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千の蕾  作者: 峯岸 昴
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第20話

「昔の話じゃ。今のわしは、大工の棟梁じゃ。それで十分であろう。昔話はもうどうでもいい。今のわしは、ただ木を削る老人だ」


 宗玄は困ったように白髪頭をかき、再びこちらを見た。


「だが、主膳が言っていた意味は分かった。お前の剣は、まだ未熟だ。型も荒いし、迷いもある」


 頷く。昨日の実力差は自分が一番よく分かっている。


「だが、その未熟さの中に光るものがある。そして、この木彫りにも同じものを感じた」


 木像を、我が子のように優しく撫でる。


「職人は木を知る。剣士は相手を知る。己の技ばかりに目を向けていては、どちらも極められん」


 宗玄は腰から鑿を一本抜き取り、目の前に差し出した。


「わしは戦で多くを斬り、多くを失った。若い頃は、強さとは敵を倒すことだと思っておった。だが、最後に残ったものを見て、ようやく気づいた。斬ることより、生かすことの方が難しいとな」


 差し出された鑿を無言で見つめる。

 宗玄は穏やかに微笑んだ。


「新九郎。木と剣。一見まったく違うように見えるだろう。だが、その道は一つだ。相手を知り、自分を知り、心で刃を入れる。それができた時、剣も鑿も、本当の意味で生きる」


 宗玄はゆっくりと手を下ろした。


「どうだ。わしの下で学ばぬか。木工も。剣も。お前なら、この二つを一つの道として歩めるはずだ」


 突然の申し出に、言葉を失った。


 木彫りは好きだ。剣もやってきた自負はある。だが、その二つをこの異世界の伝説の剣士から同時に学ぶなど、想像したこともなかった。


「……」


 返事が出ない。しばらく沈黙が流れたあと、佐吉が静かに口を開いた。


「新九郎。何を迷うことがある。親方が、お前を弟子に迎えたいと仰ってくださっているんだ。こんな話、一生に一度あるかないかだぞ」

「そうだ。城下の職人なら、誰だって頭を下げて弟子入りを願う。断る理由なんてねぇ!」


 源蔵も大きく頷く。俯いたまま、小さく息を吐いた。


「……ですが。私は記憶を失っています。今の自分が、本当に進むべき道なのか……それが、分からないんです」

「それでもよ。親方が、あの柳生宗玄様だったなんて。宗玄様が剣を教えたという話は聞いた覚えがねぇ。その宗玄様が、お前には剣まで教えると言ってるんだ。こんなこと、きっと最初で最後だ」


「源蔵、佐吉。二人で若者を追い詰めるものではない」


 宗玄は小さく苦笑し、前まで歩み寄ってきた。


「新九郎。迷っているな」

「……はい」

「それでいい。ならば、今は決めずともよい」


 その一言に、佐吉と源蔵が不思議そうに顔を上げる。


「ですが、せっかくのお話を……」

「新九郎。わしに遠慮して弟子になるくらいなら、最初から断れ。わしが教えたいことと、お前が学びたいことは、同じとは限らんからな」


 宗玄は優しく微笑み、佐吉へ視線を向けた。


「佐吉。いい息子を持ったな」

「……親方」

「答えを急がず、自分の心に真摯に問いかける。それができる若者はそう多くはおらん。お前が、そう優しく育てたのだろう」


 佐吉は照れくさそうに笑いながら、涙ぐんで深く頭を下げた。


「……身に余るお言葉、ありがとうございます」

「返事は急がん。今日でなくてもいい。明日でも、一月後でも構わん。お前自身が、『この道を歩みたい』と心から思えた時、その時にわしの元へ来い」


 ゆっくりと顔を上げる。 胸の中には、これまで感じたことのない静かな迷いと、そして、この世界で生きていくための「確かな希望」が同時に芽生えていた。




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