表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜間回収係の記録~絶対に中身を見てはいけない回収物~  作者: 釜瑪秋摩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/22

回収物№???――回収されないもの【前編】

 夜の仕事は、音で分かる。

 異常は、目より先に耳に来る。


 だから——。


 何も聞こえない現場は、少しだけ厄介だ。



『対象はオルゴールだ』


 いつも無線の声は短い。手短に、を遥かに超えてくる。


『鳴らない』


 そう言ったあと、間が一つ。俺は黙って次の言葉を待つ。


『——鳴らないものほど、触るな』


 少しだけ、言葉が重くなる。


「分かってますよ」


 そう答えた。


 いつも通りのやり取り。

 いつも通りの夜。


 ――開けるな――


 ――理由は考えるな――


 余計な説明はないけれど、それで足りている。


 依頼現場は、住宅街の一軒家だった。

 灯りはついているけれど、音がない。テレビも、足音も、生活音もない。

 まるで何かが抜け落ちているように感じるけれど、依頼現場はこういう状況が多い。


 インターホンを押したが、故障なのか音がしない。玄関をノックしても、返事はない。

 嫌な予感がして、そっとドアノブを回すと、音もなく開いた。


 家の中の空気が軽い。空っぽの空間みたいに。

 玄関先で、中に向かって声を掛けてみると、廊下の奥の部屋から依頼人が顔を出した。

 社員証を掲げて見せ、挨拶をした。


「こんばんは。回収に伺いました」


「気づかなくて、すみません……どうぞ。こっちです」


 依頼人の声だけが浮いていた。

 居間に案内されると、テーブルの上に、それはあった。


 小さなオルゴール。

 見た目は綺麗だった。


 宝石箱みたいな作りで、表面は細かな模様が描かれ、小さなガラスの粒が散りばめられている。

 蓋を開けると、ガラスの台座がある。そこに人形を置くと、くるくると回る。

 ただ、存在感が妙に薄い。視界に入っているのに、気を抜くと、そこにない気がする。変な違和感があった。


「鳴らないんです」


 依頼人が言う。


「最初は、普通だったんですけど……」


 俺はその言葉に、黙ったまま頷く。

 こちらからは何も聞かない。聞いても、意味がないことが多いし、依頼人の方も、言葉を探すうちに消耗していくように見えるからだ。


 手袋をはめ、テーブルに近づくと、オルゴールを手に取った。


 ――軽い。


 拍子抜けするくらいに。

 ただ、違和感は、そこじゃない。


 ——静かすぎる。


 本来、あるはずのものがないような、そんな感じだ。音、というよりも、気配に近いのだろうか。いや、そもそもオルゴールには気配などない。


 そっとネジに触れ、回してみる。ゼンマイを巻く抵抗は感じるから、切れている訳ではないようだ。手を離すと巻かれたゼンマイがほどけていく音がした。

 壊れてはいないけれど、曲は鳴らない。


 その代わりに、耳の奥に引っかかるような、ジジジ、という音が聞こえた。

 その音に集中すると、耳で聞いているのではないと気づく。もっと深いところ……頭の奥で、ノイズが走る。


 ザザッと、無線が一瞬だけ乱れた。


『……聞くな』


 小さく、そう言った。

 さっきまでの通信状態とは違う。

 まるで、こちらの状況を見ているみたいだった。


「分かりました」


 そう答えたのと同時に、背後で声が聞こえた。

 今のは依頼人の声じゃない。向きが違う。廊下側からではなく、テーブルの方角から聞こえた気がした。


「今、何か言いました?」


 振り返って聞くと、依頼人は首を振った。青ざめた顔で、こちらを見ているだけだった。


「……いえ、何も」


 それ以上は聞かない。気のせいで済ませられるものは、済ませておく。

 リュックから小さな段ボール箱を取り出す。


 いつもの封印用の資材。

 規定通りの手順。


 オルゴールを中に入れ、蓋を閉じると、手早くテープを貼る。

 その時。


 ——チリ――


 金属が擦れるような小さな音に、思わず手が止まる。

