回収物№289 ― 増える食器【後編】
舞日を送ったあと、いつもより速度を上げて保管施設へ向かった。
施設の門が開く速さは、いつもより遅く感じた。
開ききらないうちにアクセルを踏み、門を突っ切ると、保管庫に一番近い場所へ車を停めた。
軽バンから台車を降ろして段ボールを積み、急ぎ足で保管庫のシャッターボタンを押した。
ここでも上がりきるのを待たず、途中で身を屈めて中に入った。
「あー。お疲れさま。今日の棚はこっちね」
一番手前の棚から顔を出したのは、管理人だ。
絶対に、こうなると思っていた。だから、今日は急いだ。すぐにでも言いたかった事があったから。
「管理人さん! どうして今日、青葉さんを寄越したんです?」
「んー? ああ……手が必要だったでしょ。だから、お願いしたんだよ」
「彼女は回収員じゃ、ありませんよね? 手が必要なら他の支部の人がいるじゃないですか」
一人での対応が難しい時には、他の支部から応援が来る。今回だって……いつものように他の支部から誰かが応援に来てくれれば、それでよかったはずだ。
「今回は、みんな出払っちゃって誰もいなかったんだよ」
係員たちが台車に積んだ段ボールを、管理人の指示で棚に移していく。
「家一個分の回収物があってね。手の空いている回収員は、みんなそっちに行っちゃったんだ」
――家、一個分。
どんな回収物なんだ。家の中にあるもの全てが回収物なのか?
何をしたら、そんな状況になるんだ?
何もかもを梱包して運び出すことを考えると、ぞっとする。そこに呼ばれなくて良かったと、ほっとした。
が、違う。
今は、それとは関係ない。
「だからって……そもそも回収員じゃなくてもいいなら、ここの係員さんたちでも……」
「家一個分って言ったでしょ。受け入れのためのスペース、誰が作ると思う?」
俺は何も言い返せなかった。
管理人の言っていることは正しい。正しいけれど……。
「回収ナンバー、二八九。回収日時、二月二十日。保管庫ナンバー、十三のA六五番」
処理番号を伝えられても、納得できない気持ちが強すぎて、何度も打ち間違えた。
「俺は……やっぱり嫌です。彼女には……関わって欲しくないんです」
管理人は珍しいものでも見るような目で、俺を見た。
「こんな夜中に……こんな訳の分からないものに、何度も遭遇して……」
「心配なんだ?」
「当たり前でしょう? さっきから言ってますよね? 青葉さんは回収員じゃない! それに彼女は――」
思わず声を荒げてしまい、静かな保管庫の中に、俺の声が大きく響いた。
そこでようやく、少し冷静になれた。何故こんなにも感情が揺れるのか。
係員たちは一瞬だけ、こちらに視線を向けたあと、何事もなかったかのように作業を続けている。
「キミは知らないだろうけど、ウチには女性の回収員もいるよ」
「でも、彼女は違います……」
短い沈黙のあと、管理人はふっとため息を漏らし、俺の肩に手を置いた。
「キミは彼女が好きなのかな?」
「……はい?」
好き。
その言葉が、驚くほど胸を騒がせた。
「何でそんな話に……俺が言いたいのは、そういうんじゃなく……」
いつも回収物に向けている、好奇心に溢れた視線が、俺に向いている。
好きとか嫌いとかじゃなくて、ただ、気になるだけだ。こういうことに、慣れて欲しくないし、関わって欲しくないと思っているだけ。
「回収員じゃないのに、関わらせたくない。それだけです」
「まあ……確かに。今回みたいなことは、滅多にないんだよ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫」
管理人はそう言うと、さっきまでの好奇心満載の表情が嘘のように、真面目な顔つきになった。
その落差に面食らってしまい、黙ったままでいると、係員が管理人に、もうすぐ大量の回収物が届くと伝えてきた。
にわかに周りが騒がしくなり、邪魔をする訳にもいかず、保管庫を後にした。
車に戻って乗り込む。
ドアを閉める音が、やけに大きく響いた。
いつもの仕事の終わり。
いつもの夜。
なのに、妙に落ち着かないのは、さっきの管理人の言葉のせいだ。
――彼女が好きなのかな?
あれが、頭から離れない。
これまでも人を好きになったことはある。モテたことはないけれど、彼女がいたこともある。
ただ……。
舞日に対しては、そういうのとは違う気がした。
もっと、大事に……大切に……そう思う。言葉にしようとするほど、上手くいかない。
――空木さんがいるから、大丈夫なんです。
……たぶん、俺は、ああいうことを言われるのに、慣れていない。
きっと、それだけだ。
そう思った。
そのはずなのに。
どうしてか、舞日の言葉を――もう一度、聞きたくなっている。




