は、初めまして……
今日の上司はどこかおかしい……
ボケーッと窓の向こうを眺めているセヴィルの様子にヒューズはそう思った。それでもセヴィルはヒューズの視線など気付かず見向きもしない。心ここにあらず、だ。
『風邪でも引いてんのか?』
セヴィルの直属の部下に就いてから数年経つが、ヒューズはこんな間の抜けたセヴィルを見た事がなかった。仕事時にはストイックな表情できびきびと無駄の無い動きを見せるセヴィルが今日はまるで日向ぼっこをする老人の様だ。動作が鈍い、いや全く動かないのだ。
数時間前から軍務は開始している。ヒューズは確認した書類をセヴィルの机に置き、セヴィルが再度確認し、サインをする。いつもなら30分程で終わる作業だ。しかし今日は30分どころか既に1時間以上経過している。ヒューズが一枚一枚重ねていく書類が山となって積み上げられてもセヴィルは机に見向きもしない。
「セヴィルさん」
「……………」
「セヴィル部隊長!!」
少し声を荒らげてみた。そこでようやくセヴィルはこちらを向いた。
「……ん?呼んだか?」
今にも寝てしまいそうな脱力した顔でセヴィルは応えた。ヒューズは隠すことなくげんなりとした顔で言った。
「どうしたんすか?今日は。よぼよぼの爺さんみたいな顔っすよ」
「……うるせー」
「熱でもあるんじゃないですか?早めに医務室へ――」
「ねぇよ、そんなもん。今まで俺が熱なんか出した事あるか」
「ないですけど。でも、なんか顔赤いっすよ」
「……え?」
「あ!間違えた。元々赤いですよね、そんな布巻いてたら」
ボカッ!!………「痛ってー!!ちょっと真面目に怒んないでくださいよ。ちょっとからかっただけでしょ」
「ふん……」
頭にできた真新しいたんコブを痛々しくさすりながら再び窓の向こうを見やるセヴィルに「はぁ…」と溜息をついた。未処理の書類を机に置く。
「どうしたんすか?何か変わった事でもありましたか?」
「………別に、ない」
「何もない訳ないでしょう。ほら、例えば……恋の悩みとか」
冗談のつもりで聞いてみた。ぐふふと顔をニヤつかせながら、もういっちょ拳骨がくるか、と覚悟していたのに………
「………………」
『……あれ?…………まじ?図星?え?俺、図星言っちゃった?』
「……………………」
「……………………」
どこからか流れこんできた嫌な空気がヒューズの背中を伝う。居づらい……充満する沈黙に耐え切れなくなりヒューズはひとまず退散する事にした。
「じゃ、じゃあ…俺、早いですけど休憩に……」
置いていた書類を手に持ち、そそくさと出ようとドアに向かった時――
…………ドサッ……「?…セヴィルさん!!」
その頃シャイナは―――
時刻は昼を過ぎ夕方に差し掛かっていた。
洗濯したシーツはふんわりと柔らかく温かい匂いがした。
「いい匂い」
顔を埋めながらシーツを取り込み、ベッドに掛けメイキングを施す。完成だ。
「よし、出来た!」
綺麗になったベッドに大満足していると……
ドタドタドタッ…………「?何?」
バンッ!!……「ひっ!」
ドアが乱暴に開かれた。最初に入って来たのは背の高い金髪の若い女だ。誰かを担いでいる。そしてその後に入って来たのは女より少し背の低い若気な男だ。
「ヒューズ、早く手伝って!こいつ、重い」
「はい!どこに寝かせます?」
「何処でもいい。ただの疲労だ。治療する必要もない。さっさとベッドに落として帰るわよ。?あなた、誰?」
ソファの背から目だけ出すシャイナにティナーはぎょっと驚いた。
するとシャイナは慎重気味にソファから下りるとひきつった笑顔を見せた。
「こ、こんにちは」
「…はは、あははははっ、何だ、こいつ。いつの間に女連れ込んで……あ、失礼。こんな可愛い娘と暮らしてたんだ?ヒューズ、知ってた?」
「ティナーさんが知らないのに俺が知るわけ無いでしょ。よいっしょ」
ぐったりと首が垂れたセヴィルのもう片方の肩を担ぐとヒューズとティナーはセヴィルの身体をゆっくりとソファへ寝かせた。そこでシャイナは気付く。
「本当に、セヴィルですか?この人…」
不信感を剥き出しにシャイナは聞いた。
セヴィルは安らかに眠っている。見覚えのある紅に染められた布で顔を覆ったまま……
「おかしいでしょ?私も最初セヴィルのこの顔見た時思わず噴き出したわ。何考えてんだか…フフッ。何処かの国ではこうやって顔を隠して諜報活動する人達がいるらしいけど、えーっと確か……」
少しの間考えていたティナーだったが、「忘れた」と諦めるとセヴィルの覆面をゆっくりと剥ぎ取った。
(……わぁ…)
セヴィルの端正な顔立ちにシャイナは頬をほんのり赤く染めた。
その横顔にティナーは微笑を浮かべた。
「あなた、セヴィルとはいつから?」




