山の小屋
「ハカトリ草とメグチ草を混ぜて……精製水10mlと、粉状の糖を溶かして…」
誰も寄りつかない山の奥のそのまた奥にシャイナの住まいはあった。
ボロボロの木小屋は昔猟師が野宿時に使っていたのだろう。ツンとした据えた臭いと獣の皮の臭い、埃だらけの床、天井を見上げれば沢山の蜘蛛達が悠々自適にシャイナと共存している。
でもシャイナは全く気にならなかった。
自然に囲まれた豊かな森、様々な動植物、夜になれば一段と綺麗な星空、街では味わえない湧水のおいしさ――それだけで満足だった。
「日に当てて乾いたものを形にして整えれば――良い頭痛薬になるわ」
シャイナは薬剤師だ。それも原料を自ら調達し全ての工程を一人でやってこなす腕の良い薬剤師であった。
「今日は月があんまり出てなかったからなぁ。あの草が見当たらなかったのが辛かったけど…ま、いっか!寝よっと」
草で散らばった机をそのままにシャイナは「フンフン♪。.:*・゜」と鼻歌をしながらベッドに潜り込む。
と、そこである事を思い出す。
「あ、いけない!馬に餌やってない!」
愛馬の餌やりを完全に忘れていたシャイナは飛び起きると勢いよくドアを開けた。
ドサッ!!…「うわっ!」「わあっ!!ビックリした!」
開けた途端、見知らぬ男が降ってきた。
「?誰?」
シャイナは覗き込みながら男に聞く。
男は打った額を痛々しそうに押さえながらシャイナに顔を向ける。
綺麗な顔をした男だった。
「えっと、どちら様?」
もう一度聞くと男は慌てふためきながら言った。
「す、すまん。覗くつもりはなかったんだ。こんな夜中に森で何をしているのかと……」
そう言いながら立ち上がる男の背の高さにシャイナは顔を見上げた。ドアの高さを平気で越すほどだ。
「……でか」
「――へ?」
シャイナの呟いた言葉に意味が分からず男は間の抜けた返事をした。
「薬剤師…」
「そう。街で売っている薬草のほとんどには農薬がついているからあまり使いたくないの。だから人間の手が届かない森で草を見つけては薬を作ってるわけ」
「へぇ」
男は積み重ねられた資料の一枚を手に取り眺めた。
紙を持つ手は大きくその指は細長い。
「で?あなたは?何してる人?」
「えっ?」
シャイナの問いかけに男は言葉に詰まった。何か言いにくそうな困った様な顔をし始めたのを見てシャイナはすぐさま付け加えた。
「あっ、いいの。言いたくなかったら言わなくて。ごめんなさい、私、奥の奥まで聞いちゃう癖があって」
「いや、気にしなくていいんだ。ただ…その…自分で言うのも可笑しいんだが、俺の事を知らない人がいるんだなぁと思ってな」
「?有名人?」
「まぁ、そうだ。新聞に載ってただろ?俺の顔」
シャイナは思わず吹き出した。
「アハハハッ!あなた、面白い事言うわね。誰がこんな山奥に新聞なんて配りに来てくれるのよ」
「……あ」
気付いた男はシャイナと目を合わせ、自分も笑い出した。シャイナも一緒になって笑った。
「大丈夫よ。貴方が何で有名なのかは知らないけど。犯罪者だろうがスターだろうが私は別に気にしない」
「そう、か?」
「うん。でも、どっちにしても名前くらいは教えてくれないと。これから何て呼べばいいか分からないわ」
顔を覗き込みながら聞いてくるシャイナに男は笑いながら答えた。
「俺はセヴィル、セヴィル・スグナ」
「セヴィル、いい名前ね」
「君は?何て呼べばいい」
今度はセヴィルがシャイナの顔を覗き込みながら聞いてきた。セヴィルの顔が近くなりシャイナはドキリと胸の高鳴りを感じた。彼の吸い込まれそうな綺麗な黒瞳がシャイナを映し出す。
少し身体を仰け反らせ、シャイナはセヴィルから目を逸らしながら答えた。
「シャイナ・ベルへルク…シャイナでいいわ」
「シャイナ……綺麗な名前だ」
セヴィルの優しい言葉にシャイナの頬は少し紅く反応を示した。




