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夜間回収係の記録~絶対に中身を見てはいけない回収物~  作者: 釜瑪秋摩


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11/22

回収物№1468――鏡の中の残像

 夜の仕事は、音が少ない。

 少なすぎて、余計なものが混ざる。


 気のせいで済ませられるような違和感が、静かな場所ほどはっきりする。

 それを、最近は無視できなくなってきた。


 慣れたわけじゃない。

 ただ、見ないふりが下手になっただけだ。


『今回は鏡だ』


 無線越しに、所長の声が言った。


『姿見。状態は軽度異常。だが、長く見るな』


「……見るなって言われても、鏡ですよ」


『だからだ』


 俺と所長の間に短い沈黙が流れた。


『視線は固定になる』


「固定……ですか?」


『怪異からの干渉が成立する』


 それだけ言って、通信は切れた。

 いつも通り、所長の説明は足りない。ただ、言葉の選び方だけは無駄がない。

 俺の中には、嫌な予感だけが残る。


 現場は、古いアパートだった。

 二階建て。外階段。上下に四部屋ずつ。どの部屋も玄関脇に洗濯機が置かれていた。


「洗濯機が外……今の時期、寒すぎるだろ……」


 照明は半分切れていて、途中だけ暗い。

 こういう場所は、だいたい当たりだ。

 タブレットの情報を確認する。


 ――姿見(全身鏡)――

 ――反射像の遅延――

 ――夜間に顕著に表れる――


「遅延、ね……ホントに軽度なのか?」


 呟いて、階段を上る。色のはげ落ちた鉄が足音をやけに響かせた。

 嫌な予感通り、部屋のドアは少し開いていた。俺はノックせずに、そのまま押し開けた。


 玄関を開けると台所で、正面にはお風呂場とトイレが並んでいる。依頼人はシンクの脇に座り込んでいた。

 若い男だ。

 目の下にはクマが出来ていた。きっと、よく眠れていないんだろう。彼の視線は俺から見て右側、シンクからは正面の方に向いている。引き戸が薄く開いていて、そこが部屋になっているようだった。


「こんばんは。回収に伺いました」


 声を掛けて社員証を掲げるも、彼はこちらを見ようともしない。ずっと部屋に釘付けになっている。


「……あれです」


 俺を見ることなく、部屋を指差す。

 確認しようと、中に入って部屋を覗き込もうとした。


「見ない方がいいです」


 彼はそう言って俺を止めつつも、自分は部屋から視線を外そうとしない。

 言っていることと、やっていることが矛盾している。

 この時点で、もう正常じゃないな、と感じた。


 俺はリュックから手袋を取り出してはめると、部屋に入った。

 六畳の和室。部屋の隅にそれはあった。カバーがついたハンガーラックの横に、俺より少し背の低い姿見が立てかけられている。


 特別なものには見えない。シンプルな木のフレーム。少し古い感じがするけれど、鏡にはヒビもないし、曇りもない。


 ただ――極力視線を外しながらも、横目に映り込んだ鏡は、妙に奥行きがあった。


 ガラスの向こうに、もう一つ空間があるみたいに見える。


「異常に気付いたのは、いつからですか」


 梱包材を出し、鏡を見ないようにしながら聞く。


「三日前です」


 彼は、やっぱり鏡から目を離さない。


「最初は……少しズレるだけで」


「今は?」


 問いかけに、間が空く。お互いの息づかいだけが聞こえていた。


「……分からないんです」


 彼は、ふふっと小さく笑った。


「どっちが自分か」


 その言い方で、理解した。本当は全然、理解したくはなかったけど。

 これは早く回収しなければいけない。

 梱包材を部屋の真ん中に敷き、姿見に向かった。


 ――長く見るな。


 視線を逸らし、所長の言葉を思い出しながら、回り込むように鏡を横切る。

 視界の端で、何かが遅れてついてきた。


 反射的に、見てしまう。

 鏡の中の自分。


 向かい合わせに立っている、同じ姿勢、同じ顔。

 鏡に映らないように動いた瞬間――。


 ほんのわずかに、鏡の中の俺が、遅れて動いたのを見た。

 すぐに目を逸らす。

 これは、いつもの違和感だ。気のせいだ。そう言い聞かせる。


「見ないでください」


 依頼人の声が、急に強くなる。


「見続けると……」


 そこで、言葉が止まり、彼はまた鏡を見る。


 ――あんたも見るな、と思う。


 俺のやることは決まっている。

 見ない。素手で触れない。回収する。

 それだけだ。


 出来れば裏側から鏡を持ち上げたいのに、壁とハンガーラックの間に綺麗に収まっているせいで、正面からでないと触れられない。

 鏡に映る自分と、視線は合わせない。合わせたくない。


 それでも分かる。

 向こうに()()がいる。

 自分と同じ形の()()が。


 布をかけようとした、その瞬間。

 視界の端で――鏡の中の自分が、少し早く動いた。


 はっとして、手が止まる。

 さっきは遅れていたのに、今度は、逆だ。


「……動きが変わりました」


 無線に小さく言う。


『まだ見るな』


 所長の声は変わらない。


「もう見てますよ」


『どちらが先だ』


 聞かれて、答えに詰まる。

 どちらが先など、あるんだろうか。俺が見たと同時に、向こうも見ているんだと思うけれど……。


「……分かりません」


 所長のため息と沈黙。それが一番まずい。

 被せた布を引っ張り下ろし、梱包材の上に寝かせる。

 押さえた手の中で、鏡が微かに振動していた。


 鏡の奥から、背面を叩いている姿が思い浮かんでしまった。

 自分と同じ姿のものが、中で蠢いているのが……。


 不意に声がした。

 とても小さい声なのに、それが自分の声だとわかる。

 聞かなかったことにする。それがルールだ。


――そっちが外か?


