だから帰ろうって言ったのに……
青年達の頬は赤く染め上がった。突如門から現れた見目麗しい2人の少女のせいだ。
1人は漆黒の艶々しい髪を腰まで垂らし自信に満ち溢れた顔で広場の志願兵を観察している。何事も見透かすような大きな黒瞳、気高い顔がより一層少女を美しく仕立てていた。
隣にひっそりと佇む少女は口にゴムをくわえ黄金色の髪を綺麗に結わえた。すると、ほっそりとした輪郭が現れた。そこから見える白く長いうなじが妖しく艶めかしい。怪訝な表情で隣の黒髪の少女に何か話している。不機嫌な顔もどこか魅力的だ。
「………俺、あの金髪の娘がいい……」
「俺は黒髪の方だな……」
シャナとルカの知らない場所で青年達の無意味な奪い合いが始まった。それに参加しないのは、ヒソヒソと二人の陰口を叩く陰湿な少女達、それと全く色恋事に興味を示さない青年2人だ。
1人の青年は穴の空いた茶色のコートを着ていてみすぼらしい格好をしている。そんな外見を吹き飛ばすかの様にその顔立ちは美しかった。切れ長で青く光る瞳は霞んだ灰色の空を眺め、くわえた猫じゃらしはふるふると口の中で遊ばれている。
「………長ぇ……」
吐き出された猫じゃらしは風に飛ばされ曇空へと飛んでいった。
ルーク▪ハインド。18歳。志願数今年初。生まれは貧しい農民の出であり、狩猟で身につけた射撃の腕が彼の得意だ。どんなに距離が離れていてもルークの狙撃から逃れた獲物は一匹たりともいなかった。欠点があるとすれば――ルークはいつでも1人が好きだった。
ボケーっと空を眺めるルークの隣でテトは立ったまま本を黙読していた。それは北語で執筆されたもので教育を受けた大人でも熟読するのは難しい。しかしテトにとってそれは絵本を読むように簡単でワクワクするものだった。彼は語学の達人であった。
「arykiyutinakusfutoriausu……」
ぶつぶつと小さな声で訛りの強い北語をすらすらと読んでいく。周りが聞けばまるで呪文の様だ。
テト▪ブライアン。17歳。志願数は今年で2度目。肩先まで伸びている藍色の髪はサラサラと風に揺られるが灰色の瞳は寒さなどに動じていない。
バタン…
本を閉じた。
目の前の掲示板を見てみるも先程と変わりなく何も貼られていない。結果はまだらしい。
溜息をつき、腕時計に目をやる。
「ちょうど1時間、か。予想はしてたけどこんなに待たされるなんてな。去年に比べて"第一段階"が長いぞ」
「シャナ…やっぱり帰ろう、なんだか私恐くなってきちゃった。初行式が始まる前に広場を抜け出した方がいいって。絶対」
ルカの身体に限界が近付いていた。屋敷の暖かな暖炉の居間が恋しい。行きたくもない場所へ連れて来られ寒風に晒されて……。ルカは少し苛立ってきた。
それを遥かに超える睨みでシャナはルカにキッと目をやった。
「ルカ=ロドリス=ベルへルク。あなた、ここまで来ておいてそれはないでしょ。一度決めたら最後までやり通す――そう父様に教わったでしょ」
「ヴィル父様はそんなこと言った事ないわ。それに、その言葉は私とシャナが乗馬の練習の時に挫けそうになったからセヴィル父様が言ったんじゃない。この状況には当てはまらない――」
わよ、と言いかけた時、正面の両扉が勢いよく開かれ中から土色のコートで正装した兵士達が颯爽と出てきた。若者達は突然現れた兵士に驚き、あわてて番号順に整列した。シャナとルカもその中へ紛れ込むように後ろへ並んだ。
次に出てきたのは深緑のコートを着た各部隊長達だ。皆身体が大きく屈強そうだが、その中で一人だけ背は誰よりも高いものの細身の男がいた。
『父様だっ!』
久しぶりの父の姿にルカの胸は嬉しく高鳴った。相変わらず微笑みを浮かべた様な優しい顔でヴィルは若き志願兵達を見渡している。
グイッ!……
「!?な、何?」
突然シャナに強く袖を引っ張られた。
『ヤバイ…』という顔をしつつシャナはルカの耳元で言う。
「今すぐこの広場から抜けるわよ」
「どうしたの?いきなり。お腹でも痛くなった?」
「バカ、違うわよ。初行式に兄様が出てきたって事は……」
「事は?」
「―――父様も出てくるって事!」
「……えぇっ!」
あまりの緊急事態にルカの張り上げた声が周囲に漏れた。数人イラついた目でルカ達の方を見たが直ぐに視線を前に戻した。
今、2人が最も恐れる人物の登場だ。
暗黒色のコートに高身長、その顔は日本の忍の様に朱色の布で隠され表情が伺えないものの、その存在から漂う重圧的なオーラに若者達は息を呑むのもやっとだ。威風堂々とした風格はどの部隊長よりも勝って偉観だ。
全兵士、全部隊長はセヴィルに向かって敬礼を捧げた。
「これより初行式を開始する」
久しぶりに聞く祖父の声は家とは違い、威圧的で、ちょっぴり怖い、とルカは感じた。




