第2話
駅前の喧騒から切り離された小さな公園。色づいた落ち葉が、冷たい風に吹かれて石畳を転がっていく。
辻本隼人は冷えきったベンチに腰を下ろし、茜色に沈みゆく空を見上げていた。
芝生の広場では、幼い男の子が父親とキャッチボールをして笑い合っている。
ありふれた親子の光景が、今は胸を締めつけた。
あんなふうに笑い合える未来を、自分は美香に約束できるだろうか。
「待った?」
少し弾んだ声に振り向くと、星野美香が立っていた。 白いブラウスに、風に揺れる紺色のスカート。頬をほんのり赤らめて微笑む姿は、三年前に出会ったあの日のままだ。
「いや、今来たところだよ」
「嘘。隼人は絶対に十分前には来るもん」
ふふっと笑い、美香は隣に腰を下ろした。
だが、笑い声が途切れると、いつものように会話が続かない。美香もまた、何かを言い出せずに膝の上で両手をきゅっと握り合わせていた。
「……ねえ。この間、お父さんに食事に誘われたんだけど……」
美香はきつく唇を噛んだ。
「お店に行ったら、知らない人が座ってたの。……お医者さんだった」
心臓が嫌な音を立てたが、隼人は努めて表情を変えなかった。
「……お見合い、させられたんだな」
美香は辛そうにうなずく。
「隼人と付き合ってるって何度も言ったのに。『一度会うだけでいいから』って騙し討ちみたいに……。ごめんなさい、すぐに帰りたかったけど、どうしても席を立てなくて……」
微かに震える声で弁解する彼女に、隼人は黙ってうなずいた。
娘を大切に思う父親の意図は明白だ。
『一介の営業マンである君では、娘を幸せにできない』と告げられた気がした。
娘の将来を案じる気持ちは分かる。だが、美香の気持ちを無視して医者を引き合わせたことには腹が立った。しかし、その怒りをぶつける資格が自分にあるのか。
「ごめんね。こんな話、聞きたくなかったよね」
「謝ることじゃないよ」
平静を装った声は、情けないほどかすれていた。
美香がすがるような瞳でこちらを見つめている。
『誰が何と言おうと、俺がお前を幸せにする』
彼女はそんな言葉を待っているのだろう。
だが、隼人の喉は干からびたように張り付き、何も言えなかった。
仕事も生活も問題はない。それでも、美香を抱き寄せ、未来を約束する自信がなかった。
「最近ね、お父さん……『若いうちに結婚した方がいい』って毎日のように言うの」
美香は泣き出しそうなのを必死にこらえていた。
「本当は、この話を隼人にするか迷った。でも、隠したままなのは嫌だったから」
「……話してくれて、ありがとう」
「そう言ってくれると思った」
少しだけほっとしたように笑うその顔が、苦しかった。
広場では、さっきの親子がベンチで笑い合っている。あの光景を思い描くほど、美香を守り抜く自信のなさが浮き彫りになる。
(俺は……このまま美香の隣にいていいのか)
彼女には、もっと安心できる未来がある。自分がその邪魔をしてはいけない。
夕日が山の向こうへ沈みかけ、長く伸びた二人の影が石畳に並ぶ。
駅の改札前。美香はいつもと変わらない笑顔で手を振った。
「じゃあ、またね」
「ああ」




