初行式、始まる
ルカの身体は芯から冷えきっていた。一度も休む事無く馬を走らせた結果だ。隣のシャナも同じだった。いつもは薔薇の様に赤い唇が震え紫色に見えた。
「寒っ!何よ、今日の冷えは。いつもより絶対に寒いって」
向かい風の攻撃に文句を言いつつシャナは馬を降りた。ルカも同様に降りると冷えきった手を擦り合わせて温めた。
「こんな寒い日に"初行式"なんて普通する?明日にでも延期になるんじゃない?」
「軍人を目指してる若者が冷たいだの寒いだのでさぁ帰りましょ、なんていう?そんな腑抜けた奴等には"軍界"に入る資格なんて最初からないのよ。だから毎年父様はこの日を選ぶんだわ」
今日はХ 月Х 日。
Х Х Х Х Х 国で最も寒冷の激しい日だ。
シャナの言う通りセヴィルがこの日を"初行式"にするのはそうした理由があるからだ。
"軍界"に到着した時点で若者達を悪環境の中で試すのだ。
ぬくぬくと温かい場所で何不自由なく育ってきた若者にとっては我慢する事が最初の訓練となる。案の定、選考に待ちくたびれ寒さに耐えられない2割の者達は身を震わせトボトボと暖かな家へと帰っていった。
「――今年は結構残っているじゃないか」
五階の自室から下の広場を見てみると、広場にはまだ沢山の若者が風に吹き晒されながら懸命に選別を待っている。
ガチャ……
「選別終了しました。セヴィル軍隊長」
部屋に入ってきたヴィルの手には選ばれた100名のリストが握られていた。気合いの抜けた敬礼の後リストをセヴィルに差し出す。
それを受け取るとパラパラと軽く見通した。
「今年はかなり時間がかかっていたが…おもしろそうな奴でもいたのか?」
ヴィルはソファに深く腰掛けると瞼を瞑った。
この選別作業だけで丸一日は寝ていないのだ。疲れ切った顔で無理矢理笑顔を作った。
「まぁね。リストの5番目と40番目の青年、見てよ」
言われた通りの番号リストを抜き取り上からじっくり目を通してみる。そこに載せられた若者2人は確かに他の若者とは違う魅力があった。
「気になるでしょ」
「……ああ、楽しみだな」
リストを置き部屋の隅に掛けてあるコートを纏った。暗黒色のコートだ。
"軍界"ではコートの色で階級を示す。
ヴィルやヒュートなど各部隊長は深緑色のコートを着用し、小隊長は土色、一番下の階級である"兵"は鼠色、入隊したての見習青年兵は青色であった。
191cmの高身長に姿勢が良い父の正装姿は、十数年前、ヴィルが行進式で初めて父の凱旋姿を見た時思わず見とれてしまった―あの時の記憶を蘇らせた。
「初行式は10分後に開始する。準備を始めろ、ヴィル部隊長」
先程とは口調が違う上司の言葉にヴィルは姿勢を正すと型の整った敬礼で応えた。