 今度ははっきりとした言葉が聞こえ、背筋から汗が滲み出るような感覚に襲われた。

 手を止めずに、姿見を梱包材で包んだ。


――交代しよう。


 思わず手が、止まる。

 梱包材越しに触れた姿見は、手袋も通り越して冷たさを感じさせる。

 部屋の中は……梱包材のおかげなのか、外よりは温かい。


――楽になるぞ。


 理解しようとするな。

 意味を考えるな。

 声に耳を傾けないよう、リュックからテープを取り出し、端を隙間なく貼っていく。


『声が聞こえているな? それに返事をするな』


 所長の声は、さっきと違って少し強い。


『触れているな?』


「……はい」


『離せ。今すぐだ』


 所長がそう言った途端、梱包材の内側から、感触が返ってきた。ドクンと胸が鳴る。


 ――向こうから、触れてきた。


 反射的に手を引く。

 驚愕のあまり言葉が出ず、手が震えた。


 姿見のちょうど真ん中辺りで、梱包材が盛り上がり、五本の指が内側から押し広げるように浮き上がった。


 手――。

 人の手だ。

 たぶん、俺の手。


 押し開けようとしている。鏡の中の俺が、外に出ようとしている。


「……やめろ」


 呟いた俺の声に、俺の声が重なる。


 ――こっちが楽だろ。


 ――ただ、戻るだけだ。


 ――本当はお前がこっちなんだから。



 違う。

 これは違う。

 分かってる。


 でも――。


 もし、あれが本物で、俺が残像だったら。思考が揺れて目眩がする。


『お前は外だ』


 所長の声に、はっと我に返った。


『自分が残像だと思ったな』


 言い当てられて、返事ができない。お前が残像だ、と突き放されるような気がした。


『外にいるのはお前だ』


 所長の断定的な言葉で、俺の思考の揺れが止まった。

 鼻で大きく息を吐き、それに小さく答えた。


「……了解」


 梱包材を押さえると、封印テープを巻きつけ、一気に固定する。

 内側の動きが止まり、盛りあがった梱包材が静かに元に戻った。

 俺と同じ声も消えている。


 姿見のために誂えたような、回収ボックスに収めた。

 いつもと同じ、完全な沈黙。


「回収します」


 鏡を脇に抱え、依頼人の前を通り過ぎる。

 彼は梱包された姿見から、ようやく視線を外して俺を見た。


「……僕は……()()()、ですよね?」


 その問いかけに、俺は一度だけ頷いた。答えながら、俺は自分に向けても、そう言い聞かせていた。

 そのまま、部屋を後にした。


 運搬中、姿見は一度も動かなかった。

 静かすぎた。

 それが逆に気持ち悪かった。


 施設のシャッターが開き、保管庫に入る。

 いつも通り、温度が低い。

 音が吸われているように、静かだ。


 今日も管理人の対応で、指定の棚に置く。

 それで終わりのはずだった。


 その瞬間。


 回収ボックスの奥で、一瞬だけ、目が合った気がした。

 俺は見ていない。見ていないはずだ。

 それでも分かる。()()は、まだいる。


「回収ナンバー、一四六八(いちよんろくはち)。回収日時、一月二十二日。保管庫ナンバー、十三(じゅうさん)A(えー)一〇九(いちぜろきゅう)番」


 管理人は、一瞬だけボックスを横目で見て、興味なさげに処理番号を伝えてきた。俺も意識して()()を無視し、タブレットへと入力していく。

 軽度ではない回収物だと思うけれど、この人が興味を示さないということは、弱いんだろう。

 だとすると、やはり軽度なのかもしれない。


 車に戻り、シートに深く身を沈めた。エンジン音だけが残る。


「……あれ、何なんですか」


 無線機に向かって呟く。

 こんな風に聞くことがないからか、所長は少しだけ間を置いた。


『観測だ』


 観測。

 何が、何を……?


『見続ければ、持っていかれる』


 俺は震える手でシートベルトを締めた。そうすることで、自分自身をこの場に固定するかのように。


『だから、見るなと言った』


 鏡を相手に見るなとは、とんでもない無茶振りだと思う。

 それでも、そうするしかない。


 相変わらず腑に落ちない気持ちを抱えたまま、車を出した。

 フロントガラスに自分の顔が映る。


 ……また、動きが遅れている気がした。


 ぱっと目を逸らし、見なかったことにした。

 きっと、気のせいだから。

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