く終わる。遠い場所ならそれなりに時間がかかる。そういうことだ」


「早く帰れることもあるけれど、早く出勤しないといけないことも……」


「ある」


 なるほど。

 当然ながら、時間外の手当も付くらしい。それならそれで、特に問題ないと思える。


「さっき、重要な注意事項は三つだと言ったが、厳密には細かなルールがいくつかある」


 契約書のページをめくると、ずらりとルールが書かれている。()()()()という表現が可愛く思えるほどの量だった。


 ――基本原則――

 ①回収が最優先

 ②中身は確認しない

 ③指定ルート以外使わない

 ④依頼人に説明しない

 ⑤異常があれば撤退


 最初に聞いた注意事項の補足のような内容だ。


「最初のうちは、簡単なものだけを回収してもらうことになる」


 だから、これさえ守っていれば問題ないと所長は言う。

 書面に書かれているその他のルールには、『絶対禁忌』や『危険禁忌』、『最大禁忌』などの文字も並んでいる。禁忌……と書かれているのが物騒だ。


 それでも……。


 所長が次々に説明していく、基本給や各種手当、福利厚生は大企業並みに充実している。

 社宅まであって、家賃が重い負担になっている俺にとって、魅力的だ。


 俺は深く考えないまま、サインした。

 犯罪を犯すのではない。そう自分を納得させて。


「要するに、仕事内容としては配送業みたいなものですよね。深夜だと道が空いているから……とかですか?」


「まあ、そういうことだ」


 所長はそう言ったあと、不意に手元に視線を移し、ぽつりと言った。


「昼間は、余計なものが多すぎる」


 余計なもの……。

 それがなんなのか、何となく聞いてはいけない雰囲気が流れている。

 所長の眉間に深く刻まれた皺が、どことなく苦悶を浮かべているように見えたからだ。


 今思えば、そこが境目だったのかもしれない。

 初仕事は、その三日後だった。


 夜十一時。

 会社の軽バンで指定された住所へ向かう。

 あらかじめ所長が決めたルートが、タブレットの地図アプリに表示されている。


 住宅街の一角。

 古びた二階建ての家だった。

 インターホンを押すと、すぐに応答があった。


「……はい」


 女性の声だった。

 扉が開く。

 三十代くらいの、疲れ切った顔の女性が立っていた。


「回収の方ですよね」


「はい」


 作り立てのツヤツヤした社員証を見せると、彼女は何度も頷いた。


「すみません、本当に……助かります」


 部屋へ通される。

 異様なほど静かだった。

 テレビも時計も止まっているような感覚。


 居間のテーブルに、それは置いてあった。

 古い折りたたみ式の携帯電話。スマホが普及して、今では使っている人を見たことがない。


「これが回収物です」


 女性は携帯電話から距離を取るように立った。


「壊れてるんですか?」


 俺が聞くと、彼女は首を振った。


「解約したんです。でも……鳴るんです」


「鳴る?」


「毎晩、同じ時間に。留守電が入るんです」


 俺は携帯を見た。

 電源は切れている。


「再生、できますか?」


 女性は躊躇したあと、うなずいた。

 電源を入れると、画面がゆっくり点灯して携帯会社のロゴマークが浮かんだ。


 着信履歴はないのに、留守電の通知だけが、赤く点滅していた。

 再生を押す。


 ……ザー……


 ノイズが数秒流れた。

 それだけだった。


「これが、毎晩なんです」


 女性は震えていた。確かに着信した様子もないのに、留守電だけ入っているのは奇妙だし、なにより解約していたら、留守電も入りようがないはず。


「ノイズ以外は何も聞こえないですよ」


「最初は、そうだったんです」


 彼女は言った。


「でも、だんだん……音が増えてきて」


 俺は次の録音データを再生した。


 ……ザー……


 その奥に、微かな音が混じった。


 カツ……カツ……


 足音だろうか。

 女性のヒール音にも聞こえるけれど、気のせいかもしれない。


「昨日は、声が……」


 女性はそこで口をつぐんだ。

 そういえば……。

 携帯の留守電は、ルール上の()()に当てはまるのだろうか?


