第23話
「……答えが出たようじゃな」
一歩前へ出ると、深く頭を下げた。
「どうか、私を弟子にしてください。親方の言っていた『生かす』ということ。木工も、武の道も……その両方を、一から学びたいんです」
宗玄は無言で見つめていたが、やがて満足そうに深く一度だけ頷いた。
「よかろう。お前の覚悟、確かに受け取った」
「親方! ありがとうございます!」
佐吉がパッと顔を輝かせる。安堵して息を吐きかけた、その時だった。
「だが、一つ条件がある。今日から、お前は私の家で暮らせ」
「えっ……」
「お、親方。そりゃあ、どういう……」
佐吉が慌てて尋ねるが、宗玄は表情を変えなかった。
「弟子とは、ただ技だけを教えるものではない。朝起きてから夜眠るまで、師の生き方を見て、盗み、学ぶものだ。私のそばで暮らし、私の背中を見ろ。それが、お前の修業だ」
記憶喪失として拾われてから、短くも世話になった父と離れて暮らすことになる。
佐吉は少し寂しそうに、だがどこか誇らしげに笑った。
「親方。それほどまでに新九郎を見込んでくださるとは……」
「佐吉。お前が育てた息子だからこそだ。だから、預けてほしい」
「新九郎。お前は、どうしたい」
宗玄、そして佐吉を見つめる。
昨夜、決意したのだ。もう迷わないと。力強く頷いた。
「お願いします。俺を預かってください」
「よし。今日から、お前は私の弟子であり、家族だ。それと、もう一つ」 「はい」
「人前で私を『宗玄様』と呼ぶな。これまで通り、『桂親方』、あるいは『親方』でいい」
「ですが……」
「あれは必要だっただけだ。私が柳生宗玄であることは、できるだけ広めたくない。名は時に人を遠ざける。肩書きで弟子を育てるつもりはない。桂として、お前を育てる」
「……分かりました。親方」
宗玄は満足そうに頷く。隣で佐吉も笑みを浮かべた。
「親方は昔から名声より仕事を大切にされるお人だ」
「佐吉。余計なことは言わんでいい。……それと、源蔵にも伝えておけ。柳生の名は他言無用だとな。……あやつが口を滑らせぬとよいがな」
一瞬の静寂。直後、佐吉が堪えきれずに吹き出した。
「はっはっはっ! 違いありません!」
「くっ……」
宗玄もつられるように肩を揺らす。厳格な印象だった親方が笑う姿に、思わず目を丸くした。
その時だった。 工房の表から、大きな声が響いた。
「おーーい! 新九郎! 親方ーー!」
源蔵だった。大きく手を振りながら駆けてくる。
「新九郎、ここにいるってことは、決めたのか?」
「ちょうどよいところへ来た。新九郎を、わしの弟子にすることにした」 「おおっ!? 新九郎が親方の弟子に!?」
「声が大きい」
「あっ、すみません!」
慌てて口を押さえる源蔵を、宗玄はじっと見た。
「念のため聞くが……わしが柳生宗玄だと、他の者には話しておらんだろうな?」
「もちろんですよ! 当たり前じゃないですか、それくらい分かってますよ!」
源蔵が胸を張る。宗玄は小さく頷いた。
「ならよい」
その時、源蔵の大声を聞きつけたのか、工房の奥から職人たちがぞろぞろと顔を出した。
「今、新九郎が親方の弟子になるって聞こえたぞ」
「本当なのか?」
「ああ! 本当だ!」
「おおっ! そいつはめでたい! よし、今日は酒だ!」
一気に周囲が騒がしくなる。
一人が杯を持つ真似をしながら大声で続けた。
「新九郎の弟子入り祝いだな! せっかくだ! 新しい仲間と――伝説の剣豪、柳生宗玄にも乾杯だ!」
しん――。 一瞬で、その場が静まり返った。
「…………源蔵」
宗玄がゆっくりと顔を向ける。源蔵の笑顔が引きつった。
「お前……話しておるではないか!」
「あっ……」
「『あっ』ではないわ!」
「す、すみません親方! 親方があの柳生宗玄だって知った時、嬉しくなっちまって……つい、工房のみんなにだけ……」
「十分話しておるではないか!」
「はっはっはっはっ!」
佐吉がとうとう堪えきれなくなり、自分も思わず吹き出した。
「源蔵さん……」
「悪気があったわけじゃねぇんだぞ!」
「悪気の問題ではない!」
宗玄の一喝に、職人たちからも笑いが起きる。
「親方、俺たちは誰にも言いませんよ!」
「工房だけの秘密ってことで!」
「お前たちが一番信用ならんわ!」
さらに笑い声が広がった。宗玄は深いため息をついたが、その口元にはわずかに笑みが残っていた。
やがてこちらへ視線を戻す。
「皆がお前を歓迎しておる。じゃが、それは今日までじゃ。明日から修行を始める。弟子となれば、特別扱いはせん」
「はい。覚悟はできています」
「よろしい。その言葉を忘れるな。……それと、源蔵」
「はい!」
「新九郎には今日からここで暮らしてもらう。お前の隣の部屋を使わせる」
源蔵の顔が固まった。
「お、俺の隣ですか?」
後ろにいた職人が吹き出す。
「だから前から言ってるだろ。ちゃんと片付けとけって」
「お前の荷物置き場になってるじゃねぇか。木っ端と道具で足の踏み場もなかったぞ」
「ちょ、ちょっと待て! そんなに汚くねぇよ!」
「どの口が言ってんだ!」
職人たちの笑い声が響く。
「……源蔵。今日中に片付けろ。まさか、そのまま使わせるつもりではあるまいな」
「い、いえ……」
苦笑して助け舟を出す。
「俺は明日からで大丈夫ですよ」
「仕方あるまい。今日は支度を済ませ、明日から住み込みで修行を始める」
「よかったぁ……」
源蔵がほっと息を吐くと、すぐさま職人から「何がよかっただ! 片付けるのは今日だぞ!」と声が飛び、工房に笑いが起こった。
「それと明日から、新九郎は寅の刻(午前四時頃)には起きてもらう」 「……寅の刻?」
首を傾げると、源蔵が目を丸くする。
「えっ、新九郎。お前、寅の刻も分かんねぇのか?」
「すみません……」
「よし。ならば源蔵、お前なら分かるな」
「はい!」
「明日からはお前が新九郎を起こせ。そして、お前も一緒に畑へ来い」
源蔵の笑顔が、本日二度目の完全硬直を見せた。
「…………え? お、俺もですか!?」
工房中に再び爆笑が広がる。
「巻き添えだ!」
「源蔵、お前が余計なこと言うからだ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 俺は毎日ちゃんと起きてます! だから新九郎だけで――」
「嫌か」
静かな一言に、源蔵はがっくりと肩を落とした。
「……いえ。喜んで、お供します」
分かりやすい落胆ぶりに、職人たちは腹を抱えて笑い出し、親方もわずかに口元を緩めた。源蔵が恨めしそうにじっと睨んでくる。
「新九郎……お前のせいで、俺まで寅の刻起きじゃねぇか……」
「す、すいません」
「謝るなよ! 余計に悲しくなるだろ!」
三度、工房に明るい笑い声が響き渡った。




