表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜間回収係の記録~絶対に中身を見てはいけない回収物~  作者: 釜瑪秋摩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/22

回収物№???――回収されないもの【後編】

 今夜の回収を終え、全ての処理を済ませた。

 社宅に戻って軽く仮眠を取り、朝になると、俺はスマホを手にした。

 連絡先を開いてスクロールする。


「姉」


 少し考えてから、思い切って発信した。

 数回、コール音が鳴り、姉の二葉(ふたば)が出た。



 ――六郎? どうしたの、急に。


「朝の忙しい時にごめん……ちょっと聞きたいことがあって」


 ――何よ?



 軽い調子で返され、俺もほんの少し、気持ちが軽くなる。



「俺、小学校の頃って、何してた?」


 ――小学校の頃? 何それ? 急にどうしたのよ。


「いや……俺さ、あの頃のこと、思い出せなくて」



 嘘ではない。

 思い出そうとしても、途切れ途切れの場面しか思い出せない。

 景色が、音が、人が、全部どこかで切れている。それとも、子どもの頃の記憶なんて、みんなそんな感じなんだろうか。



 ――普通だったと思うけど。



 姉はそう言った後、少し間を置いて、そう言えば……と話し始めた。



 ――あんた、あの子とよく一緒にいたじゃん。


「誰だよ」



 思い当たる相手が浮かばず、すぐに聞き返す。



 ――ほら……名前、なんだっけ。ちょっと変わった名前。



 記憶を探るような、曖昧な間。息づかいさえ逃したくなくて、耳にスマホを押し付けた。



 ――あー、駄目。思い出せない。



 その声に、残念そうな表情を浮かべる姉の顔が見えるようで、苦笑してしまう。



「なんだよ。俺、誰も思い当たらないんだけど」


 ――嘘でしょ。毎日一緒に帰って来てたのに。



 姉の声が少し強くなる。



 ――鍵盤ハーモニカ、教えてもらってたじゃん。



 また一瞬、頭の中に曲が流れる。オルゴールの旋律。



「……その時、弾いてたの、何の曲だったか覚えてる?」


 ――そりゃあ、忘れられないよ。あんたの下手くそな練習を、毎日、何度聞かされたと思ってるの。



 姉に笑われ、懐かしいような、くすぐったいような気持ちがした。



「あの曲、何ていったっけ」


 ――星に願いを、でしょ。



 そうだ、それだ。

 良く耳にする有名な曲なのに、どうして思い出せなかったんだろう。



 ――それで、あの子からオルゴールを借りてきていたじゃない。


「オルゴール? 俺が?」


 ――そうそう。楽譜が読めないから、オルゴールを聞きながら練習するんだって言ってさ。



 姉の話を聞きながら、俺の頭には得意げな表情で鍵盤ハーモニカを弾く、隣の席の誰かの姿が思い浮かんでいた。当然のことながら、それが誰なのか思い出せない。



 ――それで、あの時、私も同じ曲のオルゴールを持っていたから、借りていたオルゴールは返してあげなさい、って、私のオルゴールを貸したのよね。



 姉はどんどん話を続ける。



 ――そうしたら、あんた、夜なのに返しに行くって言いだして。一人で夜の学校まで行って……。



 夜の学校。

 ドクンと胸が鳴る。



「そのオルゴール……今もまだ、持ってる?」


 ――あれは、お父さんが『これは壊れてるから』って持っていっちゃったのよ。


「父さんが……?」


 ――誕生日プレゼントでくれたんだけど、正直、中学二年にもなって、父親からオルゴール貰っても……って思ってたから、別にいいんだけどね。代わりにゲーム機、買ってくれたし。



 姉の明るい声が耳に届くけれど、俺の中ではどうしようもない違和感が広がっていた。

 何かを思い出しそうなのに、辿り着けない。

 黙ったままでいると、何かを察したのか、姉も黙りこくった。互いに言葉を発しないまま数秒が過ぎ、先に沈黙を破ったのは姉だった。



 ――あんたさ、小学生の頃のこと、思い出せないって言うけど。


「うん」


 ――あの頃、色々あったから……仕方ないんじゃない?


「色々って……何のこと」


 ――ほら……ちょうどあの頃、お父さんが体を壊して入院したでしょ。


「え……そうだっけ?」


 ――やっぱり覚えてないか。


「うん、全然……」


 ――ずっと夜勤だったからだろうって。お父さんの同僚の人が、関連会社に異動するのを勧めてくれて。



 父がそれを受け入れて、今、実家のある農園で働くことになったのだと、姉は言う。



 ――何しろ急な話だったから、私たちみんな、学校への挨拶もろくにできないで引っ越したじゃない。


「……引っ越しって、その時だっけ?」


 ――そうよ。あんたは一番下だったし、あのドタバタだもん。忘れても仕方ないよ。四季(しき)五朗(ごろう)だって、ほとんど覚えてないんじゃない?



 一番下だと言っても、その頃は小学四年生だった。引っ越しのことは、薄っすらと覚えている。それなのに、その直前まで通った学校のことを、そんなに簡単に忘れるものだろうか。

 ただ、すぐ上の兄と、その上の兄も覚えていないらしいなら、俺が覚えていなくても不思議じゃないのかもしれない。



 ――あんたも今、夜勤の仕事なんでしょ?


「あ……うん。そう」


 ――気をつけなさいよ。体。お父さんみたいに入院なんて、やめてよね。


「わかってるよ」


 ――大体、夜勤ならもう寝ないといけないんじゃない? 昼間、暇だからって……。



 言いかけて、姉は「あっ」と小さな声を上げた。



「なに? どうかした?」


 ――思い出したよ! あの子。そうそう、まひるちゃんだ。



 その名前を、姉の口から聞くとは、思いもしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