 異常があれば撤退……だけれど、所長は何も言わなかったから、きっとこれは()()の範囲なのだろう。

 不意に寒気が走り、鳥肌が腕を伝った。誤魔化すようにリュックから手袋を引き出し、両手にはめた。


「回収します」


 俺は携帯を封筒に入れた。

 女性は、深く頭を下げた。


「これで……終わりますよね?」


 女性の問いかけに俺は答えなかった。

 というより、答えられなかった。

 そもそも、この携帯電話がどういうもので、何があって回収されるのかを理解していないから。


 帰りの車内。

 何となく、気になって、封筒を見た。


 ――開封するな――


 契約書の文言が頭をよぎる。


「……まあ、再生くらいなら」


 自分に言い訳しながら、携帯を取り出した。

 さっき、女性の操作を見ていたから、再生のやり方はわかる。

 ポチポチとボタンを押して留守電の画面を出すと、再生した。


 ……ザー……


 カツ……カツ……


 今度ははっきり聞こえた。

 ヒールで歩くような足音。


「誰かが、歩いている」


 近づいてくる。

 録音なのに、距離感がある。


「……止めよう」


 そう思った瞬間。


『……ありがとう。待ってて』


 声が聞こえた。

 男とも女ともとれるような、耳元で囁くような声。

 俺は驚いてブレーキを踏みかけた。


 心臓がうるさい。


 携帯の画面を見ると、既に再生は終わっている。

 車内は静かだった。

 封筒に戻し、二度と触らなかった。


 会社のある雑居ビルに戻ると、所長が待っていた。


「聞いたな?」


 開口一番、それだった。


「……はい」


 所長はため息をついた。


「回収物はな、呼ぶんだよ」


「呼ぶって……」


「持ち主が手放した瞬間、次を探す」


 所長の声は淡々としていた。まるで天気の話でもするかのように。

 俺は何も言えなかった。

 そして、回収物に触れる時には必ず手袋をするようにと、厳重注意をうけた。


「今回は軽い方だ」


 所長は携帯の入った封筒を受け取り、金属製の箱に入れると、カチリと鍵をかけた。


「本来は、この回収ボックスに収納して運ぶ。次回からは回収物は必ずボックスに保管して戻れ」


「これはどこに」


「保管庫だ」


 ついて来い、と言わんばかりに上着を羽織ると、所長は雑居ビルを出た。

 社用車に乗り込み、小一時間ほど走ると、都下の広い敷地へとたどり着く。


 重そうな鉄の門、広い敷地を囲うように伸びた高い塀。

 助手席からフロントガラスの外を見ると、監視カメラがこちらに向いている。


 ガシャン、と音を立てて門が開いた。


 広い駐車場には、数台の車がそれぞれ距離をあけて止まっている。

 深夜なのもあるけれど、圧倒的に街灯が少なくて暗い。

 所長は建物に一番近い場所へ車を停め、回収ボックスを持って中に入った。


 建物の中には棚がいくつも並び、冷たい空気が満ちていた。

 物流倉庫を思わせる空間を、作業服姿の人間が数人、無言で棚をチェックしながら歩き回っている。


 所長が手にしているような回収ボックスが、大小さまざま、数え切れないほど収められていた。

 所長が係員に声を掛けると、案内されて奥へと歩く。

 指定された棚に、携帯が入った回収ボックスが収められた。


 その瞬間。


 棚のどこかで、微かに音がした。


 ……カツ。


 足音のように聞こえて、俺は振り返った。


「回収ナンバー、八五一(はちごいち)。回収日時、十月五日。保管庫ナンバー、十三(じゅうさん)L(える)〇三五五(ぜろさんごご)番」


 所長も係員も、何も聞こえなかったのか、気にもとめずにタブレットに情報を入力していく。


「気にするな。良くある事だ」


 所長は俺を振り返ることもなく、それだけ言った。


 帰り際、午前三時を過ぎたころ、ポケットの中で何かが震えた。

 スマホだ。

 画面を見ると、留守電の通知が表示されている。知らない番号からだ。


 再生は、押さなかった。

 押せなかった。

 ただ思った。


 これはもう――この仕事から逃げられないんだ、と。

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