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夜間回収係の記録~絶対に中身を見てはいけない回収物~  作者: 釜瑪秋摩


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18/22

回収物№7266――重なるオルゴール【前編】

 この仕事は、音が厄介だ。

 形がないぶん、逃げ場がない。

 目を逸らせば済むものと違って、耳は閉じられない。


 だから――。


『今回は聞くな』


 無線越しの声は、相変わらず。


「音ですか」


『ああ。オルゴールだ』


 オルゴール。

 それだけで、少しだけ肩の力が抜ける。空箱でも、空き瓶でもない。

 中身があるものの方が、まだ理解できる気がするからだ。


『ただし、止まらない』


 その一言で、思考が止まった。


「……壊れてるってことですか」


『違う』


 所長のため息で、わずかな間が出来た。


『終わらない』


「終わらないって……」


『だから、長く聞くな』


 止まらないうえに、終わらない音を、長く聞くなと言われても……。

 いつものように無茶な指示だと思う。耳栓でもあった方がいいんだろうか。他の回収員たちはどうしているんだろう。


 ナビが示す住宅街に入り、車を減速させる。

 夜の街は静かだ。

 静かすぎて、そこにない物まであるように感じる。

 エンジンを切った瞬間だった。


 ――チリ――


 小さな音がした。一瞬、耳鳴りかと思った。それにしては、すぐに音が消えた。


 ――ポロン――ポン――


 間が空いたあと、さっきよりはっきりと聞こえた。

 音がどこから聞こえているのか、わからない。


 車の外か。

 中か。


 それとも――。


「……もう鳴ってるみたいです」


 呼びかけてみるも、無線は沈黙したままだった。

 代わりに、音だけが残る。規則正しく、ゆっくりと。どこかで聞いたことのある旋律が、夜の静寂に染みていった。


 依頼先の家は、二階建ての一軒家。明かりはついているけれど、人の気配が薄い。

 タブレットで依頼内容を確認した。


 ――木製オルゴール――

 ――発声(持続)――

 ――旋律異常/長時間接触禁止――


「長時間接触禁止……ということは、手早く回収しないと……か」


 インターホンを押すと、すぐに応答があった。


「……はい」


 女性の声だった。


「こんばんは。回収に伺いました」


 扉が開く。

 出てきたのは、三十代くらいの女性。

 社員証を掲げて見せると、安堵表情を浮かべるが、視線は不安定にあちこちへと動いていた。


「中に……あります」


 案内されるままに、リビングへ入る。

 音は、はっきりと聞こえていた。


 ――ポロン――ポン――


 さっきから聞こえていた、あの曲だ。


 部屋の中央。

 ローテーブルの上に、それはあった。


 木製の、小さなオルゴール。蓋は閉じられている。

 それなのに、鳴っている。一定のテンポで、狂いもなく。

 ただ、同じ旋律を繰り返している。


「止めても、止まらないんです」


 依頼者が言った。


「ゼンマイも、もう……ずっと回していないのに」


 俺は手袋をはめ、オルゴールに近づいた。

 すると、音が少し大きくなる。


 ――いや、違う。


 距離で音量が変わっているわけじゃない。


 ――重なっている。


 同じ音が、ほんのわずかにズレて、重なっている。

 耳の奥で、別の音が鳴る。


 これは……同じ曲だ。


 同じ曲のはずなのに、微妙にズレて重なっている。


「……二つある?」


 呟いた瞬間、無線が弾けた。


『数えるな』


 所長からの短い警告。

 自分の迂闊さに、舌打ちしそうになるのをこらえる。


 今のは、まずかった。数を意識した瞬間、音が増えることがある。

 数を数えない。ルールの一つだというのに。


 視線を切り、音だけを切り離す――。


 そうしようとして、できなかった。

 音が、頭から離れない。


 むしろ、近づいてくる。

 耳じゃなく、もっと内側で……頭の中で鳴っている。

 脳の奥に、直接流し込まれているような感覚。以前も同じ現象があった。


 不意に鍵盤ハーモニカの音が、混じった。

 反射的に息が止まる。


 違う。

 これはオルゴールじゃない。


 息の混じる、ぎこちない音。

 小学生の頃に聞いた――。


 頭の芯が痺れるように痛む。回収しなければいけないのに。そう思うほど、頭の中で同じ光景が浮かぶ。


 教室の揺れるカーテン。

 白い鍵盤。

 うまく指が動かない。


 周りの音が、揃っていく中で、俺だけが遅れていく。

 みんな真剣で、誰かに笑われるわけじゃない。でも、自分が遅れているのはわかる。焦って、余計に指が絡まる。


「……違う」


 口に出していた。

 何が違うのかも、わからないまま。


空木(うつぎ)さん」


 俺を呼ぶ声がした。

 振り返ると、いつの間に入ってきたのか、そこにいたのは――舞日(まひる)だった。


「……どうしてここに」


「呼ばれたからです」


 ――また。


 どうして……誰が……関わらせるなと言ったくせに……。

 来て欲しくないと思っていることは、所長も管理人も知っているはずなのに。


 オルゴールの音色が、わずかに変わり、重なりが揃い始めた。

 それを見ても、舞日は怖がる様子を見せない。