 今のは、箱の中からか。それとも、自分の手元か。判断がつかない。


「……」


 無線からは、特に指示もない。俺は少しだけ、迷った。

 迷いながら、もう一度、なぞるようにテープを押さえる。


 問題はない。

 封はしてある。


 それでいい。

 それ以上は、確認しない。


 段ボール箱を持ち上げると、さっきより、重い気がした。梱包資材の重みだと、思うことにする。


「回収します」


 それだけ言うと、箱を抱えて車に戻った。


「依頼、完了です」


 無線に報告を入れると、わずかに遅れて返答が来た。


『……そうか』


 ほんの一瞬、間があった。


『それでいい』


 短い言葉だ。

 それ以上は何もない。


 外は、変わらず静かだった。


 ドアを開け、後部座席の回収ボックスに段ボールを入れ、固定する。

 ふと、助手席が目に入った。


 小さな紙袋。出勤前に寄った店のものだ。

 中身は、プレゼント用のオルゴール。

 もちろん、さっきのものとは違う。


 音も、ちゃんと鳴るのを確認している。


「……」


 本当は、車に積む必要はなかった。

 家に置いておけば良かったのに、持ってきてしまった。私物を持ち込むのはルール違反なのに。


「……まあ、いいか」


 小さく呟く。

 渡すのは、明日なんだから。


 そう思って、エンジンをかけた。


 保管庫へ向かう道中、後部から、音はしなかった。

 今夜はそれが逆に、落ち着かない。静かすぎるのが、不安でたまらなくなる。


 信号待ちで止まった、その時。


 ——カチ。


 ゼンマイが動くような、小さな金属音が耳に届いた。

 反射的に、バックミラーを見るも、回収ボックスはしっかりと固定されている。


 当然だ。

 梱包はしっかりしたのだから。


 ただ……今の音は、どこからだ。

 それが分からないまま、車を出す。


 ふと、無線が入る。


『——数は、数えるな』


 唐突だった。


「……は?」


 思わず、聞き返す。

 返答はなく、ノイズだけが残った。

 それ以上、何も言われなかった。


 保管庫へ着き、規定通り、搬入する。

 係員の指示で棚に置き、伝えられた通りの処理番号を書き留める。


 その間も、特に音はしなかった。

 静かなまま、終わる。


 それでいい。

 そういう仕事だ。


 車に戻って乗り込むと、助手席の紙袋が、少しだけ傾いていた。

 きっと、揺れたせいだろう。落ちないように、横にして寝かせた。


 シートベルトを締めた時、ポケットの中で、何かが触れた気がした。

 ポケットに物を入れた覚えは、ない。


 だから、手は入れない。

 確認もしない。


 そのまま、ドアを閉め、家に向かった。

 夜明けにはまだ早く、どの家も恐らく寝ている時間だ。


 玄関を開けて靴を脱ぎ、少しだけ足音を抑え、部屋に入った。

 時計を見ると、寝るには、まだ少し早い。

 けれど、起きているには遅い、微妙な時間。


 ——カチ。


 また、音がした。

 ドアを振り返っても、何もない。


 ……いや。


 視界の端で、何かが動いた気がした。


 気のせいだ。そう思って、着替えを手に、シャワーを済ませた。

 布団にもぐり込み、今日が終わる。



 そして——。



 翌日。

 時計は、夜の十時を指していた。

 玄関で、靴を履き、紐を結ぶ。


 いつも通りの準備。


 背後で、足音がした。

 振り返ると廊下の奥に、小さな影が立っていた。

 眠そうな顔で、目を擦っている。


「……お父さん?」


 トイレに行こうと目を覚ましたのだろうか。そのまま近寄ってきて、俺の背中にもたれかかって来る。


「どこに行くの」


 ゆっくりと体を回して、抱きかかえるようにして向かい合う。


「仕事だよ」


 それから、頭を撫でた。


「早く寝なさい、六郎(ろくろう)


 ドアを開けると、夜の空気が流れ込んできた。

 廊下の奥で、かすかに音が鳴った気がした。オルゴールの曲に聞こえた。


 きっと、気のせいだと思う。

 ドアを閉め、車に乗り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