 むしろ――。


「懐かしいですね」


 微笑みながら、そう言った。

 こんなものを前に笑う舞日に、背筋が冷えた。


「これ……知ってるんですか」


「はい」


 迷いのない返事。

 舞日は一歩、オルゴールに近づく。止めろ、と言う前に、手が伸びた。

 彼女の腕に触れたその瞬間、音が、三つに分かれた。


 完全にズレた旋律が、同時に鳴った。耳から入る音色に耐えきれず、視界が揺れる。

 頭の奥に、映像が流れ込んできた。


 夜の学校。

 校庭。

 風に揺れるブランコ。


 誰もいないはずの場所で、音だけが響いている。

 オルゴールの音と、鍵盤の音が、混ざっている。


 そして――。


 ――もう大丈夫なの?――


 小さな声。

 誰の声か、わからないけれど、俺は相手が誰なのか、知っている気がした。

 舞日が、俺を見る。その目が、酷く懐かしい。


「空木さん、ありがとう」


 彼女の声が旋律を越えて、耳に届く。

 何に対してお礼を言っているのか……。


「……何が」


「私のこと、助けてくれて」


 音色が、さらに重なる。

 記憶が、崩れるような感覚が起こり。たくさんの断片が、繰り返された。


 照れ臭そうな父の顔や、姉の困ったような笑顔。

 鍵盤ハーモニカに、楽譜。


 紙袋に入れられた、オルゴール。

 夜の学校。

 ブランコを漕ぐ小さな背中を目指して駆け寄る。

 紙袋の中で蓋が開き、流れる曲。



 ――星に、願いを。



 歪んだような奇妙な音色。

 蓋を閉じたのに止まらない曲を、怖いと言って、泣きながら止めようとしている誰か。


「……何なんだよ、これは……」


 次々と巡る場面に目眩を起こし、酷い頭痛と吐き気までする。

 その場に跪き、動けずにいると、誰かが両手で耳を押さえてくれた。

 視線を上げた目の前にいるのは……。


「……舞日、ちゃん」


 名前が、自然に口からこぼれた。

 胸の奥が、強く締めつけられる。失くしたものに、触れかけている感覚。


 ――そういえば、あの時、こうして……怖がるあの子の耳を、塞いであげた。


 そう思った瞬間、音が急に止んだ。オルゴールは、ただの箱に戻っていた。

 さっきまでの音色の重なりが、嘘のように消えている。


『無事か』


 無線の声に、はっと我に返る。舞日の手を解き、立ち上がると無線機を手に取った。


「大丈夫です」


『回収を急げ』


 ぷつりと無線が切れる。所長の言葉に逆らう理由はない。

 俺はもう一度、しっかりと手袋をはめ直し、オルゴールを掴むと、ジッパー付きの袋に入れた。

 音は、もう鳴っていない。袋から出ることも、嫌な振動も、何も起こらない。


 依頼人は、部屋の入り口に座り込んでいた。恐怖から解放されたように、深い呼吸を何度も繰り返している。


「……終わったんですか」


 俺はそれに答えず、いつも通り一言だけ告げる。


「回収します」


 舞日の腕を取り、玄関へ向かう。

 外に出ると、夜の音が戻っていた。


 風の音。

 遠くの車。

 現実の音。


 車の前まで来ると、やっと「今」を生きている気持ちになった。

 振り返ると、すぐ後ろに舞日がいて心臓が跳ねる。腕を取ったまま、無心でここまで歩いてきてしまった。


「……どうして何度も現場に来るんです?」


「呼ばれたので……」


 まるで来ることが、当たり前のように言う。


「前のように……影響を受けたらどうするんですか。そうじゃなくても、こんな夜中に独り歩きするなんて……」


「でも、危ないと分かっていて、知らないふりはできません」


「だからって――」


「それに、うち、ここからそんなに遠くないので、大丈夫です。あまり遠いと来られませんけど……」


 遠いとか近いとか、そういう問題じゃない。そう思いながら、俺は自分が何に苛立っているのか、うまく言葉にできなかった。


「俺が嫌なんです。青葉さんが危険な目に遭うのが」


「私も嫌です。空木さんが危ない物に触れること」


 食い下がって来る姿に違和感が湧く。

 普通なら、こんな事に関わるのを嫌がるものなんじゃないか?

 誰だって、危ないことに巻き込まれるのは嫌なはずだ。怪異に遭っても、回収なんて回収員に任せればいい話しじゃないか。


「俺はいいんです。これが仕事なんだから」


「私も、いいんです。空木さんの助けになるなら、それで」


「なんで、そこまで――」


 舞日は真っ直ぐ俺を見ていた。固く結ばれた唇が、意思の強さを示して見える。

 その唇が、俺の言葉を待たずに開く。


「だって私は、ずっと空木さんを……六郎くんが好きだから」


「……え?」


 ぎゅっと胸の痛みを感じたと同時に、全身から汗が噴き出た。滲んだ手汗が舞日の腕に伝わってしまいそうで、思わず手を引く。

 少し間を置いて、俺は助手席のドアを開けた。


「えっと……とりあえず、送るから……荷物、積んじゃうから、助手席に乗っててください」


 舞日が乗ったのを確認してドアを閉めると、大股で車の後ろに回る。

 軽バンのハッチを開け、回収ボックスに回収物を収めると、いつもの通りロックをしっかりかけて固定した。


 顔を上げると、助手席に舞日のうしろ姿がある。

 それが自然に思える。その感覚が、少し怖い。


 胸の奥のざわめきが治まらないまま、俺は運転席に乗り込み、車を出した。

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